リリと九王と

第22話 リリの開発者との対面

 マサヤが地下室に閉じ込められていたことには驚きだった。

「さ。行くぞ」

 地下には他にも秘密機関があると言う。

 耳を疑うような話だが、目の前に事例がある。

 嘘と言い切るには無理がある。

 もしかしてその秘密機関とやらにリリの製造者がいるのだろうか。

 俺たちはコードと金属片でできた通路を通る。

 どこまでも続く金属の森。

 差し足忍び足で疑似重力を感じる。

 スペースコロニーは人の叡智がもたらした最高傑作というものもいる。

 だが、実情はこの冷たく暗い通路と同じだ。

 宇宙は人が住めるような環境じゃない。

 長生きしても、遺伝子が放射線によりズタズタにされる。

 健康寿命の長い者はみんな地球生まれ地球育ちだ。

 ここにも格差の壁がある。

 俺たちは身近に恐怖を感じながら生きてきた。

 隕石の衝突もあったそうだ。

 宇宙開拓と言えば聞こえはいいのかもしれない。

 でも俺たちはエリートじゃない。

 ただの下働き。社畜だ。

 人の上に立つ者ではなく、ひたすらに搾取される側の人間。

 そんな俺たちに希望なんてないと思っていた。

 でもマサヤはそんなことを気にした様子もなく、必死で生きている。

 それを見た俺も何か、変えたいと思った。

 変えなくちゃいけないと思った。

 マサヤ一人によってこれだけ気持ちが動かされるのだ。

 俺だって発信すれば何かを変えられるはずだ。

 彼と俺の違いはそこまでないのだから。


 地下の通路を通って一時間ほど。

 俺は疲れた表情で、マサヤを見やる。

「そろそろ休憩しないか?」

「ふむ。まあ、いいだろう」

 マサヤは近くのケーブルに腰を落ち着かせると、俺も習って座る。

 リリは立っていても疲れないので、気楽にしている。

 俺が息を整えていると、マサヤは携帯端末をいじる。

「このルートを通れば、あと二十分でつく」

「それを聞いて安心した」

 外部ブロックとも呼ばれている地下階層には車は入れない。それほどの大きな通路がないのだ。

 ゆっくりと腰を上げると、再び金属の樹海に足を運ぶ。

 この先にリリの開発者がいるのか。

 どんな人なのだろう。

 あんな武器を設計できる人だ。

 不安が押し寄せてくる。

 人死にをなんとも思っていない人に違いない。

 そうでなければ、武器なんて思いつくはずもない。


 しばらく歩くと、怪しげな詰め所を見つける。

 そこには警備兵が二人、目を光らせている。

「イールマッハ=ジンの息がかかった連中だな」

「イールマッハ?」

「ああ。第二独立師団の権力者だ。やつがいる限り戦いは終わらない」

 この世界の反逆者であるマサヤにとっては憎むべき存在なのかもしれない。

 俺には理解できないが。

 争いを争いで止めようだなんて、間違っている。

 だから、どうすればいいという答えはなく、黙って聞くことしかできない自分を呪った。

 俺は答えを見つけたい。

 そうでなくては、人類の歴史は悲しすぎる。

 あまりにも報われないじゃないか。

「さ。行くぞ」

 マサヤは角から飛び出し、敵兵に向き合う。

「ショータイムだ」

 マサヤの持っていたサブマシンガンが火を吹く。

 大胆な戦術に見えるが、マサヤは先手を打っていた。

 あらゆる武器、あらゆるパソコンにハッキングをかけていたのだ。

 パソコンでのデータ処理が不可能になり、パニックになる警備兵。

 門番である二人を殺したあと、詰め所にいる兵士をも、撃ち抜くマサヤ。

 俺はそれを見守ることしかできなかった。

 開発者に出会うだけで、これだけの人死を出さなくちゃいけない理由はどこにあるのだろう?

 俺の気ままな思いつきで人が死ぬとは思いもしなかった。

 これもまた運命なのだろうか。

 それとも俺のミス?

