第30話 ジーズ
俺たちはスペースコロニー《アテン》から脱出すると、資源衛星《N-03》に向かう。
そこならあれをハッキングで動かせる。
「やるんだな?」
「そうだな。もうこんな戦いは無意味と気づくべき時がきた」
俺が確認をするとマサヤはニヤリと笑みを浮かべる。
「お願いだ。マサヤの力を貸してくれ」
「いいだろう。これで全ての未来が開く。新たな世紀の始まりだ」
マサヤは心酔した様子でキーボードに向き合う。
全ての矛盾をはらみ、それでも彼は生き続ける。
願った未来に向かって。
歩み続ける。
なら――俺は。
「俺は、」
表情を引き締め、長い沈黙を裂くようにマサヤに告げる。
「俺は、コロニーの平和のために戦うよ」
「ふっ。それでいい。少年」
満足そうな顔を向けてくるマサヤ。
その顔に疲労が見えるのは、彼が万全ではない証拠だ。
宇宙を遊泳する全ての人々よ。
生きよ。
そして明日をつかめ。
低軌道上《スプリング》から持たされたメッセージを受け取った俺たちは、すぐにハッキングを開始。
マサヤの技術を参考に俺も地上の軍用アンドロイドを機動させる。
俺だって役に立つんだ。
N-03にたどりつくと、俺は先行して外部ブロックに身体を流す。
無重力下でも宇宙服とアイリッシュを使えば、目的の場所へ移動できる。
宇宙開拓当初の予定にあった資源衛星《N-03》は地球からのロケットの受け渡し場となっていた。
マスドライバーによって加速させた物資の受け取り目的で作られた資源衛星だが、宇宙エレベーターの実現にともない、その役割は軍事的、もしくは仲介を行う起点となっていた。
マスドライバー。
電磁加速を利用した、大型のリニアモーターカーと言われている。加速時のエネルギーは、発射台から発進される宇宙ロケットよりも少なくて済むと言われている。
だが、より低コストで運用されるのが宇宙エレベーターだ。
その低機動リングは中立国《パルキア》によって運用されている。
宇宙時代、初の宇宙独立国である。
そのパルキアの
俺たちはその領域を電子パルスエンジンを噴かした宇宙船で潜入する。
俺はサブマシンガンを片手にN-03の中央ブロックに向かう。
マサヤにはできなくて、俺にはできること。
貢献できることがあると、人は嬉しくなるものだ。
だから真っ直ぐに中央ブロックに向かう。
地図は頭にたたき込んでいる。
マサヤのサポートもある。
ここを突破せねば、マサヤの活躍もできない。
オフラインで社内ネットワークを構築しているが、そこにオンライン端末をつなげば、そこからハッキングが可能だ。
やってやるさ。
俺はもう迷わない。
スペースコロニーを守る。
そう決めたのだから。
俺は俺の意思で生きる。
まっとうする。
生き様を見せつけなければ何も変わらない。
人を目覚めさせることもできない。
人は革新しなくてはならない。
そうでなくては地球を食い潰し、宇宙を汚す。
変わるとき、世界は痛みを覚える。
「Dブロック、制圧完了」
俺はサブマシンガンの弾倉を取り替えると、トリガーに指を押し込む。
疲弊と破壊の衝動からか、興奮状態にあると言ってもいい。
俺はまだやれる。
そんな自信が湧いてくる。
強がりで思っているわけじゃない。
この先にあるBブロックに向かう。
それだけでいい。
マサヤがくれる情報を元に行動するだけ。
これが本当に俺の意思?
