第25話 弱いから……

 父はトリガーを引き絞る。

 マズルフラッシュが炊く前に体を滑り込ませる人影が一つ。

 俺と父の間にリリが躍り出た。

 銃弾はリリの柔らかい首筋を穿ち、電気的な活動を停止させる。

 メインバッテリーが切れたリリは力なく、その場に倒れる。

「バカなこいつがかばうだと」

「リリはいつだってお前のことを」

「感情などないはずだ」

「それだったらなんで泣いているんだよ」

 俺が指摘したようにリリも、父も泣いていた。

 俺は苛立ちを覚え、リリを見やる。

 首からコードを垂らし、火花を散らしていった。

 死んだ。

 死んだんだ。

 リリは俺を守るために。

 父の頭を冷やすためだけに。

 犠牲になったのだ。

 俺と父の親子げんかに巻き込んでしまった。

「父さんのせいだ」

「……すまなかった」

 しおらしい態度を見せる父。

「いまさら!」

 勢い余り、父の胸ぐらを掴みかかる俺。

「少年、いくぞ」

 後ろから声がかかる。

 マサヤだ。

「行くってどこに?」

「少年が目指す未来に」

 マサヤは本気でそう思っているらしい。

 しかし、自分一人で脱走できたのなら、俺が来た意味はなかったのではないか。

「さ。来るんだ。リリはもう……」

「……分かったよ」

 俺は父を投げ捨てると、マサヤのもとに駆け出す。

 父とは和解することはできなかった。

 それでも生きて行かねばならない。

「リリは、必死に生きたから」

「ん?」

「だから気持ちが伝わったんだ」

 マサヤは顔を上げることなく、小さく頷く。

「それも真理なのだろう。少年の言い分が間違っているとかではないのだろう」

「というと?」

「人の心なんて、受け止める人しだいだってことだ。〝あ〟この一言では何を思っているのか、分からない」

 そうだ。

 あ。今日の買い物忘れた。

 あ。言葉に詰まった。

 あ。もうだめだ。

 あ、という一言でも様々な表現が産まれ、多くの言葉を連想させる。

 それは受取手がどう判断するかに寄って違ってくる。

 それだけでは判別つかないときもある。

 マサヤの言っていることは正しい。だが、

「それがどうした?」

「人の心も一緒さ。受取手が暖かい気持ちなのか、冷たい気持ちなのかによって変わる」

「そんな……! 誰にだって等しくあるものじゃないか!」

「そう思わない奴もいるってことだ。だいがい嫌われ者だがな」

 ニヒルに笑うマサヤはどこか飄々としていた。

「まあ、一般論だ。全員がそうとは限らない」

「そう、か……」

 納得させようとする自分と、引っかかりを覚えている自分がいる。

「それで? これからどうするんだよ」

「オレはスペースコロニー〝ゼウス〟に向かう。あそこなら追っ手もこないだろう」

「そこで何をしようと言うんだ?」

 俺は睨み付けるようにしてマサヤを見やる。

「いや、何もしない。全ての人類から一円ずつもらい、数十億の金にする。そして余生を過ごすのさ」

「余生って……」

「人は他人に託すことで、気持ちを共有することで、病気や災害、そして戦争を乗り越えていった。大事なのは何を残すのか、ってことだ」

 残す……?

