第16話 鈴成さん

 鈴成さんと物資の運搬を続けて一か月。

 俺たちは意気投合し、よく一緒に食事をした。

 心地よさすら感じている。

 リリも参加する。

「それでな、半魔はんまの奴、苦し紛れに呟いたんだ」

「へぇ。なんて?」

「食べていないって」

「無理があるだろ!」

 クスクスと笑い合う俺たち。

 俺たちはわかり合うことができた。

 そう思えた。

 あの日までは……。


 俺とリリはいつも通り、割り当てられた部屋に待機していた。

「起きろ! 少年!」

 マサヤの声が届き、俺は慌てて目を覚ます。

「どうした?」

「敵機が近づいている。緊急避難だ!」

「分かった。起きろリリ」

 声紋認証を通った声が彼女を目覚めさせる。

「いどう?」

「ああ。すぐに待避シェルターにはいる」

 俺はリリを連れてドアを開ける。

 そこには血の気が冷めたマサヤがいた。

「こっちだ。急げ」

「ああ……」

 マサヤの言う通りに走り出すと、後方で爆破した破裂音が聞こえる。

「もう来たのか……」

「早すぎる」

 マサヤと俺は焦りの色を見せる。

 飛び交う怒号の中、俺たちは奥にあるシェルターに向かう。

「オレらにできることは惨めな抵抗のみだな」

 皮肉げに笑うマサヤ。

 少し離れていた時間が、彼を変えた気がする。

 どこか強ばっているような……。

 携帯端末を利用し、敵軍のネットワークを破壊し始める。

 情報というものは作戦を決行するに辺り、とても重要になっている。

 彼らが攻撃をこまねいているのも、情報を操作している影響だろう。

 さすがマサヤだ。

 その筋の情報を扱わせたら世界を掌握できるほどだ。

「くそ。夏帆かほがいれば……」

 今は亡き仲間に向ける言葉。

 それがどれほどの重みか、どれほどの悲しみか、計り知れない。

 彼を変えたのはその気持ちなのかもしれない。

 今でも想っているのだ。

 カホさんが生きていれば。それは俺も考える。

 もっと何かできたんじゃないか。

 俺にも何か。

 思考がバラバラになり、細胞ひとつひとつが悲鳴を上げる。

 シェルターの手前、自走砲が設置してある。

 その上空を戦闘機が白い雲を切り裂き、飛行機雲を作る。

 散布された弾丸の雨が地上に降り注ぐと多くの仲間が血を吹き出し倒れていく。

「こんなの……虐殺じゃないか!」

「そうだ。奴らと話し合うにはこちらも武器を手にする必要がある」

「その武器が狙われているんじゃないのか?」

 俺は冷静さを欠いているマサヤに尋ねる。

「そうかもしれない。だが武器がなければ人は簡単に屈せられる」

「話し合いで解決できないのか?」

 ふるふると力なく首を振るマサヤ。

「できるなら警告や投降の連絡が来るだろう? 最初から潰す気なのさ」

「そんな……」

「さ、無駄話は終わりだ。シェルターへ」

 そのシェルターの前にある車両が機関銃で撃たれ、爆炎を上げる。

 膨大な熱量を持って俺たちを襲う。

「くそ。こんなんじゃ……!」

 うめくようにマサヤが憤る。

 みんなやられる。

 そう思ったのは俺だけじゃないらしい。

「誰か、パックⅢを!」

「オレが行く」

「待ってくれ」

 俺は慌ててマサヤのあとを追う。

「邪魔するな!」

「いや、俺も手伝う」

「どういう風の吹き回しだ?」

 マサヤは胡乱げな目をこちらによこし、口の端の煤を払う。

「このまま死ぬのは嫌だ。俺は世界の答えを聞いていない」

「そうか。勝手にしろ」

 マサヤは不敵な笑みを浮かべて格納庫ハンガーに向かう。

 そこには自走ミサイル車両パックⅢが配備されていた。

「オレは一号を、お前は二号を頼む」

「分かった」

 車の運転などしたことがないが、二世代前のAI搭載型なら、素人でも使える。

 車を出し、上空に向けて発射進路を取るパックⅢ。

 戦闘機が雲をかすめていく、その瞬間を狙う。

 引き絞ったトリガーはミサイルに火を入れ、空中に飛び立つ。

 戦闘機が慌てて旋回し、ミサイル撹乱のためのチャフをばらまく。

