第23話 リリの開発

昌治まさはるよ。よく生きた。生きていてくれた」

「少年と博士はやはり親子だったのですね」

 マサヤが敬語を使い、父を見つめている。

「おお。そちはマサヤくんかね? 元気かい? おや、夏帆かほくんは?」

「……」

「父さん!」

 相変わらず、人への配慮がないと思った。

 そんなんだから母さんに嫌われるというのに。

 しかし、

「父さんが兵器開発に関わっていたなんて……」

 俺は悲しくて、ショックで、涙を流していた。

「わしだって、作りたくて作ったわけじゃない。人の可能性を信じておった」

「そんな言い訳!」

「少年、彼の言っていることは本当だよ」

「お前になにがわかる!」

 俺の剣幕に圧倒されたのか、マサヤは黙る。

「父がいなければ、カホさんや不知火しらぬい、他にも多くの人を殺める必要なんてなかったんだ!」

「それじゃあ、君はリリと出会うことを否定しているのか?」

「それはっ!」

 俺は振り向くと、リリが一歩下がる。

「おお。あの子もいるのか!」

「父さん、今の状況を分かっているのか!?」

 怒りをぶつけるが父は気にした様子もない。

「彼女は基本、武器のデータを蓄積させた。そして戦闘用ロボットとして最大限の力を発揮するだろう」

「そうは見えませんが?」

 マサヤが疑問の声を上げる。

「ふむ。AIによる自動補正が聞いておるのかのう? しかし、か」

りんからもじった」

 ためらうことなく、素直に告げる俺。

「凛と美羽みうはどうした?」

「死んだよ。父さんが兵器開発している裏側でな!」

「少年!」

「そうか」

 ショックを受けた様子もなくただ悲しげに眉根を寄せるばかりの父。

 その態度に苛ついた俺は胸ぐらを掴みかかる。

「あんたは!」

「わしは、拉致されてから家族のことを忘れた試しがない」

「父さん……?」

 苛立っているのは自分だけじゃないと知り、俺は掴んでいた手を緩める。

「お前だけは生き延びろ。そして世界を救うんだ」

「バカを言うな。俺にそんなこと」

「できる。わしの息子なら」

 期待と熱のこもった視線に当てられて俺はめまいを感じる。

 アラームが鳴り響き、室内が赤い光で覆われる。

「話はあとだ。少年」

「分かった」

 俺たちは父を開放すると、地上までの出口を探す。

「ハッキングは?」

「だめだ。追い出された」

「そんな……!」

「まだじゃよ」

 父はそう言い、マサヤの携帯端末を操作する。

「これで最高権力で指示できる。すぐに収めるのだ」

「博士……。了解した」

 マサヤは頷くなり、凄まじい速度で仮想キーボードを打鍵する。

 プログラムが走り、様々なデータを上書きしていく。

 その速さ。その正確性はもちろんのこと。

 情報を処理するだけの話なら、誰にも負けていない。

 ハッキングが終了したのか、深いため息を吐くマサヤ。

「一人だと、時間がかかるな……」

 今まで弱音らしいことを一切言わなかったあのマサヤが感傷に浸っている。

 それだけ、父を信頼しているということなのだろうか。

「話はあとだ。ここから出るぞ」

「あ、ああ……」

 俺は頷き、父とリリを連れて外を目指す。

 父の隣を歩くリリは少し嬉しそうにしているように見えた。まるで本当の父に会ったみたいに。

 あれが正しい姿なんだと見せつけられているようで、心がモヤモヤする。

 俺にはなぜあれができなかったのか。

 自分の情けなさに腹が立つ。


 歩いて一時間ほど。

 地下からのダクトを通じ、地表へと出る。

 澄んだ空気が肺を満たしていく。

 少しほこりっぽいが、地下のよどんだ空気よりはマシだ。

 金属と油、それに塗料のキツい匂いがなくていい。

 俺のアパートに一旦身を寄せ合い、コンビニで買った昼飯をつつく。

 リリは俺の隣にちょこんと座り、俺の口元を拭いてくれる。

「信じられん。Xナンバーが人に優しくするなど」

 父は何やらうめいているが気にする必要なんてない。

 こいつは殺人者なのだ。

