第20話 高軌道リング

 宇宙エレベーター二号機が低軌道リングにたどりつく。

 外には高高度軍用ヘリが待機しており、射撃体勢を整えている。それもマサヤの息のかかったヘリしかいない。

 全てを支配するマサヤはこの世の神なんじゃないかって思える。

 第二ハッチが解放されると、俺たちは低軌道リングの中を進む。

「外部ブロックを利用して、武器庫に向かう」

 俺とマサヤは宇宙服を着て、エアロックのハッチを開放する。

 ブースターを吹かし、下を見下ろす。

 そこには青い星が一つ。

 大気圏の薄いベールが青く滲み、空の層を見渡せる。

 空はこんなにも青いのか。

 俺はマサヤのルートをコピーし、その道をたどる。

 リリも後からついてくる。

 宇宙には放射線が飛んでいる。だからリリも宇宙服を着ている。

 防眩フィルラーの向こうで太陽が燦々と輝いている。

 巨大な核融合炉であるそれは大量の熱エネルギーを発している。

 俺たちは高軌道リングの真下につける。

『これから太陽光パネルの角度を変える』

『それってどうなるんだ?』

 太陽光パネルは太陽風の荷電粒子を受け取り、電力へと変える部品だ。

 ただの発電機を動かしたところで何も変わらない。

『太陽光パネルの表面にほどこされた集約塗料を利用する。これにより太陽光パネルは電磁波を帯び、電気的に乖離する。大型の電子レンジへと早変わりだ』

『そんなことをしたら、中の人が――っ!』

『大丈夫だ。実際にはピンポイントで照射できる。まあ、お前のコロニーを』

『なんだ?』

 俺は無線機越しの声に怪訝な顔を示す。

『いや、なんでもない。最終調整に入る。壊すのは不知火しらぬいのいるコントロールルームだ。大丈夫、他の奴らは別室に閉じ込められている』

『……分かった。やればいいんだろ』

 俺は携帯端末に送信されたデータを見ながら、高軌道リングの外周を覆う円盤状の太陽光パネルにとりつく。

 パネルを操作できるモジュールを見つけると、端末を差し込む。

 送電されたデータの内容に合わせて太陽光パネルがゆっくりと動き始める。

 その大きな太陽光パネルは時速二キロで目的の角度へと変わる。

 ドーナッツ状の高軌道リングには二枚の太陽光パネルが設置してある。

 一つは上に、もう一つは下にある。

 その二つの太陽光パネルがある一点に焦点を当てると、そこには荷電粒子の穴が産まれる。

 高軌道リングの一点にその光のエネルギーが集まる。

『鏡面振動波。900Hzヘルツ

 周波数の合った電磁波が、電子レンジのように内部から暖めていく。

 それはもう金属だってお構いなしに。

 強力な電磁波干渉領域が宇宙エレベーターのコントロールルームを溶かしていく。

 監視カメラ、その中にいた不知火は沸騰し、内側から熱せられる。

 卵を電子レンジに入れたときのように彼は内部から爆散する。

『あとはもとの位置に太陽光パネルを動かせば終わりだ』

『……分かった』

 人の死に無関心な彼にぞわぞわと這い上がってくるような嫌悪感がある。

 彼の冷静沈着なところには助けられているが、その不安と怒りは感じずにはいられない。

 不知火が死んだあと、俺たちは高軌道リング内部に侵入する。

「あとは人質の解放だな」

「そうだね」

 ここには空気がある。放射線飛び交う危険な場所でもない。

 宇宙服を脱ぎながら、簡単な説明を受けていると、リリがこちらを見てくる。

「なんだ?」

「ご主人さま、つかれている?」

「ん。ああ。少しね」

 苦笑を浮かべて、リリの頭を撫でる。

 嬉しそうに目を細めるリリ。

 俺とマサヤは一緒に人質解放に向かう。

 部屋の前までくると、俺は武器庫にあった爆弾で扉を吹き飛ばす。

 中にいた職員を救出すると、次の部屋へ向かう。

『くそ。不知火のやつ失敗した。やるぞ!』

 他のテロリストが軍用ヘリを持ち出し、この宇宙エレベーターを狙う。

 そこでマサヤがあらかじめハッキングしていた軍用ヘリを向かわせる。

 空中戦の果てに敵機は撃ち落とされていく。