 ミサイルはチャフにとらわれるのもあったが、二つのミサイルが戦闘機に直撃する。

 爆炎となり消えていく戦闘機。

 残骸だけが空中を汚し、地上に煤の雨を降らせる。

 鼻をつくような匂いが立ち込めて俺は思わず視線をそらす。

「あれは人が生きた証。最後の散り際を見届けろ」

 感情がこもっていないような声でマサヤは言う。

「……」

 俺はそれに答えることができなかった。

 爆音ととも地上に落ちる戦闘機の残骸。そのパイロットの残滓とともに、俺は不愉快なものを感じる。

 あれに乗っていたパイロットだって死にたくはなかっただろうに。

「少年。まだ敵兵は来る。パックⅢを」

 パックⅢのミサイルは全弾撃ち終えてしまった。ミサイルを再装填するよりも、三号機を動かしたほうが早い。

 理屈を理解できると俺は格納庫に向かっていく。

 その姿を悲しそうに眺めるリリがいた。


 俺は俺にできることをする。

 正直、ここの連中には感謝しているし、悪いやつばかりだとは思っていない。

 それに一方的な殺戮をする政府軍に反感を覚えなくもない。

 俺は俺の意思で戦うことを決意した。

 もう止めないでくれ。

 三号機のパックⅢを運ぶと、敵戦車に向けて照準を定める。

「撃て」

 短い命令を受けて、俺はトリガーを引き絞る。

 戦車に向かって飛翔するミサイル群。

 サメの群れが生肉を引き裂くように、戦車を引き裂いていくミサイル。

 爆破し、ボロボロになった戦車の外殻を吹き飛ばし、焦がし、やがて消し炭になる。

 中にいたパイロットは高熱により、蒸し焼き状態だ。

 中を確認するほどの勇気はなく、彼らが沈黙するのを待った。


 他の地区でも反攻作戦があったのか、敵軍は撤退を始めた。

 爆破でぐちょぐちょになった遺体、その遺留品を見つけては、霊柩に運びいれる。

 シェルターに避難したものの中には怪我したの、やけどしたのという人もいた。

 その人たちへのケアもしなくてはならない。

 最終的に被害者は千人を超え、ニュースや各メディアでは今回の事件を報道することはなかった。

 鈴成さんが遺体になって運ばれたとき、俺は泣きそうになった。

 あれほど笑顔で接してくれた彼が、なぜ死ななければならない。

 家族思いで、人好きのする彼が。

 こんな気持ちで俺は何ができるのか。

 この手は血で汚れすぎてしまった。

 がっくりと項垂れていると、リリがお茶のペットボトルを差し出してくる。

「これ、のんで」

「ああ。ありがとう。いただくよ」

 俺はなんとか持ち直した笑顔で、ペットボトルの水を口に運ぶ。

 食道を通る冷たい水は、まるで現実を写しとった鏡のようだった。

 俺は水面に浮かぶ逆さの世界を見つめる。

「ご主人さま、わたしといっしょにあそぼ?」

「え。ああ……」

 リリはトランプを取り出すと、二人でブラックジャックをした。

 リリなりに気を使ってくれているのはすぐに分かった。

 その優しさに甘えてしまうのが俺が不完全だからか。それとも弱いから。

 震える手の中で一つまた一つと失っていくのは俺が弱者だからか。

 じゃあ、強者の言うことを聞かねばならないのだろうか。

 それもまた違うような気がして、こだまする声は誰のものだったのか判然とつかなくなってきた。

 本当に自分のしたいこと。自分の目指していたことはなんだったのだろうか。

 わからない。

 俺には目標がないのかもしれない。

 今まで将来を考えている暇なんてなかった。

 毎日を、日々を生きていくだけで精一杯だったのだ。

 自由を与えられたひな鳥は、どこに向かって羽ばたくのか。

 それは誰にもわからない。

 俺は俺の意思で飛び立とうと思う。

 そのさきに目指したものがあると信じて。

 俺たちはまだ見ぬ大地を目指すのだから。

 その大地で新たに芽吹く奇跡があると信じて。

 その実りが俺たちの救いなのだろう。

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