第29話 戦う理由
モニターに映る市街地の様子は俺に衝撃を与えた。
あちこちに散らばる
そこにいた人の気配を感じさせない瓦礫の山。
自分たちのしてきたことへの罪悪感が喉からこみ上げてくる。
口に広がる酸味。
気持ち悪さとめまいを覚え、俺はトイレに向かう。
俺はなんで戦っているんだ?
こんなものを見たかったわけじゃない。
彼ら、彼女らを排斥することに何の意味がある。
このままじゃ、終われない。
俺は俺のしたけじめをつけなくてはいけない。
だが、どうやって?
どうすればいい。
どこまで償えばいいのだ。
俺には中途半端な覚悟しかなかった。
惰性でマサヤと付き合い、大切な人を失った俺たちはなくなく一緒にいた。
それだけだ。
それだけの関係だ。
ここで終わりにすればいい。
そうしてしまえば、きっと楽になるだろうに。
でも俺は彼の寂しそうな顔を見てしまった。
その弱さは人の強みだと思う。
「マサヤ、少し休まないか?」
「ああ。そうだな。少し休暇をとろう」
俺もマサヤも前戦で戦い続けてきた。
少しくらい休暇があっても良いだろう。
スペースコロニー《アテン》は観光名所で有名だ。と言っても他のコロニーでも宇宙見学や遊泳経験、といった観光はある。
だが《アテン》では撮影現場に選ばれることが多く、近未来の建物や、古い軒並みが連なっているのがよく見えるのだ。
そのためサービス業が盛んに行われているスペースコロニーでもある。
俺とマサヤはぶらりと立ち寄ったこのコロニーで、気ままに散策を楽しんだ。
楽しんだ?
俺たちは本当に楽しんでいいのか?
足下から這い上がってくる赤ちゃんが、絶叫する。
その声に驚き、俺は飛び上がるように起きた。
ここは極東の日本。その古風な建物。民宿というタイプのホテルに詰めていた。
隣ではマサヤが気持ち良さそうに寝ている。
俺は夢でも見ていたのか、寝汗を掻いていた。
温泉に行こう。
酷い悪夢だった。
全てをそう流せれば良かったのだが、悪感情までは流しきれなかった。
べたついた汗は流しきったが。
ここの温泉はわざわざ地球から買い取り、暖めているらしい。
先ほどのすれ違った客は「戦争なんてするから」と言っていた。
ふと見ると、温泉の上に「大浴場」と張り紙がされていた。
どうやら俺の浴びたのは温泉ではなかったらしい。
それが分かると、汗がにじみ出てくる。
人の意識に働きかけるもの。
それが人の心を動かす。
分かっているつもりだったが、実感しなければ分からないこともある。
俺はようやくそれを理解したらしい。
それを人の心にある何かだ。
人の意識に働き書けるもの。
俺は自室に戻ると、マサヤが寝ぼけ眼を擦りながらパソコンを開く。
マサヤはパソコン中毒である。常にパソコンを持ち歩いている。
無論、旅行でも、スペースコロニーでも、地球でも。
ともに生きているかのように。
「アンドロイドに心はあると思う?」
「さあな。オレには分からん」
てっきりあると即断するかと思った。
「あいつらの考えは人間のそれに近づいたと言えよう。だが、欠損もある。人の心を正しく理解するにはより人間らしい精度が必要となる」
「というと?」
「人の脳をそのまま使うか、あるいはコピーするか」
ぞっとした話を聞いた。
あのリリのような心を持ったアンドロイドが人の脳を使っている?
