第28話 格好つける気持ちは……
俺は何のために戦っているのだろう。
リリを失い、カホさんや不知火、多くの人の命が奪われていった。
そのけじめはつけなくちゃいけない。
それは分かっている。
分かっているけど、それにしては血生すぎないか。
それともこの考えが甘いのか。
俺は、何のために戦っているんだ。
ハッキングを行っているマサヤの顔色をうかがう。
ついてくる人間を間違えたのかもしれない。
彼の狂気じみた顔に戦々恐々としていると入電がはいる。
『三〇〇時にスペースコロニー《トート》が破壊された』
「破壊!? なぜ……!?」
俺は戸惑いを隠せずにいると、マサヤは舌打ちをする。
「ちっ。なにやっているんだよ。あいつらは……!」
そんな。俺の生まれ故郷がなくなった……?
足下が崩れていくような感覚を味わい、気分が悪くなった。
俺の住み慣れた家も、帰りべきふるさともなくなったのだ。
「あいつら……!!」
俺は腹の底から沸き立つ熱に突き動かされ、一個師団がシロアに向かう。
シロア、北方の雪深き都市。人口は少ないが、最先端の技術力と財政によってなりたつ国。多くのスペースコロニー排出国でもある。
その国にいる環境活動家が今回の事件を起こしたとも聞く。
地球にいる一個師団が進路を変える。
俺の怒りを映すようにそのアンドロイドたちがシロアの街の一つを焼き尽くす。
腹の虫が収まることはないが、一つの目的を達した喜びを感じていた。
何よりもあの破壊兵器を止めることができたのが大きい。
そうだ。
俺は自分勝手な気持ちだけで動いたわけじゃない。
あの大量破壊兵器を止められるのは俺たちだけだったのだ。
自分を肯定すると、再び一個師団を動かす。
次にどこに攻め込めばいいのかも分からずに、戦闘兵器を操る。
モニターに映る光点が明滅する。
その灯りだけを頼りに侵略を始める。
だが、これで本当にいいのか?
俺が守ろうとしていたものはなんだ?
無人兵器による虐殺行為?
違う。
俺は――。
「敵兵が来ている。対策しろ!」
マサヤの声に応じて俺は視線を操縦端末に向き直る。
すぐに敵兵に向けて反撃を開始する。
この地獄のような戦いはいつまで続くのだろう。
額に浮かぶ脂汗を拭うと、戦闘に集中する。
一人で一個師団を動かしているのだ。
状況判断能力、空間把握能力など、必要なスキルは様々ある。
俺にはその能力は高くないが、マサヤの一番弟子という肩書きをもらっている。
ノーマリアン……スペースコロニー軍に徴兵されているのだ。
これ以上、立場を間違えたくはない。
しかし、これは一方的な虐殺だ。
スペースコロニー軍には技術力がある。それを磨いてきた連中ばかりだからな。
スターシアンも技術力はあるが、AIや軍事力にはあまり秀でていないと言えるだろう。
スペースコロニー《トート》の崩壊は、地球統一政府軍の中でも反感を覚える者は少なくない。
その怒りの矛先は環境活動家に向かうのだった。
ネットでの批判が集まり、それに合わせた政府の動きもある。
とはいえ、長期化した戦争の行方は誰にもまだ分からないのだった。
俺は何のために戦っているのだろう。
スペースコロニーを守りたい。
その一心で志願したはずだ。
マサヤの情報改ざんもあるが、それでも俺は自分の意思で、人を守ると決意したはず。
力なくして、何も守ることはできないのだ。
リリも、カホさんも、そして母も。
すべては力がなかったからだ。
いじめられていたのも、父が狂ったのも、それが原因である。
なら俺はどう動くのか、どう生きるべきなのか。
答えは見えていた。
俺は力が欲しい。
みんなを守れる力が欲しい。
その先に自分の望んだ未来があると信じて。
俺はそのために生きてきた。
みんなを守るため。
孤独にならないために。
俺が本当に恐れているのは孤独だろう。
