第14話 大量破壊兵器

「ハーミット、なのか?」

 これまで何度もやりとりをしてきたはずのマサヤが、うろたえている。

「ええ。そうよ」

「まずは救ってくれてありがとうございます」

 俺は恭しくお礼をする。

 マサヤもそれに続き、頭を下げる。

「いいわ。それで? あの子なの?」

 ハーミットは顎でリリを指し示す。

「ああ。データの解析もだいぶ進んでいる」

「一つ聞かせてくれ。あんたたちはなぜ、兵器が必要なんだ?」

 俺の言葉にマサヤが苦悶の表情を浮かべる。

「あいつらに対抗するにはこちらも力が必要だからよ。対等の力がなければ話し合いにも応じてくれない」

 それが統一政府という名の暴力の実体なのかもしれない。

 すっと差し込む悪意に俺は煮え切らない気持ちになる。

 一方的に力を持つ者が支配下に置く。

 なるほど。それを知っていれば、平和論者の過ちを肯定できる。

 俺たちは力がなければ、自分たちの言葉すら黙殺される。

 メディアも取り上げてはくれない。

 取り上げたとしても政府がもみ消す。

 前時代的なやり方だが効果は高い。

 前々から政府は情報操作と隠蔽を行ってきた。

 今の時代でもそうであるのかもしれない。


 自己紹介を終えると、俺とマサヤは身体検査を受けて、彼女たちが運営している施設に入る。

「まずはパソコンが欲しいな」

 マサヤはハーミットにそう呼びかける。

「わたし、少しつかれた」

 リリが嘆息を漏らす。

「俺、リリと一緒に休憩するよ。どこかない?」

「ありますよ。なら鈴成すずなりに任せるわ」

「俺が鈴成です。よろしく」

「ああ。よろしく」

 握手に応じると、俺とリリは案内されるがまま、施設の端に向かっていく。

「ここはどういった施設なんですか?」

 俺は鈴成に尋ねる。

「ここはショッピングと寮、それに娯楽施設を集めた集合施設です」

「寮もまとめてあるのですか?」

「はい。ここで働いている者も多いので」

 言葉尻に悲哀がにじみ出ているのは何故だろうか。

 俺にも分からないが、彼はひどくやつれて見える。

「鈴成さんはなんで、この施設に来たのですか?」

「……家族のため、です」

 絞り出すようにうめく鈴成さん。

「そうか」

 重いものを感じた俺は黙るしかできなかった。

 家族のため、か。もしかして自分のためではない。

 自分とは違う誰かに生きる道を示されるのはどういう気持ちなのだろう。

「さ。こちらはあなた方の私室になります」

「ありがとうございます」

「何かあれば、その電話で内線つないでください」

 俺とリリだけがその部屋に通され、鈴成さんは帰っていく。

 部屋はトイレと風呂が別々で、ベッドが二つあり、ビジネスホテルのような風貌だ。

 ため息を吐き、俺はベッドの端に腰を落ち着かせる。

 その隣にちょこんと座るリリ。

「ご主人さま、つかれている?」

「そうだね。ゴタゴタしていたから……」

 色々とあった。

 ここに来るまでの道中、俺はたくさんの出会いや別れがあった。

 俺はここまで来た。

 ここに来て良かったのだろうか?

 リリのデータを彼ら彼女らに渡して、本当にいいのだろうか?

