第15話 環境活動家への手伝い
俺たちを放っておいて、マサヤはパソコンに齧り付いていた。
解放された俺たちはどうするべきなのか分からずに待機している。
リリと一緒にゲームをしたり、小説を読んだりして過ごす。
ここの娯楽はスペースコロニーよりも充実していた。
文明レベルが高いのに、環境を守れと言う。
それは矛盾していないだろうか?
文明レベルが上がれば当然、環境破壊は続く。
それにテロを起こし、彼らを戦いに駆り立てているのは環境活動家たちだ。
地球を汚しているのは彼らの方ではないのだろうか?
俺には詳しいことは分からない。
高校も満足に通えなかった頭持ちだ。
それでも俺にだって分かることはある。
それは兵器が人の命を奪うということ。
俺は何度もこの手で銃を放った。
その罪は消えない。
懺悔しても消えることのない痛みとなって俺をさいなむ。
俺はどうしてここまで来てしまったのだろう。
人は戦わなくちゃ生きていけないのだろうか。
何故そうまでして生きる。
生きて行かねばならない。
「またまた、わたしのかち~♪」
嬉しそうにゲームのコントローラーを高々と持ち上げるリリ。
「今度は勝つからな」
俺は意地を見せようと、コントローラーを強く握りしめる。
だが、人は戦っているところを応援したくなる。
これもワガママか。
苦笑を漏らし、俺はゲームに集中する。
『我々はこれまで屈辱の歴史の中にいた』
ハーミットの演説が始まる。
『我々はこの戦いに勝し、いかに世界が間違っているのか、証明しなくてはならない』
負ければ敗残兵、勝てば正義。
そんな彼女らを素直に応援する気にはなれない。
俺はどこかで彼ら彼女らと一線を画している。
『我々が求めるのは安寧なる未来である。まだ見ぬ子どもたちへの手向けである』
真摯に受け止めている者たちを見て、悪感を覚える。
俺が間違えているのだろうか。
彼ら彼女らにとっても事故や事件を、人殺しを容認している訳ではない。
そのはずだ。そのはずなのに。
演説が終わると、リリのデータをもとに開発を始める兵器。
最低でも二か月はかかるとのこと。
マサヤはその間、各地へ向けてコンピュータウイルスをばらまくと言っている。
彼らがテロ行為かもしれない。
それが正しいとは思わないが、マサヤだって生きようとしている。
決して悪い奴じゃない。
だが、何故こうもすれ違う。
何故戦いに駆り立てる。
その本質はどこにあるというのだ。
俺はリリと遊び、疲れたら寝る。
そんな堕落した生活を送っていた。
なおも政府は圧迫し続ける。
人を追い詰めれば、反撃を食らうのは歴史が証明している。
大日本帝国も、逃げ場を失った残存勢力が特攻をかけていた。
歴史から学ぶことは多々あれど、それを理解しない。
人は変わらない。
奇跡を目にしても、その本質を学ぼうともしない。
所詮、奇跡は奇跡だ。そう割り切ってしまう。
応えはそこにあるはずなのに、人はわかり合おうとはしない。
仲間を仲間とみない。
同じ種であるのにも関わらず、区別し、差別し、そして憎む。
その先にあるのが破壊だから否定され続けているのに、戦うことに憧れを持っている者すらいる。
どうしてそこまで戦うのか。
駆り立てるのは何か、俺はまだ迷っている。
「わたしもなにかしたい」
「え?」
俺は唐突に言われた言葉を理解するのに時間がかかった。
「わたしも、てつだいたい」
「手伝うって誰を?」
「マサヤを、ハーミットを」
俺はその言葉に心臓を握られたような思いをした。
働かざる者食うべからず。
そう言う者もいる。
だが、俺は戦いに参加したくない。
これもワガママか。
「分かった。手伝おう」
リリの言うことだ。
間違いではないだろう。
俺はリリと一緒に鈴成さんを訊ねる。
「こんなのはあなたたちのすることじゃない」
鈴成さんは悲しそうに笑む。
「だが、ただ飯というのも気が悪い」