 深く考えてはいけないと知りながらも、俺は前に進む。

 ここで立ち止まってはいけないのだ。

「イールマッハはどうするんだ? マサヤ」

「今は殺せないだろ。オレは開発者を保護することが目的だ」

「保護……?」

 マサヤの言っていることが理解できずに、首をかしげる。

「あいつは保護するべきだ」

 つまり体の良い俺たちへの協力者がほしいのだ。

 マサヤは開発者を受け入れることで自分の立場を有利にしたいのだ。

 そうでなければ武器商人を許すわけがない。

 これで環境活動家の支援も得られる。

 マサヤは文字通り安泰な暮らしを得られるだろう。

 その影でどれほどの人が死のうとも構わないのだろう。

 その時がきたら俺はマサヤと対峙するのも仕方ないのかもしれない。

 反逆の意思が芽生えたのはこの瞬間だったかもしれない。

 イールマッハの配備した兵士の状況をリアルタイムで把握するマサヤ。

 彼はやっぱり最強のハッカーなのかもしれない。

 彼らの持っていた無線機の暗号を解析して、それを地図アプリと重ね合わせているのだから。

「後方二十メートルに敵兵。撃て」

 俺はマサヤの指示通りに自動拳銃の引き金を引く。

 マサヤの情報処理と、俺の腕前を足すと、最強の兵器になるのかもしれない。

 そんな不謹慎なことを思いつつも、前進していく。


 放たれた銃弾は肉をえぐり、脳髄を直撃し、命を奪う。

 彼らにあった魂はどこに行くのだろうか。

 魂というオカルトじみた言葉を信じたくなるのも、俺の心が弱いからだろう。

 人は誰しも、なにかを信じて生きている。

 それが宗教でも、科学でも、あるいは恋人や家族ということだってある。

 それを否定できないのは人の業が重いせいではないだろうか。

 人は救いを求めている。

 それは今の世紀になっても顕著にあらわれているといえるだろう。

 地続きになった大地から離れ、巣立った小鳥たちは未だに争うことをやめようとはしない。

 それどころか、自分たちが優越種と訴えて世界に宣戦布告するほどの事態を引き起こした。

 それでは旧人類と何も変わらないのだ。

 俺たちは自分たちの行動を省み、新しい方法で価値観をアップデートしていかなくちゃいけないのだ。

「ついたぞ」

 マサヤの呼びかけではっとする。

 ようやく開発者と出会えるのだ。

 小さく安堵の息を漏らす。

「ああ。開けてくれ」

 パスコードを解析し、認証が終わったあと、ガチャッと扉が開く。

 その奥には一人の男性がいた。白衣を着ている。

「なんだ? これ以上、兵器製造にかたを貸すつもりはない」

 白衣の男性は両手を縛られ、椅子に座らされ、体を固定されている。

「オレらはあなたの協力者です。九王貞志さだし

「……父さん?」

 俺は幼い頃に嗅いだ匂いを感じ、記憶がフラッシュバックする。

 彼は間違いなく俺の父だ。

 どこにも根拠なんてないのに、俺はそう感じた。

 直感がそう判断したのだ。

 理屈じゃない。

 根底から察したのだ。

「おお! 昌治まさはる

 白衣をきた父は弱々しく目を開ける。

 老いた父を見て、まなじりに涙が浮かぶ。

 そうさせたのは父が弱っているから。

 それとも久々に会えて感動しているから。

 わからないし、分かりたくもなかった。

 俺には必要ない情報だったのだ。

「どうして、父さんがここにいるんだ……?」

 俺の湧いた疑問を塞ぐものはない。

「少年、落ち着き給え」

 そう言われても俺は納得できずにいる。

 父がリリを生んだ開発者だと理解したくない。

 するべきではない。

 武器の発明を行っていたなんて――。

 それがどれほどの人間を苦しめるのか、どれほどの血を流す結果になるのか。

 それを考えただけでも冬の雪積もる寒空の下に裸一貫で放り込まれるような感覚だ。

 間違っている。

 間違っているよ。

「父さん!」

 俺は我知らず、声を荒げていた。

 知らずにいた父の姿を見て、感極まった。

 俺は気がつくと、父を抱きしめていた。

 ボロボロになるまで働いていたのかもしれない。

 近くで見た白衣は擦れていて、穴があいていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る