「だいじょうぶ?」

「うん。そうだ。リリの好きな食べ物でも食べよう?」

「うんっ!」

 嬉しそうに頷くリリ。

 俺は内線を通じて鈴成を呼ぶ。

「それで何が食べたいですか?」

 鈴成さんは嫌な顔ひとつせずに応じてくれる。

「わたし、アイスクリームがたべたい。バニラ!」

「ありますか?」

「ありますよ。ここは一定の文化レベルを保っているので」

 鈴成さんは人の良さそうな顔を見せる。

 しばらく待つと、鈴成さんはバニラアイスを持ってくる。

 リリは笑みを浮かべてアイスにスプーンを通す。

 ロボットといえど、食物炉を持っているのでATPエネルギーを取り出すことができる。

 ただし、ゴミとなった食べ物は排出される。

 つまり人間とほぼ変わらない構造になっているのだ。

 とはいえ、普段は電気による充電が一番なのだが。

 リリは美味しそうにアイスを頬張る。

 味覚センサーとAI、量子インターフェイスによる改良がここまで人間に近しい表情と味覚をもたらしている。

 なぜ昔の人はアンドロイドにこだわったのか。

 人を模した機械。

 なぜ人型なのか。なぜ人に似せるのか。

 そこには永遠の命と言われるものがあったのかもしれない。

 ただの憧れだったのかもしれない。

 ロマンだったのかもしれない。

 それでも彼らは何故作ったのか、分からないままだ。

 そこに人としての尊厳はあったのだろうか。

 人に似せることで、人の代わりを務める可能性を見いだしていたのかもしれない。

 だが、アンドロイドにだって心が生まれた。

 生きているんだって証明した。

 この先、アンドロイドはどう行動するのだろう。

 彼らに与えられた役割をこなすだけじゃない。

 俺の母は病死だった。代わりにアンドロイドが俺を育てた。

 そこに愛はあったのだろうか?

 分からない。

 でも愛なんて形のないものは受け手による気持ちの問題なのかもしれない。

 愛とはなんだ?

 俺にはよく分からない。

 何が正しくて、何が間違えているのか。

 彼だってそうだ。

 家族のために尽くしている。

 それは愛なのだろうか。

 本当の愛とは何をもってそう判断されるのだろう。

 今日もまた、日は沈む。

 リリの残したアイスを洗面所で洗い流し、俺はシャワーを浴びる。

 スリープモードに入ったリリの寝顔を見届けながら、俺もベッドに入る。

 今日は疲れた。

 もう考えたくない。

 俺は人を殺しすぎた。

 流された血や涙は儀式の飾りに過ぎない。

 人の歴史はあまりにも身勝手で、気まぐれだ。

 俺の知っている限り、人の歴史は争いで紡がれてきた。

 それもまた、人の飽くなき探究心の果てなのだろう。

 死は人の感情に強烈に訴えるものがある。

 だが、人は戦争を止められない。戦うことを強要されているかのように。

 忘れ、繰り返す。

 そして人は同じ過ちを繰り返す。

 これではどこにも行けない。

 前にすら進めずに。

 誰もがみな、幸福を求めているというのに。

 俺たちはどこに向かうのだろうか。


 時計の音が鳴り響き、俺は目を覚ます。

 起き上がり、自分の寝汗を感じてシャワーを浴びる。

 少しスッキリしたところで、リリに話しかける。

「リリ。そろそろ起きろ」

 その言葉に反応したのか、リリはスリープモードを解除する。

「おはようございます。ご主人さま」

「ああ。おはよう」

 モーニングコーヒーを頼むと、朝食が並ぶ。

 とても裕福とは言えないが、それでもパンと目玉焼き、それに生サラダが並ぶ。

 ドレッシングはないが、朝食としてはちょうどいい味付けだった。

 リリは食事をしないが、俺の食べている姿を見て嬉しそうにしているのだった。


 午後一。

 リリはマサヤに呼ばれ、俺と同伴する。

「そろそろリリのデータから兵器を開発する。これも地球のためだ」

「地球のため、か……」

「緑化地球のためよ。私たちはそのために戦っているのだから」

 ハーミットは嬉々としてノートパソコンを開く。

 リリの髪をどけて頭にあるプラグにUSB規格の変換コネクタを差し込む。

 様々な情報がコードを通じてやりとりされる。

 マサヤのパソコンのモニターにはデータがいっぺんに表示される。

 筒状の大型機械のデータや生物兵器、化学兵器といった様々な種類のデータが複合的に現れている。

 データの吸い出しが終わったあと、リリは解放された。

 俺は不安になる気持ちを抑えてリリに駆け寄る。

「大丈夫か? リリ」

「だいじょうぶ」

 どうやら変わりはないらしい。

 ホット安堵していると、マサヤはにやりと口の端を歪める。

 ハーミットも嬉しそうにしている。

 何で?

 人を殺す機械がそんなに嬉しいのか?

 俺は胸中に湧いた熱を感じる。

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