第26話 開戦
スペースコロニー《ゼウス》にたどりつくと、慌ただしい雰囲気の中、ピリピリとざわつくのを肌で感じ取った。
俺とマサヤは近くの宿屋で料理に舌鼓をうっていた。
カーボン樹脂とHHEで作られた器に入った昆虫由来のタンパク質とスペースコロニーで作られた小麦のパンが並んでいた。
あまり美味しいとはいえないが、スペースコロニーではこれが当たり前だ。
地球の食事が美味しすぎたのだ。
豊かな自然に溢れた地球。そこではたくさんの野菜や家畜が飼われている。
それは後世に伝えていくべき宝なのかもしれない。
「俺たちはどうすればいいんだろうな」
「スペースコロニーは戦争の真っ只中に入ったな」
外ではノーマリアンたちが騒いでいる。
横暴だと。
こんなことに屈するノーマリアンではないと。
スペースコロニーは旧世代の人類が作った箱庭である。そのほとんどが地球で食い詰めた者、安い土地を利用し働きに出ている者、政治犯などが多い。
その傾向から、貧民が多くスターシアンになるための治療費を払えないのが現状である。
労働者のほとんどがノーマリアンであり、その短い寿命で少ない稼ぎをえているのが実情である。
その労働者であるノーマリアンが反発のデモ行進を行っている。
スペースコロニーとしては彼らを戦場に送りたいらしい。
スターシアンに反感を持っているもは少なくないということだ。
今、世界は二分しようとしている。
スターシアンとノーマリアン。
その二つの派閥が存在している。
他にも環境活動家もいるが、規模としては小さい。
みな環境よりも明日の我が身可愛さが勝っているのかもしれない。
地球の開発や環境保全、宇宙開拓も、全て人のためにあるはずなのに。
「悲しいな。どんなに華やかな時代を迎えようとも人の心は変わらない。人としての根源を手に入れても反発は産まれる。これじゃあ、旧世代者と何も変わらない」
残念そうに呟くマサヤ。
なんだか、前よりも人間くさくなったな。
そんな感想が思い浮かぶ。
「そうだね。紀元前から、人の移ろいは変わらないのかも」
俺は視線をコップに移す。
水だってタダじゃない。
このコロニーでは貴重な水分だ。
その水を地球から買っている。
スペースコロニーの食糧も買っている。
地球はスペースコロニーから隕石に含まれる資源を買っている。
持ちつ持たれつを続けていたはずの二つの組織は、いつの間にか、その均衡を崩していた。
それが今回の戦争にもつながったのかもしれない。
「俺は……」
静かにパンをかじると、マサヤがこちらを向く。
「俺はスペースコロニーを守りたい」
「なら、宇宙にいるスターシアンを排除するか?」
ふるふると首を横に振る。
「違う。違うんだ。でも守りたい」
武器を手にしていいのか、迷った。
でもそれ以外の解決方法があるのなら、俺はその道をたどりたい。
「少年、キミの強さはライフルを手にして初めて使える」
「分かっている。俺の強みは確かに拳銃の腕前だろう。でも……」
「殺したくは、ないか……」
「はい」
俺が甘いことを言っているのも分かっている。
それにこれは俺だけの問題だ。
スペースコロニーで生まれ育った身としては守りたい。守らせて欲しい。
「オレも、キミの意見には賛成だ。スペースコロニーを守る。それはそれでいい」
それはノーマリアンを守るということに直結しているのかもしれない。
スターシアンが悪いとは言わない。
だが金持ちたちの声が強いのは辟易としている。
積もるところ、俺はスターシアンに疑問を持っていたのだ。
寿命があるのが、普通だ。それが自然だ。
そんなことを思うと、環境活動家と同じ意見になっていることに気がつく。
他者の
人の感情というものはこうも変わるのか。
「さ。食べ終わったら行くぞ」
「ああ」
