約束の地で

第13話 約束の地に

 飛び交う銃弾に、軍用車が突っ込む。

 防弾ガラスと装甲の厚さで持っているが、それもどこまで持つのか。

 冷や汗を流しながら、俺たちは車を走らせる。

 窓の隙間から糸を縫うように撃ち放つ弾丸。

 それらがコンクリートを血で染め、鉄さびの匂いをばらまく。

「こんなの!」

「わめくな。今は生き残ることだけを考えるんだ!」

 俺の弱音にマサヤは間髪入れずかぶせてくる。

「分かっている。分かっているけど!」

 トリガーを引き絞るたびに誰かが死ぬ。

 人を殺してでも生き延びるわけとは?

 いいや、今はそんなことを言っている場合じゃない。

 それにハーミットとの待ち合わせ場所には近い。

「でも、これじゃあ追ってが来るんじゃないか?」

「そうだな。それも含めて計算通りってわけだ」

 どういう意味か分からない。

 リリも困ったように小首を傾げるだけ。

「くそっ!」

 俺は周囲に目を配らせて、トリガーを引き絞る。

 殺さずに抜けられる相手じゃない。

 敵を倒していくと、屍の道を走る軍用車。

「どうしてこんなに狙われるんだ……」

 疑問が浮かび胡乱げな顔を向ける。

「……」

 マサヤが深刻そうな顔をする。

「何か、知っているのか? マサヤ」

「……いや」

 知っているな。

 今は言えないってことか。

 それでも俺は知りたい。

 そうでなくてはここを乗り切れないだろう。

「教えろ。マサヤ」

 強い語気ですごむ。

「分かった……。リリは完全自立型の戦闘兵器。そのプロトタイプだ」

「え……?」

 予想外の言葉に俺は一瞬、戸惑う。

「リリの持っている兵器情報は反政府組織にとっては生命線と言えよう」

 兵器? リリが?