 俺は次世代に何を残すことができるのだろうか。

「残す、ってどうやって」

「響き合うのさ。簡単だろ? アンドロイドとも響き合えたキミになら」

「響き合う……」

 これが俺たちの求めた未来なのだろうか。

 分からない。

 すぐに結論を出す必要もないだろう。

 だけど。

「ありがとう」

「ん?」

「そう言いたい気分だ」

「そうか」

 くしゃりと笑みを浮かべるマサヤ。

 彼もまた今回の事件で大切な人を失っている。

 俺たちはいずれ訪れる死を前に何を思うのだろう。

 宇宙船ボイジャーに乗り込むと、俺は重くなった瞼を閉じる。


 妹がいた。

 りんという。

 凜は大人しく、あまり表に出るのが得意じゃなかった。

 でもたまに意固地になった。ゲームをしているとき、必死になって勝とうとしていた。

 やめよう。

 そう言っても、凜はふるふると首を振るのだった。

 俺の妹は可愛い。

 そんな凜が六才のとき、あの暴走車が俺の幸せを壊した。

 それから俺は凜の顔を見ることができなかった。

 車のバグだといわれ、誰も責任をとることがなかった。

 世間一般を騒がせることもなく、この事件は幕引きとなった。

 俺は政府に対しても、今の政治にも疑問を持っている。

 このやり方で本当にいいのか? と。

 俺だってできればこんなことはしたくない。

 だが、そう言わずにはいられない。

 だから環境活動家も、テロリストも、同じ気持ちか、それ以上の思いがあるのかもしれない。

 そう思うと完全に否定することなんてできなかった。

 俺には過去がある。

 そして他の人々にも過去がある。

 それは今の人格を形成するに辺り、身につけてきた処世術なのだろう。

 だから決めつけて否定することはできない。

 彼ら彼女らもまた、必死で生きてきたのだから。

 がむしゃらに生きる人々をそう簡単には否定できない。

 俺はそう理解した。

 だとすれば、俺はなんで今ここにいるのだろう。

 出会えた人、全ての気持ちを代弁することなんてできない。

 でも、マサヤの言うように、俺に響き合う力があるのなら、それはこれから先を目指すに辺り、大きなアドバンテージを持っていると感じた。

 俺の心に引っかかった何かが、今の自分を形作っている。

 彼らの想いを俺が持っている。前につなげていける。

 それこそ、未来へと。

 俺はその一端。

 人類という大きな種の小さな一粒なのかもしれない。

 それでいい。

 それでも俺という人間が生きていたという痕跡を残したい。

 他者と響き合った結果の俺を。

 そうして世界は少しずつ良くなると想う。

 国という集団。家族という集団。

 その小さなコミュニティでも、俺の見え方は変わる。

 俺と響き合った彼らが正しいのなら、後世まで受け継がれていくだろう。

 でも、そうでなかったら?

 俺の思いが偽善なら、間違っているなら、それを正してくれるのもまた、人間なのだろう。

 そうして少しずつでも間違った道を正してくれるなら、俺は善意と想ったことを成せば良い。

 その先に願った未来があるのだと信じて。

 俺たちにはまだ未来があるのだから。


 瞼を開けると、ボイジャーの船内は慌ただしくなっていた。

「開戦だと! どこのバカだ!」

 一般人が叫んでいるのが分かる。

 開戦?

 戦争……!

「オレらはすぐ抜ける。宇宙服を着ろ」

 隣に座っていたマサヤが呼びかけてくる。

「ああ。リリも……」

 そうか、もういないんだ。

 俺は知らず知らずのうちにリリを大事に思っていたんだな。

 じんわりと噛みしめた気持ちが俺の臓腑を満たしていく。

 気持ち悪い感じがし、喉を鳴らす。

 マサヤに言われた通りに宇宙服を着ると他の乗客も真似る。

 目の前で戦闘の火花が切って落とされる。

 スターシアンを支援していたスペースコロニーが開戦したというノーマリアンに脅されている。

 これは本当に戦争なのだろうか?

 貧民と富裕層の争い。

 資金源が大きい戦争においては貧民が負けるのはわかりきっているようなものだが。

 それでも戦いたがるのは、人の業か。それとも人の本能か。

 争いを続ける理由は本当にあるのだろうか。

 俺たちは本当は同じ種ではないのか。

「なぜ戦う」

「弱いからさ。人は心の弱い人間だ。弱いから武器を手にする。武器は人の心を保つ」

「保つ。保つだけか?」

「ああ。そうだ。強くなるわけじゃない」

 人の心はどうしてこうも弱いのだろう。

 リリのような犠牲もたくさん産まれるのだろう。

 カホさんや多くの仲間たちも。

 あの鈴成すずなりさんも。

 みんな死んでしまった。

 あれをまた繰り返すのか。

 それももっと大きな規模で。

「こんなの疲弊するだけで何も生みはしない」

「そんなことはない」

「なんだと!」

 俺はマサヤに食ってかかる。

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