ぞわりと背中の産毛が逆立つのを感じた。
そんなわけがない。喩えあの父親だとしても。
きっと。
気持ちがざわつくのを感じながら、俺は外に目線を向ける。
「マサヤ。少し街を探索しないか?」
「別に構わん。ただ、株価のチェックだけはさせてくれ」
「あいよ」
俺とマサヤはしばらくして、街を練り歩く。
かつての京都を模したお寺や金閣寺。
それを見て当時の彼らに思いを馳せてみる。
今では住宅と呼べない寺に住み続けていた人の思い。
そしてその建物を残そうと決意した人の思い。
それらが全て積み重なってきたからこそ、ここにレプリカを作ったのだ。
感慨深いものがある。
「ただの建物だろ? そんな珍しくもない」
「いや、この住みにくい住居を後世に伝えようと、残そうと思った人の心に触れたよ」
「人の心……」
「それがなくちゃ、生きている意味がない。かつての仲間たちが、俺たち後世のものに与えようと、感じてもらいたいと思った何かがあるんだ」
「そんな曖昧なもの」
「なら、なぜ人は生きている?」
言葉を失い、黙るマサヤ。
「人は人を笑わせるために生きている。俺はそう考えている」
マサヤは黙り続けている。
「オレは、考えたこともない。ただ生きていたい、そう思っている」
いる。か。
「お前も大概バカだね」
「なんだと?」
バカと言われたことに目をヒン剥いて怒るマサヤ。
「悪い。だが、人の心はバカにできないぞ」
「そういうもんか……」
苦笑を浮かべるマサヤだが、すぐに真剣な顔になる。
「俺たちだけでできることには限りがある。それをつないでいくのが大切なのだろう」
差別も、きっと次の世代ではなくなると信じて。
「そうか。だが、オレらには託す相手がいない」
「そうだね……」
今度こそ、俺は苦笑を浮かべる。
攪拌した液体が交じり合い、溶け合う。そこに丸いボールのようなものが転がりこんでくる。
これは飲み物だ。
タピオカミルクティー。
昔から根強い人気のあるお茶の一つ。
俺はそれを飲みながら、武家屋敷の合間を縫うように歩く。
少し不満げにマサヤがついてくる。
「こんなの、どこが楽しいんだ?」
「マサヤは感性が死んでいるな。こんなのワクワクしかないだろ?」
うーんと悩むマサヤ。
「はは。まあ、マサヤはパソコン一筋だものな」
「言ってくれるな。少年」
さらに少し歩くと、西部劇のようなところにたどりつく。
「狙われているな」
「そうなのか?」
携帯端末をいじりながらマサヤは注意をする。
「オレらの後をつけている。きっと監視されているのだろう」
「なぜ?」
「オレは手配書にある男だからな」
目配せを送り、俺とマサヤは二手に分かれる。
俺は一番街に、マサヤは二番街に向かう。
マサヤから受け取っていたハンドガンをくるくると回し、気配を感じた方に銃口を向ける。
引き金を引くと、発射された弾丸が吸い込まれるように敵を撃ち抜く。
血を吹き出し、倒れる敵。
「ちゃんと太ももを狙ったが……」
俺はそいつを見下ろすと、ポケットの中を探る。
「こちら、
『こっちも終わったところだ。こいつら保安局のものだな』
「やっぱりそうか」
『オレらが反抗しないか、探っていたのかもな。正規軍ではないし』
くすんだ色のした携帯端末を見やる俺。
彼もまた俺たちを狙っていたのか。
『オレら。どう身の振り方をするのか、決めるときがきたのかもな』
今まではなんとなく生きてきた。
しかし、その考えを改めなくてはいけない時がきたのかもしれない。
俺はまだ十七の学生だ。
だったんだ。
でも今は違う。
マサヤという相棒を連れているテロリスト集団の一つとも言えよう。
俺はなんのために戦っているのか。
なんで生きているのか。
自分で自分を知る必要があるのだろう。
知るにはどうすればいいのか。
他人は自分を映す鏡と聞いたことがある。
敵意を剥き出しにするこいらも例外ではない。
リリも、カホさんも、
俺は彼ら彼女らから受け取ったものがある。
それを信じ、伝え広め、守っていきたい。
彼女らの、彼らの暖かい思いを。
俺が求めていた世界を、もう一度見てみたい。
あの暖かな光に包まれたい。
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