 そんなバカな。

「ハンソン大統領の私兵が作り上げた生きた兵器。戦うためだけのアンドロイド」

「なんだよ。それ……」

 まるでリリが殺人鬼みたいじゃないか。

「なんだよ! それ!!」

「それが現実だ……」

 マサヤは絞り出すようなか細い声で告げる。

 まるで悪意を嫌うように。

「リリが、兵器……」

 その言葉を呑み込むのには時間がかかりそうだ。

「ショックを受けている場合じゃない。十一時の方向に敵兵!」

「くそったれ!」

 俺はその方向に向けてロケットランチャーを撃ち放つ。

 榴弾が空中ではじけ飛び、熱波が敵兵の身体を焼き付ける。

 焦げた匂いが漂う。

 俺たちはそのまま走りきり、橋の上に乗り込む。

「追ってがくる!」

「地雷をまく」

 軍用車に搭載されている地雷が橋の上にばらまかれる。

 追っ手は地雷を踏み爆破し、橋の上にその死体をばらまく。

「く。なんてことだ……」

 アンドロイドひとりにこんな争いになるなんて。

「わたし、いない方がいい?」

 リリが困ったように眉根を寄せる。

「そんなことない! あるわけがないだろう。リリが産まれてこなきゃ、俺はここにいないんだ。俺が生きてていいって、分からせてくれよ」

「……だそうだ。リリ」

 マサヤが屈託のない笑みを浮かべる。

「よかったぁ……」

 嬉しそうに目を細めるリリ。

 ああ。そうか。リリも不安だったんだな。

 こんなことになるって分かっていなかっただろうに。

 リリも可哀想だな。

「上!」

「上だと!」

 大型のドローンに乗った女性がこちらに向けて発砲してくる。

「ちっ。俺が仕留める」

 俺はサブマシンガンを手にして頭上に向けて撃つ。

 プロペラを貫くとコントロールを失ったドローンは地上に落ちる。

 爆発。

 もくもくと煙を上げて、金属片を散らす。

 瓦礫の山、立ちこめる粉塵。

 こんな。

 こんなことのどこに平和があるというのだろう。

 どこが平和なのだろう。

 この世界はおかしい。

「おかしいよ。こんなのは……」

「おかしい?」

 マサヤが困惑の色を見せる。

「統一政府はこの世界は平和で、安定を目指している、と言ったけどこの世界が平和だとは思えない。それを本気で信じているのはごく一部だ」

「ほう。少年は確かにオレの見込んだだけのことはある」

 マサヤがこくりと頷く。

「なら、この世界に混沌をもたらしているのは誰だ!?」

「ハリソン、そのひと」

 ハリソン。今の統一政府のトップ。親方。

 そいつを撃てば世界は平和になるのかもしれない。

「分かった。行くよ。俺を連れて行ってくれ」

「少年ならそう言うと思った。さあ、一緒に行こうではないか。少年」

「少年という呼び名は変えてくれるかな。俺には九王くおう昌治まさはるという立派な名前がある」

 俺は砕けた言葉を吐き出す。

「今更。少年は少年だな」

「言ってくれる」

 周囲を軍用車が取り囲んでくる。

 カーチェイスの果てにこれか。

 敵車両は八台。

 周囲を囲み、ナパーム弾を装填する。

『そこの軍用車両171、止まれ!』

『ここは作戦空域である。すみやかに撤退願う』

『貴様、どこの所属だ!』

 明らかに敵対車両の対応が変わった。

 なんだ? どうなっている?

 漠然とした不安を感じ取り、マサヤの方を見ると。



 彼は笑っていた。


「ようやくここにこれた」

「ここ?」

「大帝国都市、にっほんだ」

「にっほん……」

 大昔に少子化と、それに対する有効な政策を打てずにおっちんだ国。

 書庫で読んだことがあっても、その実情までは理解できなかった国。

「オレたちの目的地だ」

『警告はした。これより攻撃を開始する』

 ナパーム弾やマシンガンの弾幕の中、俺をのせた車が突っ切っていく。

 後方で爆発が起きる。

「ひゃっはー! 行くぜ! 少年」

「うっさい。リリ大丈夫か?」

「うん」

『そこの軍用機、止まれ!』

 目の前に戦車が見える。

 砲塔旋回。

 こちらに迎撃態勢を整える。

「止まれ!」

「少年! 何を!」

「こっちがやられる」

「しかし……」

「しかしもかかしもない。撃たれる」

「ちっ。分かったよ」

 マサヤは車を止めて、投降の意思を見せる。

 こちらには弾薬が残り少ない。

 それも知っていたマサヤ。だからこそ投降するつもりなのだろう。

「一目会いたかったな。ハーミット」

《車を動かしなさい》

 無線に入る音声。

「なんだ?」

《これより、面攻撃を行う。発射せよファイヤ!》

 空から飛んでくるものがある。

 あれはなんだ。

 鳥だ。

 飛行機だ。

 いやミサイル群だ!

『なんだ? 回避ーっ!!』

 敵兵の声が耳朶を打つ。

 俺たちは車を走らせ、戦車の間をすり抜ける。

 飛んできたミサイル群は彼らの戦車を、軍用車両を呑み込んでいく。

 膨大な熱と、金属片を散布させ、血で汚していく。

 熱と光。

 破壊力満点のミサイルは敵機を落としていく。

 遠くに見えるパック9。

 ミサイル発射専用車両だ。

 地対空H99ミサイルを発車し終えた車両は撤退を開始。

《こちらハーミット。そちらの名を告げよ!》

「オレはブルーリーダーNN6だ。ハーミット、保護願う。こちらは呪符じゅふを持っている。繰り返す――」

 呪符?

 なんだ。それは?

 俺の知らないことがまだまだあるようだ。

《こちらハーミット、今から特殊榴弾りゅうだんを打ち込む。タイミング合わせ》

「了解。オレも退路を作るぞ! 少年」

「分かったよ。人使いの荒いやつ!」

 前方に向けてサブマシンガンを構える。

 流れるように吐き出される銃弾が敵機の動きを止める。

 その頭上から飛んでくる特殊榴弾。

 弾丸は敵機に突き刺さると爆発。

 黒煙を上げたかと思うと、内部から圧力が増し、液体溶剤を飛び散らせる。

 酸で犯された金属が、人の肉が、嫌な音と、匂いを立てて溶けていく。

 破壊性能の高い榴弾らしい。

 人をみるみるうちに消し飛ばしていく。

 その榴弾の威力に圧倒されて言葉を失う。

 俺たちはハーミットの命令通りに車両を走らせる。

 第二波が敵兵を押し流す。

 追撃部隊も返り討ちにあい、撤退をよぎなくされる。

 俺たちは今日という日をくぐり抜けたのだ。

 ハーミットには感謝するべきだろう。

「それにしても……」

 ハーミットか。女性らしい声音だった。

 環境活動家。

 俺は後方に広がる酸による悲惨な光景が、そうなのか?

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