第24話 父と子と

 俺とリリはまず武器の調達に向かった。

 今まではすべてマサヤが手配してくれたが、頼みの綱がない状況だ。

 だがリリの情報処理能力と状況把握力が俺を彼らのもとへ導いてくれる。

 やはり、戦闘用に開発されたアンドロイドという話は本当らしい。

 そんな実感がこみ上げて来る頃には手榴弾やサブマシンガンを手にしていた。

 父の意向は理解できないが、俺には守るべき相手と恩人がいる。

 彼を助ける理由はそれで十分だろう。

 自分のやるべき理由を言い聞かせると、俺はサブマシンガンを手にして彼の待つ大二区画、三棟の二番街に向かう。

 警備兵が一人。

 わざと手薄にしている可能性がある。

 奥の詰め所にはもっとたくさんの兵隊が詰めているに違いない。

 俺は突貫をする。

 サブマシンガン二丁を構え、トリガーを引き絞る。

 放たれた弾丸は風を切り、人体を穿つ。

 風穴を開けられた死体がその場に転がり落ち、詰め所にいた何人かの兵隊も撃ち抜いた。

 倒れ込む味方を前に動揺する兵士や、血の上った兵士が見受けられる。

 だが、容赦なく発射される弾丸の前にはあまりにも無力だった。

 防弾チョッキを着ているものの、関節部や頭を覆い尽くすものはなく、俺の射撃性能なら確実に仕留めることができる。

 この能力を俺は以前に父から学んだのを思い出す。

 彼の怒りが、憎しみが、俺の思考の邪魔をする。

 俺は父のようにはならない。違う生き方をする。

 それこそ、人を守れるような……。

 リリが隣に立ち、ミニガンを連射する。

 容赦のない兵器だと感じた。感じてしまった。

 俺だってリリを兵器として見ている部分がある。

 その浅慮が俺の心を縛り付ける。

 リリのことを思えば、考えてはならないことだった。

 たとえ戦闘用だとしてもリリはリリの意思でここにいる。俺についてきてくれている。

 それを忘れてはいけないし、大事にしなくてはいけない。

 アンドロイドにも心があるんだ。

 それを俺は知っているから。

 だからリリを信頼しているし、一人の人として見ている。

 そうだ。忘れてはいけない。

 彼女だって一人の人間として振る舞っている。

 父の望んだアンドロイドにはこんなにも魅力的な女の子だって証明してみせる。

 戦闘用なんて言わせない。

 俺は心に決めると、撃ち尽くしたサブマシンガンを捨て、自動拳銃に持ちかえる。

 土煙で見えなくなった門を薄目で見やる。

「くるぞ!」

 俺はリリに危険を促すと、柱の影に飛び込む。

 俺とリリは壁に背を預け、応射する。

 生き残りがいる。

 それが非常にまずい状況を生み出した。

 おそらくは奴らは応援を呼ぶだろう。

 そしたら他の部署から派遣された援軍がこちらに攻めてくる。

 門を死守するとなるとそれを囲うように援軍を配備するのが妥当だろう。

 かといって、この状況を打開するほどの奇策を俺は持っていない。

「とびこむよ。だから守って」

 リリがそう告げると、鋼鉄の体を武器に攻め込むリリ。

 跳弾が怖いが、俺も男を見せるとき。

 そう思いリリとともに土煙の中へ飛び込む。

 リリが守ってくれているらしく、被弾はしないものの、おおよそ人間にあたった時とは違う音を奏でる。

 金属と金属がぶつかり合い、弾ける音。

 火花が舞い、美しいボディに焦げ跡が残る。

「リリ! 自分の心配をしろ!」

 その言葉は発砲音にかき消される。

 ミニガンを撃ち終える頃には敵兵の姿はなく、俺とリリは建物内部に侵入することができた。

 建物内は暗く、明かりの一つもついていない。

 そんな薄暗い中、俺とリリは慎重に歩く。

 どこに兵士がいるかも、マサヤと父がいるのかもわからない状況なのだ。

 誰だって慎重になるだろう。

 一つ一つの部屋を確認していく。

 クリアランスをしっかりととり、身の安全を確保する。

 ジメジメとした室内の空気は最悪で、どこからか、シンナーの匂いまでしてくる。

 嫌気がさして来た頃、俺は何度目かの部屋の探索を行う。

 すると、

「おお。昌治まさはる。生きておったか」

「……父さん」

 俺は戸惑うように父を見つめる。

 父がいなければ、リリもマサヤも幸せに生きられたのではないか。

 そう思う日がなかったわけじゃない。

「それにXナンバーも」

「そういう言い方はやめてくれ。彼女はリリだ」

「リリです。お父様」

 やはり父と認識しているか。

「お前さんはリリ、か……」

 年甲斐もなくはしゃいでいた父は穏やかな笑みを浮かべている。

 なんだ?

