第27話 彼女らの想い

~ハーミット視点~


「くそったれ! ハーミット!」

「私たちは援軍を待つ。それまで兵器は温存しておけ!」

「だが、このままじゃ、死んでしまう。おれらにも戦わせてくれ!」

「だが! 今は待て、死にたくなければ!」

 私は明宮あけみやあきらに怒号を飛ばす。

 リリのブラックボックスにあった新型兵器は最後の砦だ。

 ここで使うわけにはいかない。

 すでに二号機も製造中だ。

 持続力のない戦闘では、ただのテロと変わらない。

 私たちが待ち望んでいた未来はこんなんじゃない。

 地球に居座る私たちはどちらの勢力につくべきなのか、判断を試されている。

 ノーマリアンとスターシアンなら、自然に生きているノーマリアンを支援したい。

 だが、今地球に攻撃を仕掛けているのはノーマリアンだ。

 地球を汚すノーマリアンも敵だ。

 だが、今両軍を敵に回すのは危険すぎる。

 どちらについても旨味がないのだ。

「おれらにも戦わせてくれよ。ハーミット」

「ならんと言っている。なぜ分からないの!」

「僕たちはやられるわけにはいかないんですよ!?」

 大久保おおくぼも私をみて声を荒げる。

「今どちらについても私たちのメリットにはならない。時を待て」

「くっ……!」

 大久保も、明宮も渋面を浮かべている。

 私は言い聞かせることに徹する。

「だから私たちはまだその時ではないよ」

 私はそう言い、踵を返す。

 二人とも理解してくれただろう。


 空襲警報が鳴り響き、敵戦闘機の爆撃が辺り一面を焼け野原にしていく。

 シェルターから出る頃には焼け焦げた匂いと、刺激臭が漂う。

「これが人間のやることか……?」

 周囲を見渡し、愕然とする。

「だから、最初から敵対すれば良かったんだ!」

 明宮がそう叫び、走り出す。

「待て!」

 明宮は新型兵器に向かっている。

 あれは完全自立型の殺戮マシーン。

 今起動させるわけにはいかない。

 明宮はそのマシーンに乗り込み、起動させる。

 大型の砲塔がせり出し、空へ向けて伸びる。

『スペースコロニーをやれば、奴らも終わりだ。倒すべきは宇宙にいる』

 外部スピーカーに漏れてくる明宮の声。

 荷電重力砲イオングラビティキャノン

 空高く掲げられた砲塔は、世界を呪う力。

 砲身内が電磁場を持ち始め、装填された弾丸を浮かび上がらせる。

 電磁力の帯びた弾丸は加速していく。

 砲塔から発射されると、同時、後方に白煙を放つ。

 発射された弾丸は宇宙に向けて伸びる。

 空を裂く光が、禍々しい色を帯びてオーロラのように輝く。

 宇宙に一条の光をもたらす。

 スペースコロニー《トート》に届いた弾丸はその内包されたエネルギーを解放する。

 爆炎に包まれるスペースコロニー。

 熱波をもたらし、破壊と殺戮の限りを尽くす。

 砕けた瓦礫が散乱し、太陽光を遮るほどの粉塵が舞い上がる。

 穴の空いたスペースコロニー外壁から、空気が流出していく。

 中にいた人の想いなど、無駄な努力だったと言うように死体が流れていく。

 スペースコロニーの回転速度に合わせ、穴が広がっていく。

 軋み、大地を割る。

 遠心力によって外壁が剥がれ落ちていく。

 砕けた瓦礫のシャワーが宇宙を漂う。


 私はその光景を超望遠カメラで捉えていた。

「やったなっ! 明宮!」

『ははは。これでおれらの勝ちだ!!』

 そう叫ぶ明宮の操縦席に落ちてくる爆撃。

 操縦桿が吹き飛び、二射目の弾丸が火を噴く。

 空に弾けて飛んだ弾丸は敵戦闘機をも呑み込む。

 朝空の下、熱波が戦闘機のエンジンを溶かし、爆発。

 その熱波はすさまじくハーミットの髪をチリチリと焼く。

 溶けた戦闘機の破片が地上に降り注ぎ、夜空に輝く流星群を想わせた。

 血の滴る大地。

 闇に浮かぶ光。

 すべてが残酷な光で満たされていく。

 壊れた残骸がシェルターのハッチを覆い尽くし、溶けたチーズのような金属が張り付く。

「くそ」

 私は隣町にいる仲間に向けてバイクを走らせる。