一人では生きていけないし、かといってマサヤみたいに狂乱することもない。
しかし、以前に助けてくれた環境活動家からこんな手痛い返しがくるとはな。
皮肉ってやつか。
俺たちはどこで間違えたのだろう。
震える手で敵兵を倒していく。
俺は本当は、どうしたいんだ。
どうしてみんなで生きていけないんだ。
俺はどうしてここまで無力なんだ……。
敵兵の光点が消えていくと、俺はほっとため息を吐く。
「そっちは終わったか?」
マサヤがそう言い、コーラを差し出してくる。
「ありがとう」
「ずいぶん、時間がかかったな」
「まあ……」
俺の気持ちが、迷いが戦うのを拒んだ。
けど、それを言うわけにもいかない。
「マサヤは、なんで戦うんだ?」
「決まっている。オレがオレであるためだ」
「自分のため……?」
「ああ。少なからず人は自分のために戦っている」
衝撃的な発言を受けて俺は混乱する。
「でもカホさんのために生きていただろ?」
「それも自分のためさ。孤独を感じさせないでいてくれればいいのだから」
そうか。俺は自分のことさえ、見えていなかった。
それは他人と触れあうことで見えてくるが、俺の歩んできた道は狭かった。
「少年にはまだ未来がある。キミもまだ生きていたいのなら立ち止まるな。生きろ」
「……」
「環境保護も、本来の目的はエゴだ」
「そんなことないだろ?」
「いいや、あるんだよ」
環境を守るために人を宇宙に送る。
それが統一政府の成した結果だろう。
それを否定できるはずがない。
「まあ、聞けって」
マサヤは再びキーボードを打鍵しながら、言う。
「子どもらに残せる自然、人のためになる成分の抽出のための保護。さらに言えば、人類にとってプラスになる資源の確保。それが最初の目的だ」
「はぁ~!?」
「そうだ。わかめを食べるウニの実入り、白化したサンゴ、サンマの不漁。すべて人間だけで管理するのが難しくなったから、環境保全という考えに至った」
そう、なのか……。
「だから、本来の目的は人のためだ。彼女らは環境保全の意味合いを勘違いしている」
「それが本当なら、なんで人はわかり合えない?」
「全て、人のためだ。政治もお金も。それを理解しないバカが多いのさ」
「え。政治やお金が?」
「ああ。少年は自分の描いた絵を食べることはできないだろう?」
「それはそうだけど?」
「でも絵をお金に換えて、お金が食品に変わる。エンタメ業界も、サービス業も、そして食糧品を扱う業界ですら、その恩恵をうけている」
マサヤはキーボードを打ち終えると、こちらに目を映す。
「お金なら保存できるしな。それに必要なときに必要なだけ生産性を与えられる」
「そうか。お金って悪いことばかりだと思っていたが……」
「人が生み出した、等価交換の最高峰だと思うぞ」
頭の良いマサヤがこう言うんだ。きっとそうなのだろう。
俺には意外としか思えないが。
まさか金銭をプラスに考えるとは思いもしなかった。
野菜を持って出歩かなくちゃ生きていけない。そんな物々交換を思い浮かべて、なるほどな、と納得している自分がいる。
医療も、食事も、そうやって成り立っているのだ。
それは人の叡智がもたらした結果でもあるのだろう。
俺たちは何かを否定できる自分格好いいとなりがちだが、それではダメなんだ。
きっとわかり合う力が人を変える。そして世界を変える。
そのためには世の中を学び、人として成長していくべきなのかもしれない。
俺にはそう思えてならない。
なら俺は何のために戦う?
恐らく、それも俺のエゴだ。
マサヤならそう言う。
分かっている。
でもだからこそ、自分を知らなくちゃいけないんだ。
守るために。
生きるために。
俺はまだ生きていたいから。
生きて未来を変えたいから。
それもエゴなのだろうけど。
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