第18話 アマリナ大陸

 ゴールドシップと呼ばれる定期便に車ごと乗り上げると、俺たちは客室に向かう。

 今更ながら、マサヤのハッキング能力は目を見張る物がある。

 この船の乗車券、食事代、すべてが書き換えられた情報だ。

 素人目には違いがわからないらしく、偽造は完璧と言えよう。

 食事を終えて、俺たちはのんびりと部屋で過ごす。

「到着まで十五時間か。長い道のりだな」

「海流が渦巻いているからな。大回りしないとあっという間に飲み込まれる」

「分かっているけどさ……」

 俺は困ったように眉根を寄せる。

「なんであれ、海流が変わったのも温暖化の影響だからな」

「全ては人間のため、ね……」

 地球統一政府の掲げているテーマは本当に人のためだろうか?

 ここまで地球を壊しておいて、今更何を言っても無駄なのではないだろうか。

 俺たちは地球から離れようとしている。

 それは人の生きるステージが変わったことを意味しているのではないだろうか?

 地球上のあらゆる生物を絶滅まで追い込んできた人の業を正しいと信じさせるための言葉遊び。

 俺はそう解釈していた。

 それが正しいのかはわからないが、彼らにとってはそのくらいやっていてもおかしくない。

 神や神話を過去のものにし、新しい世界秩序を与えるための専門機関。

 その雑兵として政府高官が設けられた。それも地球規模での。

 それも今ではスペースコロニーの生存権まで掌握している。

 彼らは勝った気でいるのだ。

 すべての争い事を“テロ”と称し、抑圧していく。

 武装を持たない民間人など児戯に等しい。

 最新鋭兵器による殲滅作戦が実行されると批判の声は小さくなる。

 圧政とマイノリティという邪魔者を排除するための機関。

 人々の足並みを揃えさせるために設けられた排他的思想。

 何も得るものはない虐殺行為。

 人の精神を踏みにじる行為。

 だが、それを呼びかけても情報操作と隠蔽による偽りの情報。

 これでは、人に品性を求めるなど、絶望的なのかもしれない。

 人は品性を手にしてこそ、初めて理性が生まれる。理性なくしては人を人らたしめることは無理だろう。

 礼節さを忘れた人類は悲しい歴史を繰り返すだけだ。

 その流れを止めるためには俺たちのような者が世界に発信し続けなくてはならない。

 しかし、なぜリリは作られた。

 俺たちとは違う意思が介在していることに疑問の声がないわけではない。

 今の世界、多種多様な考えが生まれている。

 そのすべてが悪というわけではないが、それでも間違っているものも多い。

 俺たちが生き延びれば、それに疑問を持つ者が現れてくれる。

 そして未来を変えてくれる。

 そんな期待があるから、生きていけるのだろうな。

 そう結論づけた俺は展望デッキでカモメの集団を見やる。

 油菓子を手にしていると、カモメはつついてくる。

 これは本当に環境のためになっているのだろうか?

