迷えるこひつじ

第17話 次の目的地

 虐殺行為が行われてから二ヶ月が過ぎた。

 リリから抽出した武器のデータは完全に復元し、製造も終わった。

 これで環境活動家にも大きなメリットがある。

 武器を手にした彼ら彼女らはどう対応していくのだろう。

 俺に何ができるのだろうか。

 誰もが間違えた道を進む、この時代。本当の正しさなんてあるのだろうか。

 命、心、環境。

 様々に違えど、みんな自分の大切なものを見出している。

 それを否定できる人はたぶんいない。

 罪には罰を。

 行動には責任を。

 そう言って散っていく人も少なくない。

 これが結果だというのなら、人間はどこで間違えたのだろう。

 けぶる町並みを見つめ、俺はひとりごちる。

「幸せになりたいだけなのに」

 それは政府にも、活動家にも、テロリストにも言えることなのだ。

 にもかかわらず、なんでこうも食い違う。

 なぜこうも人は死ぬのだろう。

 湿気たせんべいをかじり、俺はボーっとする。

 夕闇に染まる空。

 赤い血にも似た世界がそっと陰りを落としていく。

 暗幕に落とされた照明はどこまでも暗く、闇の世界を広げていく。

 疲れた体を癒そうとするかのうように、俺はベッドにもたれかかる。

 間もなく、この生活も終わる。

 そんな直感が胸中に渦巻く。

 少し痩せた頬を触り、俺は何をするべきなのか、じっくりと考える。

 このまま環境活動を続けていいものか。

 それは俺にはわからない。

 まともに高校すら卒業できていない身だ。

 そんな頭の出来が悪いやつはお払い箱なわけだ。

 やはり搾取される側であると、冷たく鋭利な氷柱が体を貫いていく思いだ。

 俺に決定権はない。

 やはり狭き道を歩くことしかできないのだ。

 俺の運命は決まっていたのだ。現実の前に理想はただの夢でしかない。

 偽りの自由、偽りの平和。

 彼らはより多くの混乱を生み出す支配者なのだ。

 そこに血の通った生の声はない。

 俺たちは数字としてしか見られていない。

 そればかりか、殺したものには懸賞金が出るという。

 俺たちはカモなのだ。

 彼らにとっての獲物だ。

 その現実を誰も知らない。

 ただ悪いやつだから。

 そう言って排除されていく。

 SNSを使う人は特に顕著に現れる。

 あれは悪だ。だから石を投げてもいい、と。

 人は悪を倒すとき、快感を得る。

 それが正しいと信じている限り。

 価値観が固定化されれば、反目する者の顔は歪んでみえる。

 俺たちが必死に間違えていると呼びかけても、教育と刷り込みによって真実を見失うのだ。

 その前に本来の意図は瓦解し、誤った情報と知識を与えられる。

 それは人と人をすれ違わせ、世界のバランスや成り立ちを崩していく。

「俺はどうすればいいんだ」

「そんなのきまっているよ」

 リリが優しげな声で俺の手に手を重ねてくる。

「生きたいように生きるの」

 その言葉に、嘘偽りはない。

 彼女の芯の強さが垣間見えた気がする。

「じゃあ、生きる意味を見いだせない俺には何ができるかな?」

「うーん」

 真剣に悩みだすリリ。

 彼女の顔には真面目さが伺えた。

「でも人をだいじにしてきたよ。ご主人さまは」

「人を?」

 俺は思い浮かぶことがなく首をかしげる。

「うん。だってみんなにやさしかったもの」

「そ、そうか」

 照れくさくなり、俺は目をそらす。

 あまりにも真っ直ぐな視線に、純粋な視線に負けてしまった。

「どうしたの?」

「いやなんでもない」

 後ろめたい気持ちがある。俺には無理だ。リリとは違う。

「やっぱり、俺は人に優しくなんて……」

「ううん。ちがうよ。だいじにしたんだよ?」

「それは……」

 優しいわけじゃない。ただ大事にしてきた。

 そう言い張るリリは鬼気迫るものを感じた。

「わたしまちがったこと、言ってないもん」

 イマイチ信じていない俺を見て、拗ねるリリ。

 そんな姿も愛らしい。

「そうか。ごめんな。俺にはよくわからないんだ」

 そう言ってリリの頭を撫でる。