リリの気持ちを察して、俺は言い返す。
「……分かった。なら物資の搬入を手伝ってもらいます」
鈴成さんが誘導すると、俺とリリはそれに従う。
車から搬入される物資を各部屋にいる活動家に配る作業だ。
重いものは在住のアンドロイドが行うが、食品などの軽いものは今でも人に任せているらしい。
俺とリリも手伝うが、一つの食糧を運ぶのに
それが六往復もすれば一時間になる。
メンバーは百人を超えている。
六人に配るのが一時間。最低でも十六時間はかかる計算だ。
「少し休みましょう。あなたがただけで回っているわけではないので」
「そりゃ、そうだけど……」
こんなにも物資の運搬が大変だとは思わなかった。
それでも額に浮いた汗を拭き取り、水分補給する時間が安らぎになる。
戦いたくはないが、俺だって一人の人間だ。
誰かの役に立ちたいと思うのは自然なことだ。
リリは疲れを知らず、未だに正確に運び入れている。
「こういうとき、アンドロイドは貴重な存在だと分かりますね」
苦笑を浮かべる鈴成さん。
「あなたもそう思うのですね」
俺は少し口の端を緩める。
「ええ。自分なりに考えていますから」
「家族のため、に……ですか?」
「そうです。でも、ここにいると、みんな家族に思えてきます」
みんなが家族、か……。
思想は違えど、政府に追われるお尋ね者な俺たち。
俺は巻き込まれただけ、と言えばそうなのだろうけど、逃げ道はもうない。
「俺は本当にここにいていいのかな?」
「それは大丈夫です。あなたたちは客人ですし、こちらの妨害にならなければ問題ありません」
爽やかな笑みで応じる鈴成さん。
この人は、本当にいい人だ。
騙されているんじゃないか、と思うほどに。
俺と鈴成さんはもう少し働いたあと、昼休憩をとる。そのあとも夕方になるまで運搬作業を続けた。
疲れた身体をお風呂で癒やし、コーヒー牛乳で乾きを潤す。
ベッドに倒れ込むと、リリは嬉しそうに顔を破顔させる。
「今日はいいことしちゃいました!」
「いいこと、ね……」
彼らを支援するのが本当に正しいことなのか、いいことなのかは分からない。
俺は素直に褒められない。
一人一人と会話していると、そんなに悪い人じゃないと分かるけど。
焦点の合わない目で見ていることは確かだ。
俺は俺のフィルターを通して
「ふあん?」
リリは俺の顔色をうかがうように見つめていた。
「いや、なんでもないよ」
リリの言う通りなのかもしれない。
誰であれ、誰かの助けになっているのは人らしい行動なのかもしれない。
深く考えすぎてはいけないのかもしれない。
今はリリの素直さがまぶしい。
「そろそろ電気、消すぞ」
「うん」
まぶしい照明を消すと、俺の論理は止めて寝ようと思った。
証拠のない批判なら誰にでもできるか。
俺は怖いのかもしれない。
このまま政府にたてつくのが。
反政府組織にいることが。
俺の過去がそうさせるのかもしれない。
様々な思考が飛び交うなか、俺はリリを裏切らない。
リリを守る。
そう自身に誓った。
やっと自分に生きる意味を見つけたのだ。
もう少し。
もう少しだけ。
生きたい。生きて彼らに証明し続ける。
俺たちのような人間がこの世にいると。
不安と絶望から立ち上がったのはマサヤとリリのお陰。
その先に何があるのかも知らずに。
この世界が歪んでいると知らずに。
俺とリリはまだ生きていた。
生きていた。
そうだった。
俺は深く介入するべきじゃなかったのだ。
鈴成さんも、ハーミットも。そしてマサヤも。
俺たちは違う世界を生きてきた人間。
俺は不安を隠してもう少しだけ、この生活を続けた。
続けてしまった。
その先に平和があると信じて。
願って。
未来の俺が後悔するとはつゆ知らずに。
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