「ここでの目的は達した。あとは脱出ポッドに乗り込むぞ。少年」

「分かった。リリも」

「うん」

 俺たちは高軌道リングにある脱出ポッドへ乗り込む。

 不知火の殺した人の命は戻らない。

 なら、不知火の命も。

 ダメだ。余計なことは考えるな。

 今は自分の課せられた課題を解決するんだ。

 リリの開発者を見つける。

 それでいい。それだけでいい。

 疲れた頭を休めるように、俺は瞼を閉じる。

 スペースコロニー《トート》まであと二十万キロ。

 意外と近いな。

「ところで、マサヤが俺たちに協力する理由ってなんだ?」

「ん。単なる気まぐれだよ。気まぐれ」

 苦笑いを浮かべながら肩をすくめるマサヤ。

「そうなんだ」

 俺は飲み込めない思いを無理矢理にでも落ち着けさせる。


 脱出ポッドはスペースコロニー《トート》の宇宙港に入る。

 起きていたマサヤが俺とリリを非正規ルートから侵入させる。

 正規ルートだと警官や軍に捕まる。

 脱出ポッドとなれば否が応でも俺たちの事情を聞かなくてはならない。

 先日まで地球にいたと知れば、その入港ルートから脱出時のデータまで調べ尽くされる。

 いくらハッキングしているとはいえ、データの不一致があれば滞在時間が長引く。

 マサヤなりに考えてくれた結果である。

 そしてマサヤの言い分は大概、当たっている。

 俺たちは帰ってきた。

 この街に。このコロニーに。

 嫌なことばかりあったけど、リリの開発者はここにいる。

 スタートとゴールが一緒なのは運命的なものを感じる。

 この旅の終着点がそこにあるのなら、俺たちはずいぶんと遠回りしてしまったようにも感じる。

 しかし、なぜリリの内部に武器データを入力したのか。

 かつての研究者である富士農ふじのう夏美なつみはアンドロイドにも知性を見いだしていた。

 彼女は同時にスターシアンの不老不死の治療薬を作り上げたとも言われている。

 富士農の言葉を信じるなら、人は心も成長させていくべきとある。

 だが実際には旧世代のやり方をそのまま踏襲している。

 何も変わらなかった。

 人の心は変化しなかった。

 何も変わらない。

 だから、今の時代を潰して新しい世界を作る。

 そんな思想も産まれるのだろう。

 それもまた歴史の一端ではある。

 あるが、俺はそれに納得していない。

 テロに加担したからと言って世界が変わるわけでもない。

 変えていく必要がある。

 そう強く願っているが、それを実行するのは俺たちだ。

 世界に働きかけるのとは違う気がする。

 第二交通普通車両の通るエアロックから入ると、俺たちは慎重に足を動かす。

 ここは普通車両が通るが、マサヤが手配してくれた車も横付けされている。

 その車に乗り込むと、俺たちは車を走らせる。

「なんとか入港できたな」

「こんなやり方……」

「オレらはおたずねものだからな。慎重なくらいがちょうどいい」

「それは、そうだけど」

 マサヤは携帯端末に目を落とし、続ける。

「オレがやった少年たちの報道もされているらしいからな」

 俺をいじめていた奴らか。

 死んでも当然という思いと、倫理観との別離が気分を悪くさせる。

「死んで当然だったが、世間一般は許さない。奴らのような心の死んでいる奴らをなぜ助けなくちゃならない。オレはごめんだね。クズにはクズの終わり方がある」

「それは……」

「みんななかよくできないのはなぜ?」

 リリが素っ頓狂な声で訊ねてくる。

「……」

 マサヤが言葉を選ぶようにこちらを見る。

「人は欲望があるからな。それが人を殺すことだってある」

「よくぼうなの?」

「そうだね。人には自分が一番になりたいとか、人を貶めたいとか、いろんな感情があるからね」

 俺は困ったように眉根を寄せる。

「そんなのよくないよ」

 リリの涼やかな声が響く。

 俺も仲良くできる未来があったのだろうか。

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