 人を殺める兵器を製造していたのだから。

貞志さだしさん。彼女は電磁波テロでIPUVが欠損しているのです」

「そんなはずないじゃろ。Xナンバーの彼女は最初から欠損させたのだ」

「なぜです?」

 お茶をすする父。

「奴らの監視の目を誤魔化し、外部と連絡をとるためだな」

「そうですか。なら、彼女に搭載されていた武器データも現政府に対抗するためですね」

「そうだ。今の歪んだ世の中を改変させるには新しいストレージが必要なのだ」

 父はこちらに目を向けて言う。

「にも関わらず感傷に浸りおって。まるで状況を理解しておらぬ」

「理解していないのはあなたでしょう!? 父さん!」

 俺は咎めるような視線を向ける。

「そうやって狭い価値感でいるからバカ息子と言うのだ。お前は状況に流されているだけに過ぎん」

「違う。違うよ。それは父さんの方だ。俺は母の教えを、心を大事にしてきた。それはこれからも必要なことなんだ」

「浮かれおって、そんなんだから二人を亡くしたのだ」

 冷たい言い分に俺の腹から熱が溢れる。

「馬鹿にして! だから人の心が分からないんだ! 本当に必要なのは人を思いやる強い心だ!」

「ふん。知るか」

 父は空になった弁当箱をビニール袋に押し込む。

 話は終わりといった様子で外に出る父。

 そのあとにマサヤも続く。

「少年。君はまだ青い。これから分かることも多いだろう」

「そんなの、負けた大人の言い分でしょう?」

 俺は食ってかかることしかできないのかもしれない。

 こんなことしか言えない自分が不甲斐ない。

「わしの昔もこうじゃったな……」

 微笑ましいものを見るような目線を向けてくる父。

 その顔に刻まれたしわが濃くなっているのを見つけ、少し暗い気持ちになる。

 父も歳なのだ。

 スターシアンでないのなら、その先にあるのは死だ。

 母や妹と同じ末路をたどるに違いない。

 それが悲しい。

 目を伏せると、父とマサヤは先に家を出る。

 そこに待ち構えていた保安部の職員。

 手には拳銃が握られていた。

「おい。他の奴らはどうした?」

 保安部の者が叫ぶ。

「逃げろ。少年!!」

 マサヤが精一杯声を荒げる。

 それを聞いたリリは俺を抱えて反対側の窓を割り、真っ直ぐに中央広場に向かう。

「おい。リリ」

「わたしはご主人さまを救いたい。ご主人さまの力になりたい。だから――」

 言葉が思いつかなかったのか、ふくれっ面を浮かべているリリ。

 近くにある公園で降りると、俺は感謝の意も込めて頭を撫でてやる。

「ん。ご主人さま、好き」

 今更だが、リリを作ったのが父ということは、俺とリリは一応兄妹ということか。

 兄妹だから好かれていてもおかしくない、のだろうか。

 もしかして、父はそこまで読んでリリを開発したのか。

 聞きたいことは山ほどあるというのに、父とマサヤは保安部に捕まってしまった。

 恐らくは今も抵抗を続けているだろう。

 リリのジャックで状況だけは入ってくる。

 恐らくはマサヤが仕込んだプログラムの影響だろう。

 リリにもかなり優秀な監視プログラムが仕込まれている。

 マサヤでなければ、父の開発したプログラムだろう。

 兵器として製造したリリ。Xナンバーと言ったか。

 それなら合点がいく。

 彼女もまた、人の心をもてあそぶ兵器……そこまで思って考えを捨てるように頭を振る。

 考えるのはよそう。

 なんであれ、俺たちは生き延びなくちゃいけない。

 目的も当てもなくなった今の段階で何をするべきだろう。

 マサヤを助ける。

 それだけでもいい気がした。

 リリに話をする。

「俺はマサヤを助けたい。父も」

 でもどうしていいのか分からない。

「はい。てつだいます」

 屈託のない笑みを浮かべるリリ。

 そうだ。

 自分の未来は自分で切り開くんだ。

 リリの手をとり、俺は口づけをする。

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