 シリコンと樹脂と金属でできた頭は意外と撫でやすかった。


「少年、どこへいく?」

 俺が部屋を出ると真っ先にマサヤとかち合う。

「俺はここにいたくない」

「だが、どこに行く?」

「……リリの開発者、その人に会う」

「それになんの意味がある?」

 リリのデータから作られた武器は今もなお、政府を滅ぼそうとしている。

 そんなリリを作ったきっかけを、理由を知りたい。

 俺が人を大事にしているのなら、リリも大事にしたい。

 人だから。

 人らしい彼女を誰よりも愛しているのは俺だから。

 俺が信じなくちゃ、誰が信じるというのだ。

「俺はリリのことを知りたい。なら開発者に出向くまでだ」

「分かった。その旅、オレも付き合うぜ」

「マサヤ!」

「いいだろう。オレだって暇なんだよ」

 苦笑を浮かべて、肩を竦めるマサヤ。

「分かった。好きにしろ」

「ははは。お前に言われるとはな」

 ぶっきらぼうに返したのがそんなにおかしかったのか、腹を抱えて笑うマサヤ。

 まあ、柄にもない姿を見せたのは事実だが。

「さ、行こう。宇宙へ!」

 マサヤはそう告げると、車を一台手配する。

 さすがマサヤだ。

 なんともないぜ。

 車一台楽勝みたいだ。

「しかし、あの兵器はどう使うつもりだよ?」

「ハーミットはあの兵器を武器に政府を脅すつもりだとさ」

「そんなことして……」

 無事で済むのか、と言いかけて止まる。

 ハーミットたちは本気で世界を変えようとしている。

 死んででも叶えたい。

 そう思っている連中だ。

 なら無粋な質問でもあると、気がつく。

 彼らは戦士なのだ。

 死を受け入れ、なおも反省を促そうとする統一政府のやり方に不満を訴える者なのだ。

 俺は彼らの言葉を信じたい。

 そう思っている。

 だが、それだけではだめなのだ。

 もっと根本から世界を変えていかねば。

 そうでなければ誰も救われない。

 誰も報われない。

 そういった目標は生きていくには必要なこと。

 夢を見る。未来を望む。

 それは生きとし生けるものに与えられた希望なのだ。

 それなくして、俺たちは何も得ることができない。

 未来を掴み取る。

 今の俺にできるのはそのくらいか。

 少し口を緩め、俺とリリは車に乗り込む。

 マサヤはそのまま車を発進させて宇宙エレベーター航宙こうちゅうに向かう。

 そのためにはまず海を渡らなくちゃいけない。

 俺とマサヤは定期便を探し、イリテに向かう。

 宇宙エレベーター

 地球の重力と遠心力のバランスをとり、大気圏外まで続く大型のエレベーター。

 宇宙まで続くエレベーターは二日でおよそ百キロの道のりを時速六十キロで登り切る。

 その人類の叡智で作り上げた巨大構造物は人々に希望を与えると同時に、宇宙開発を加速させた。

 地球に恩恵をもたらすようになり、人は新たなる可能性を見出していた。

 宇宙エレベーターの開発に伴い、同じく大型の構造物スペースコロニーを建造するに至った。

 地球と宇宙の物資の運搬を簡単にしたのもまた宇宙エレベーターなのだ。

 ちなみに軌道エレベーターという言い方もあるが、どちらも同じ意味合いである。

 宇宙に散りばめられた太陽光発電システムもあり、宇宙での行動にますますの発展を夢見るものも少なくないと聞く。

 だが、宇宙生まれな俺とマサヤはその恩恵を感じておらず、むしろ狭い範囲内で暮らしていた。

 科学の技術がいくら進歩しても人の心は変わらない。

 だからいじめも、虐待も起こる。

 誰も止めることができない。

 それは人としての終わりを示すことになってしまうから。

 俺たちのような人は昔にもいたのだ。

 ただ抑圧され、封殺され、黙殺されてきたのだ。

 その意味を知らない者がこの世の中には多すぎる。

 バカな奴らだ。

 俺はそんな世界を許せない。

 許してはならない。

 世界も、政府も。

 このままでは終わらせない。

 終わらない。

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