俺とマサヤは店を後にし、路地裏を歩く。
と、スペースコロニー内部が揺れる。
「なんだ?」
「どうやらスターシアン側の攻撃が始まったらしい」
スペースコロニーに穴が空き、空気が漏れ出ている。
彼らは分かっていないのだ。
スペースコロニーの脆さを。
このままじゃ、テロリストと同じように多くの人死にを出す。
「俺は、戦うよ」
「武器を手にしないんじゃないのか?」
「分からない。でも今は戦うしかない」
俺は悲しみで顔が歪んでいるのだろう。
言葉を失うマサヤ。
「了解した。オレも手伝わせてくれ」
「マサヤ!」
「いいんだ。オレだってスペースコロニー出身者だ。これ以上失いたくない」
言い切ると、俺とマサヤは軍港に向かう。
パソコンのキーボードを打鍵して、ポッド171のメイン操縦を奪う。
そしてスペースコロニーに群がる敵軍用ポッドを照準に入れる。
ポッド171は無反動砲一門に、ガトリングガン二門を備えた球形の軍用オートマトンの一種類である。載せているオートパイロットは遠隔操作で戦う。
ただし、地球から宇宙までは遅延が生じるので、敵パイロットもある程度近くで操縦する。
その操縦者を狙うマサヤ。
パソコンのモニター上に浮かぶ敵兵の宇宙船が見えると、ポッド171の砲射撃戦が始まる。
放たれた銃弾は宇宙船を蜂の巣にし、燃料が爆発する。
宇宙の塵になった金属片を見やり、マサヤはホッとした顔を浮かべる。
今まで難なくハッキングしていたが、緊張するものらしい。
「今度は地球に仕掛ける。オレたちはボイジャーで向かうぞ」
「え。あ、ああ……」
反抗作戦らしい。地球にいるスターシアンを排除する。
それが目的にすり替わっていたのは気がつかなかった。
守るための
俺とマサヤは地球近郊、距離六千の位置に移動し、そこから月にある統一地球政府軍のある軍港を狙う。
八十機のポッド171が月に向かって放たれる。
魚群に突っ込むクジラのようにポッド171が敵兵のポッド090を狙う。
数で勝る統一地球政府軍。
だが、マサヤの機動性と、俺の射撃性能で、月近郊の敵兵を倒していく。
圧倒的な勝利とともに、俺たちは勝利を手にした。
スペースコロニーに住む、ノーマリアンを徴集し、一緒にスターシアンを廃すると誓った。
彼らももうじき合流する。
やっと一つの世界が終わる。
これからはスペースコロニーの時代だ。
地球の政府は終わりだ。
打倒『ハンソン=ハリホード』。地球政府の要である彼を殺せば、この戦争も終わる。
終わりにする。
俺が終わらせる。
地球に攻め込む前に、補給を受ける。
備蓄された弾薬や、食糧、ミサイルなど。
それもスペースコロニー群が蓄えていたものだ。
この戦争に勝って、俺たちはなんてこない日々を送るんだ。
それがいい。それでいい。
だから、これ以上攻撃して欲しくない。
「敵の援軍を確認」
「包囲して殲滅しろ」
マサヤが非情なまでの態度を示す。
俺はマサヤに従ってきた。
今までも。
でも今回ばかりは許せない。
人を死なせたくないといいながら、その指揮をとっている。
人を殺すのに躊躇いがない。
それが酷く嫌だと思った。
俺がマサヤのような超人ならまだしも、能力がない。
分かっている。俺は何の力もない一般人だってことは。
でも、それでも。
これ以上の戦いは望まない。
こんな人の命をもてあそぶような戦いは。
「俺は反対だ。こんな戦いに意味なんてない」
「何を言っている。スペースコロニーを守るため、敵は排除する」
「だからって! こんなの力差がありすぎる。虐殺じゃないか!」
「そうは思わんな。彼らを残せば仲間がやられる」
「マサヤ!!」
俺は彼の意向には従えない。
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