 俺は本当は何がしたいのだろうか。

 不安もある。

 未来が見えない。

 闇の中でライトも持たずに歩いているかのようだ。

 それが俺の道なのかもしれない。

 リリの作り手に会っても何もおきないのかもしれない。

 何も変わらないかもしれない。

 それでも、俺たちはリリに助けられてきた。

 ずっとそばにいてくれた。

 俺をなだめてくれた。

 癒やしをくれた。

 そんな彼女のことをもう少し知りたいと思った。

 せめてもう少し知りたいと思った。

 俺はバカだから、リリを作った人の意見なんて理解できないのかもしれない。

 それでも彼女に武器データを忍ばせたこと、根に持っている。

 彼女が狙われなければ、こんなことにはならなかったのだから。

 武器データを渡した環境活動家。

 そのお陰でリリへの危険度は下がったが、まだ狙われていると思ったほうが正しいだろう。

 その青い瞳と目があう。

「どうしたの?」

 不思議そうに小首をかしげるリリ。

 アップデートしたソフトウェアが彼女をそうさせる。

「いや、リリはそのままがいいよ」

「そう?」

 可愛らしく小さく微笑むリリ。

 そんな彼女を守りたいと思うのはなぜだろうか。

 曖昧な感情に言葉をつけることをためらった。

 船体が傾き、進路を変える。

 渦潮を回避するために、大回りすると言っていた。

 そのための進路変更なのだろう。

 宇宙エレベーターはかなり遠いらしい。

 そう知識ではあったものの、実際に乗ってみないとわからないものだな。

 感慨に耽っていると、リリは油菓子でカモメと戯れている。

 その無邪気な顔を見て、辛気臭い顔はやめにしようと誓った。

 俺はこの笑顔をどれほど、守れるのだろうか。

 リリのそばにより、寄り添う。

 それはアンドロイドである彼女であっても同じ安心感をもたらすと信じて。


 船は舳先を大地に向けて進み続ける。

「見えてきたぞ」

「あれがアマリナ大陸」

 世界最大級の国があった大陸。

 かつて自由と平等を謳った国の成れの果て。

 今では宇宙港としての機能があるが、様々な価値観や考えが生まれたせいで内部分裂をし、長い内乱状態にあった国。

 思想、宗教、価値観、生まれ。

 様々なものが生まれ、やがて刃となり自身を切り裂いた。

「そろそろ降りる準備をしろ」

 マサヤは早口でそう言うと、パソコンの入ったカバンを手にする。

「ああ。分かっている」

 ほとんど手ぶらな俺とリリはそのあとについていく。

 ちなみにリリは船内部にあった電源で充電した。当分は持つだろう。

 車に乗り込み、接岸した船の後部ハッチが開放される。

 そのハッチから俺たちを乗せた車が発進する。

 そのまま税関を通る。

 持ち込んだものが少なく、職員も特別尋ねるようなことは言わなかった。

 それにしても手配されているはずの俺たちをどうやってくぐり抜けたのか。

 その答えはマサヤにあった。

「オレがハッキングしてデータを改ざんした。あいつらバカだから確認をとるということをしないんだ」

 自慢げに言うが犯罪行為である。

 それこそ今更だが。

 お尋ね者になった俺たちが待っているのはなんだろう。

 もう一度、故郷に戻るため、アマリナの内陸部へと車を走らせる。

 内陸は腐敗と破壊を繰り返した、不毛な大地へと変貌していた。

 住む者もおらず、枯れ木や土塊の大地が広がるばかりで、簡単に言ってしまえば砂漠化しているのだ。

 動物どころか、植物すら存在しない。

 どこまでも赤茶けた大地が広がっている。

 風が吹くたびに砂粒が舞い、車のフロントガラスにぶつかる。

「こんな道でなくてもいいんじゃないか?」

 もっとちゃんとした道路があるはずだ。

「それだと追手に捕まる」

「まだ追跡していると?」

「可能性は高い」

 ちらりとバックミラーを見やるマサヤ。

 ありえない話ではないのだろう。

 俺は迂闊な真似ができないという事実に少し冷たいものが差し込んでくる。

 俺は逃げるためにここまでしなくちゃいけないのか。

 自分の身の上を知り、愕然としていると、マサヤが顎でリリを指す。

「あいつもいるだろう?」

「ああ。そうだが……」

「政府としては、これ以上武器を増やしたくないだろうさ。テロもいるからな」

「そうか」

 結局リリのせいにしている自分がいる。

 嫌気いやけを感じ、俺は視線を外に向ける。

 何か面白いものがないか、と。

 話題を変える手段を俺は持ち合わせていなかった。

 俺たちは荒野を走り続ける。

 その先に宇宙エレベーターがあると信じて。

「テロ、か……」

 あのとき、俺の前にいたテロリストはどうなったのか。

 またどこかで仕掛けるつもりなのだろうか。

 不安と焦燥感がチリチリと俺の心を焼く。

 もう起きないでくれと、願いながら。

 俺たちは前に進んでいた。

 そこに答えがあると信じて。

 俺は自分の手元にある端末機械に目を落とす。

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