 この感覚は。

 まるで俺を包み込むような……温かな気持ちは。

 父が何を思い、何をするのか、俺にはわからない。

 だから解放していいのか、わからない。

「俺はマサヤを助けるよ。父さんは……勝手にしてくれ」

「そうか。じゃあな。昌治まさはる

「え?」

 拳銃を構えた父がそこにはいた。

「な、何をするんだ? 父さん」

 実の子どもに中を構えるなんて正気の沙汰とは思えない。

 俺は彼の正気を疑った。

「何。お前さんは晴海はるみの目指していた環境活動家のいち員にはなれないそうじゃないか。」

 ちろりと舌を出す父。

 ねちっこい顔が興奮と狂気に揺れる。

 直感が言っている。

 こいつはおかしいと。

「地球環境を変えても、人は変わらない。同じ過ちを繰り返すだけだ」

 俺はなんとか絞り出した反論の声を上げる。

「だから甘いのだ。地球人類はすべて宇宙に住むべきだとは思わんのかね?」

「父さん、何を言っているの?」

 俺は困り果てて眉根を寄せる。

 こんな父を見たくはなかった。

 生きていて嬉しいとも思ったが、これでは死んだつもりで生きていた方が幸せだったかもしれない。

「父さんの言うこと、信じられないよ」

「黙れ。お前もXナンバーの精神汚染に浸ったな。腐ったのだ、心が」

「そんなことない!」

「ならなぜXナンバーが人の心を算出している?」

 リリに心があるのがバグだとでもいいたいのか?

「その心のようなものだって、人を惑わす立派な兵器だ」

「馬鹿なことを言っていないで、銃をおろして」

 俺はなだめるように落ち着いた声音で応じる。

「わかるものか。所詮はAI。何を企んでいるのか」

「わたしはただ……」

 悲しそうに目を伏せるリリ。

 こんな純粋な子にわけなどあるはずもない。

「父さん!」

「お前は毒されている。そいつから離れろ」

「父さん!!」

 声を荒げるが、父の意思に変わりはないらしい。

「分かった。俺を撃って。父さん」

「ご主人さま!?」

「……っ!?」

 リリも父も驚いた様子でこちらを見やる。

「俺が撃たれればリリは悲しく泣く。それは精神汚染なんかじゃない。立派な人の心だよ」

 俺は覚悟を決めた。

 俺の死をもってリリの心を、父の心をなだめることができるのなら。

 死ぬのが怖いわけじゃない。

 ただなんとなく次死ぬのは俺の番な気がした。

 どのみち、人はいずれ死ぬのだ。

 遅いか早いかの違いだ。

 そこまでこだわることじゃない。

 俺の屍を超えた先に、目指す未来があるのかもしれない。

 俺の人生はここで終わった。

 ならあとは残された者たちに託すべきなのだ。

 それでこそ、生きてきた甲斐があるというもの。

 それが生きるってことなのかもしれない。

「わかった。最後に言い残すことは?」

「リリの幸せを。それから――」

「ご主人さまがいなくなったら、わたし、幸せじゃない!」

 リリが目尻に涙袋を作り、必死で声を荒げる。

「リリ……」

「ご主人さま。こんなのおかしいよ」

 しくしくと泣くリリの姿は痛ましい。

「ふん。やはり精神汚染か。昌治まさはる。お前は騙されているんだぞ」

 父は容赦のない顔でリリを見下す。

 そうか。見下しているんだ。

 だからリリのことを素直に見られない。

 父が本当の意味でリリを理解する日が来ることを願うばかりだ。

「さようなら、我が息子よ」

 父がトリガーを引き絞る。

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