第19話 宇宙エレベーター
俺とリリ、それにマサヤは宇宙エレベーター二号機『
ゲート前には恰幅の良い警備員がずらりと並んで立っている。
その一人、口ひげを生やした男性が、俺たちの搭乗する便を確認。その後、手荷物検査を受ける。
大きな荷物はノートパソコンくらいで、他には特別これといったものはない。
リリに至っては愛玩用アンドロイドと見なされ、顔パスでくぐり抜けた。
電車の車両をそのまま縦方向に積み上げたかのようなリニアトレインが垂直方向に移動をしている。その一台の発着時間が五分後にあるらしい。
俺たちはグリーン車の席を確保すると、買ってきた駅弁を広げる。
牛タンの弁当に、かに飯だ。
高級だが、マサヤのハッキングなら無限に電子マネーを生み出せる。
お金に困ることはないし、俺たちの所在の情報を操作することだってできる。
未だに捕まらないのはマサヤのハッキング能力にある。
その力はネットにリンクしたものなら、喩え衛星兵器でも、軍用車でも扱えるようになる。
彼がいれば俺たちは安泰だな。
駅弁はうまかった。
そして宇宙エレベーターが高度を上げていく。
加速度的に早くなり、最大速度は時速六十キロに上がる。
だが、強風の吹き荒れる高度に達すると、外壁だけでは守られない。
カーボンナノチューブのケーブルと、外壁は風に巻かれ揺れる。
宇宙エレベーターはそのまま加速し、高度七千キロに達する。
ここまで一日を要した。
そして、唐突に宇宙エレベーターは停止した。
衝撃で中のものが飛び散り、警報アラートが赤い光で覆い尽くす。
「何だ? 何が起きている!?」
俺は慌てふためくだけで、何もできない。
「ご主人さま、テロみたい」
「ああ。こっちの情報網にも引っかかった。あいつ。やりやがった……」
「あいつ?」
俺が不思議に思い、訊ねてみる。
「
二か月前、俺たちがテロに遭ったときの彼か。
「生きて返すべきじゃなかったな。少年」
「――っ。で、でも……」
「でもも、しかしもない。オレらはあいつらを生かすべきじゃなかった。それだけの話だ」
悔しいけど、分かっちゃう。
俺は道を間違えたらしい。
「すでに一号機がテロに捕まった」
次の情報を確認したマサヤ。
「乳幼児を含む十二名の死体が確認された」
淡々と告げられるマサヤの情報に、サーッと血の気が引いていく。
俺が彼らを殺した……?
気持ち悪さを感じつつ、目を据わらせる。
「落ち着け。今更どうしようもないだろ?」
「それは……そうだけど……」
「少年、君のすることはこれから考えればいい」
リリが俺の手を握ってくれている。
「そう、か……」
こんなとき、冷静沈着なマサヤの存在が嬉しくも思える。
暖かく待ってくれているリリの存在も大きいが。
クスッと笑みを漏らすリリ。
可愛いリリを守りたい。
今はそれだけだ。
マサヤは携帯端末と向き合い、膝上にノートパソコンを広げている。
打鍵されるキーボードは小気味よく音を発している。
「そろそろ航空隊によるミサイル攻撃が敢行される。その前にオレらは脱出するぞ」
「脱出? どうやって」
宇宙エレベーターはその構造上、階段の類いはない。
エレベーターの箱だけが、ロープウェイのようにぶら下がっている。
そんな状況で外に出ることは不可能だ。
「問題ない。オレのハッキングでこの二号機を動かす」
「そんなこともできるのか……」
「ああ」
斜に構えた様子でパソコンと向き合う。
「ついでに一機の軍用ヘリを手配した。外と中から揺さぶるぞ」
「本当になんでもできるんだな」
「この時代だからな。旧世代の考えではできなかったな」
一世紀前はネットワークを軽視していた。
だが、今の時代ならネットワークという言葉は当たり前のように使われている。
「オレらは軍用ヘリで逃げ出すのもありかもしれない。けどな」
おとがいに指を当てるマサヤはちろっと舌を出す。
「やられっぱなしというのも後味悪いだろ?」
「そんなことはないが……」
「あるんだよ。オレらは出しにされているだぞ? 黙っておけるか」
マサヤの指示を受けている以上、俺は否定することができない。
ここまでこれたのも、生きていられるのもマサヤのお陰なのだから。
以前、恋愛相談をした相手はこう言っていた。
主従関係がある恋人はどちらかが奴隷になり、その関係性は破綻する。
なら、俺とマサヤの関係も主従関係ではないのだろうか?
恋でなくとも、その理屈は通じるところがあるのではないだろうか?
なにせ、自分の意思を言えない環境を作ってしまっているのだから。
「インテルマグナムが効いていないのか。なら疑似量子コンピュータに分子βポンプをつないで」
ブツブツと何やら言いながら宇宙エレベーターにハッキングするマサヤ。
その打鍵の速度はドンドンと速まり、やがて目では追えなくなるほどだ。
全ての力を振り絞り、自分の生き残る道を探している。
彼の魅力はそこにあるのかもしれない。
必死で生きている。
それをバカにできる奴はいない。
俺たちは生きているのだ。
なら生きなくちゃならない。
死した者への手向けだ。
そうでなくてはあまりにも報われない。
人の心はあまりにも身勝手だ。
そのために何人の人が死ぬのか。どんな生物が死ぬのか。
環境破壊。人口爆発。資源の枯渇。
テロ。戦争。内線。
すべては人の犯した業だ。
それを解決する方法は本当にあるのだろうか?
今現在。一つの世界を一つの政府が御している。
だが、それに対して独占と言う
彼らでなくとも、独占してしまえば、弱者の足下を見て税金をつり上げることだってできる。
良識ある政治家だけがいればいいが、実際はその逆。
悪徳政治家が多い。
今の統一政府が発布されてから半世紀ほど。
いい加減、内輪もめや汚職がある。
腐ってしまった今の政府がどんな政策を打ち出そうとも、国民は納得しないだろう。
彼らが殺した国境とその誇りは、民族ごとの誇りと愛国心をなくしていった。
政治家のやったことが様々な思想を生み、結果としてテロや環境活動家を生み出した。
それにより疲弊した政治の中で、国民との乖離を際立たせていた。
頭だけが生き残り、手足は寸断されていく。
これでは前に進むことができなくなる。
腐敗した政治では物事が立ちゆかなくなる。
俺たちはどこを目指していたのだろう?
全ての人間を救うこと?
それとも理不尽のない世界を?
分からない。
ただ分かっているのは、俺たちは生きて人としての責任を果たさなくちゃいけないことだ。
それが奪った命の、奪われた命への希望なのだから。
毎日のように
ただ、それが人なのだろう。
俺たちはその責任を果たすことでようやく一人の人間として認められる。
一人分の幸せを、責任を、価値を見いだせる。
だから、人として生きるというのはあながち間違いじゃない。
俺は、全ての人間を助ける。
そのためにここにいるはずだ。
なのに、
なのにどうして人は奪い、憎み、殺し合うのか。
せっかく助かった命だったのにもかかわらず、
その価値は誰が見いだすのだろう?
なぜ話し合えないのか。
理解をもたらすのは結局は暴力でしかできないのか。
償うこともあがなうことも許されない所業。
その先に何が待っているのだろう。
この先も出る杭は打たれ、弱者の叫びは時間によって遮られる。
俺たちは何のために生きているのだろう。
俺はただ笑顔が見たいだけなのに。
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