いいさ。答えはこの先に待っている。
すぐに決めることじゃない。
人生は長い。
答えを出すことが全てじゃない。
可能性と心により構築される世界。
それが俺の望みだ。
叶えるには今は戦う。
弾丸が飛んでくるのをかわし、俺はサブマシンガンを放つ。
蜂の巣にされる敵兵を見やる。
罪悪感がない訳じゃない。
でも今はこれしかないのだ。
誰でもない自分のために。
自分をここまで引っ張ってくれた人たちのためにも。
ハーミット。
あんたは間違っている。
俺たちが求めていた未来とは違う。
これがリリの望んだことだとでも言うのか。
彼女はそんなこと思っていないはずだ。
俺は。
俺たちは。
間違っていた。
生き延びるために兵器の情報を差し出す必要なんてなかった。
間違っていたんだ。
最初から。
だから今度は俺が正す。
正してもとのあるべき未来をつかむ。
そのために今は中央ブロックに向かう。
手榴弾を投げつけ、物陰に潜む。
爆炎。
ゴムが焼けたような匂い。
俺はすぐに進路を変えて、怪我人を出したブロックから中央ブロックにとりつく。
「マサヤ、コントロールルームに入る」
『了解。すぐにジャックする。設置後、すぐに待避せよ』
「了解」
俺は中央ブロックにあるコントロールルームの扉をC4で爆破すると、内部に侵入する。
「動くな!」
俺は職員二名を睨むと、銃弾を放つ。
足に受けた擦過傷により、二人ともその場に崩れ落ちる。
すぐに電波端末をセットする。
18あるモニターの全てが赤く表示されたのち、マサヤの好きな青色に変わっていく。
データがハッキングされたのだ。
『よ。少年。いけよ』
「ああ」
俺は空になった弾倉を捨てて、マサヤのいる宇宙船に向かって、アイリッシュを噴射する。
宇宙港に向かうと、マサヤのいるコクピットに入る。
「どうだ?」
「すぐに終わる。館内全ての情報をジャック完了。あとは衛星兵器だな。あれを制圧する」
「分かった。すぐに行けるか?」
「少し時間がかかる」
俺はその反応を聞いて、すぐに軍用アンドロイドの行動パターンを変える。
そして資源衛星《N-03》に配備されている軍用アンドロイドのデータを書き換える。
本当は戦いたくないけど。
でも戦わなくちゃ変わらない世界だから。
俺たちあぶれ者が生きるにはこうするしかないから。
生きていることを否定された俺たちの気持ちが世界を変えると信じて。
傷ついた心を、癒やそうとするようにその引き金を引く。
間違っているかもしれない。
また失敗するかもしれない。
でもいい。
それを正すのもまた人なのだ。
俺たちは世界を変える。
「いった! 衛星兵器の掌握完了!」
マサヤが歓喜の声を上げる。
「分かった。すぐに回線を」
通信回線を復活させると、俺たちは世界に向かって宣言した。
「こちら
俺はマイク越しに地球へ、スペースコロニーへ声を飛ばす。
停止していない軍隊を見て、俺はマサヤに合図する。
衛星兵器が照準を変える。
暴力を抑え込むにはこちらも同等以上の力が必要なのだ。
分かってくれ。
俺は最終セーフティを解除すると、衛星兵器《ジーズ》を発射する。
放たれた荷電重粒子砲は、地表を舐めるようにして焼き尽くす。
地上にいた軍用アンドロイド500体を排除した。
「繰り返す。全具、ただちに戦闘を停止せよ!」
俺は悲痛な思いで叫ぶ。
これはスペースコロニーを守るため。
そして全ての人に分かってもらうため。
だから俺はトリガーを引く。
まだ終わらないのだから。
これで終わりじゃないから。
明日へとつながる未来がそこにはあるから。
俺はまだ戦う。
変えるために。
世界を。
未来を。
俺たちは。
血塗られた、間違った世界かもしれない。
それでもいい。
今を生きる若者たち。未来を生きるまだ見ぬ産まれてくる子どもたち。
彼らに向けられたメッセージなのだから。
彼らの思いを変える機会だから。
俺が世界を変える。
この歪んだ世界を。
ただ産まれてきた。それだけで差別され、区別され、搾取される人生。
そんなもの、誰も望んでいない。
誰だって幸せに、幸福に生きたいだけなのだ。
それだけなんだ。
だから分かってくれ。
俺は今、戦争を止める。
のちに三ヶ月戦争と目されるこの戦争もすでに終わりを迎えようとしていた。
俺は戦争を止めた。
より凶暴な暴力を持って……。
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