☆★☆


「敵軍に動きありません」

「そうか。ボクたちはやり遂げたんだね」

「博士はこのことも予測していたのですか?」

 リンゴ飴を食べながらボクは頷く。

「人は弱い生き物だからね。きっと世界に混乱をもたらすと信じていたよ」

「なら、神に等しいあなたはどうするのです?」

 助手はそう言い頭をひねる。

「ふふ。ボクの言う通りにしていれば、何ごとも万事解決だというのに……」

 ボクはリンゴ飴の棒を捨てる。

「なんでボクに逆らうかな?」

 にやりと口の端を歪めてボクは助手に告げる。

「次はスターシアンの殲滅作戦かな?」

「それは……」

 助手が上擦った声を上げる。

「いいじゃない。これで戦争が終わるなら。おいたをしたペットにはしつけが必要でしょう?」

「……」

 沈黙で返す助手。

 やっぱり人間は度しがたい。

 折角、永遠の命を手に入れたのに。

 こんな無駄な使い方をするのだから。

「大統領にも警告を出して」

「……分かりました」

「さ。早く」

 ボクはせかすように助手に言いつける。

 助手は手慣れた様子で大統領とのホットラインをつなげる。

「さ。ボクの言う通りにしてもらうよ。ハリソン」

『どういう風の吹き回しかね?』

 電話越しのハリソンの声は落ち着いていた。

 さすがに長たる者。取り乱してはいないか。

「人間は愚かだからさ。戦いを止められないんだよ。それを正そうとしているんだ」

『だからと言って、むやみやたらと戦禍を拡大させるなどと、非人道的です』

「あれ~? 誰に物言っているのかな~? ボクは神だよ?」

『それは……!』

 ハリソンは声を荒げ、反論しようとする。

 が、言葉が思いつかないらしい。

「さ。さっさとやっちゃってよ。そして戦争に対する恐怖を思い出してもらうのさ」

『それで、人は変われますか?』

「もちろん。彼ら彼女らは弱いからね。すぐに変わるよ」

 ボクは当たり前のように言うと、ハリソンは張り詰めた空気を漂わせる。

「納得していないのかな?」

『いえ。そんなことは……』

「なら、さっさと護衛艦群を出して。次弾発射までのタイムラグがあるからさ」

『分かりました』

 ハリソンは渋々承諾する。

「さ。これで人は前に進めるよ」

「博士は、本当は人間がお嫌いでしょう?」

「そうだね。親とか言う馬鹿げた存在が世界を壊すのさ。だから、今を生きる若者で構成されるべきなのさ。世界は」

 助手は何かを言いたげだったが、口を閉ざす。

 彼もまた、甘やかされて育った身。

 ボクに反論できないのだろう。

 未だに両親をスターシアンにしているのだから。

 助手も大きな財閥の跡取り息子と聞いている。

「若者だけにするのはスタードラッグですか?」

「そう。ボクの開発した新薬は全ての人類を救済するためのもの。これからノーマリアンを排除する。そして人類は新たなステージへと上がるのよ」

 クツクツと笑っていると、助手は微妙な顔を浮かべている。

「いい性格していますね」

「それは褒め言葉として受け取っておこう。これからもボクの研究を手伝っておくれ」

「まあ、いいですけど」

 高収入の研究費が受けられるからね。

 ボクの助手というのはすなわち、神との契約みたいなものだしね。

 ふふ。可愛い助手さん。

 ボクに付き合ってくれれば、なんでも許してあげるわ。

「この世で、ボクの言うことを聞かないのなら、それは破滅を意味するからね」

「末恐ろしいですね」

「ふふ。神は死神になることだってあるのだよ。助手くん」

「人の心は勝手気ままですからね」

 助手は含み笑いを浮かべる。

 彼もまた心からそう想っているわけではないのだろう。

 助手の気持ちは分からないけど、ボクは死なない身体を手に入れた。

 この世界でボクだけが不死身なのだ。

 再生医療も、サーチェイン遺伝子も、テロメアの問題も解決した。

 あとは人の心の革新を待つのみ。

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