第12話 人の想い

 リリを屋内に入れると、すぐに緊急の車を手配するマサヤ。

「すぐに移動ですまんな」

「いいよ。俺たちのためだって分かっているから」

「そうか……」

「ご主人さま、だいじょうぶ?」

「ああ。大丈夫だ」

 俺はリリの頭に手を乗せてそっと撫でる。

 嬉しそうに目を細め、甘えてくるリリ。

 その顔が可愛くて、つい撫で回してしまう。

 アンドロイドに心はない、という者も少なくない。

 これも全て演算で組み立てられたプログラム。

 そうだとしても、俺はこれが心だと認めたい。

 本物だと言いたい。

 だって、人間だって演算の結果じゃないか。

 脳のプログラムと、AIによるプログラム。

 どちらも媒体や端末は違えど、同じ計算によって算出された表現ではないか?

 どちらが優れているとか、どちらが本物とか、不毛な争いだと思うんだがな。

 これは俺の価値感がおかしいのか。

 本物なら正しくて、ニセモノは間違いとでも言うのか。

「さ。来たぞ。少年」

「ああ。行くぞ、リリ」

「うん……!」

 こんなにも愛らしいものを嫌う理由が分からない。

 人類を侵略するなんて思えないけどな。

 俺はリリの手を引き、玄関に止めてあった軍用車に乗り込む。

 車の中にあるサブマシンガンやハンドガンを手に馴染ませる。

 弾薬の貯蔵を確認したのち、車が走り出す。

「しかし、どこへ向かう?」

「ハーミットのところだ。言ったろ? 環境活動家って」

「ああ。そうだったな……」

 しばらく沈黙が流れる。

「なあ……」

 その静寂を裂くように俺が声を上げる。

「その環境活動家は信頼できるのか?」

「ネットで調べた感じはオレらと敵対する意思はないし、彼女の考えはしっかりしたものと見受けられる。何か問題でも?」

「い、いや……」

 そもそもマサヤが環境に対してどう思っているのかも分からない。

 俺たちとは価値感が違う可能性だってある。

 そうなったとき、俺はどうしたらいいんだ?

 家も家族もない。

 俺は俺を産んだ奴の考えなんて知らない。

 どこにも行く当てなんてない。

 俺が一人になったとき、何をすればいい。何を求めればいい。

 今はマサヤも、リリもいてくれる。

 でももし、それが徒労に終わったら?

 もし、誰もいなくなったら。

 不安と絶望に心身を壊してしまうだろう。

 信仰心なんてないが、でも人は誰かを頼って生きる動物だ。

 誰かがそばにいてくれなくちゃ生きている意味すらないのだ。

 俺が俺であるためには他者が、他人がいなければ成り立たないのだ。

 不安。

 そう不安が人を戦いに駆り出すのだ。

 自分の居場所が欲しいだけなのに。

 それなのに、なぜこうもすれ違う。

 なぜこうも他人と比較する。

 なぜこうも他者と争う。

 俺はもう少し生きてみようと思う。

 この疑問に答えが出るまで。

 自分が生きていると、実感するまで。

 それまでは死ねない。

 生きて、世界の応えを聞きたい。

 聞いてからなら死んでもいいと思えるかもしれない。

 だから、もう少し生きる。

 世界を知るために。

 応えを聞くために。

 自分がなんのために生きているのか、知りたい。

 それだけなのに。


 目が覚めると、俺は周囲を確認する。

 マサヤが運転席で眠りこけている。

 リリは隣でスリープモードに入っている。

 データの最適化やデフラグ、アップデートなどを行うそうだ。

 俺も詳しいことは分からないが、外部とデータ通信をしている端末の一種であるアンドロイドにとっても貴重な休息らしい。

 独立端末にすればいいとも思うが、どうやらのっぴきならない事情があるらしい。

 その事情がなんなのか知らないが。

 俺一人だけ起きてしまったらしい。

 もういなくなったカホさんのことを思うと胸が痛くなる。

 人を失うのはこれで四度目。

 なんでこんなにも大切な人たちを失わなくちゃいけないのか。

 俺の人生はなんでこんなにも辛いのか。

 そこに応えは見いだせない。


 俺は静かになくと、夜空を見上げる。

 そこには満点の星々が燦々と煌めいている。

 その一つ一つに意味があるのだとしたら、この世界は面白いのに。

 一等星も、五等星も同じ土俵にいると思うと少し、気が楽になった。

 みんなそれぞれを楽しんでいるのだろう。

 暴力的なまでの光の粒は、核融合炉として機能していて、他の星々を照らし続ける。地球や月を照らすように。

 その光が生物を産み、育んできた。

 光なきところに生物も、陰も産まれなかった。

 では陰とはなんだ?

 光の生み出す陰。

 それは人の進化と調和の裏側でひしめく残酷なまでの地球開発ではなかったのだろうか?

 人は自分たちの欲望のままに行動し、多種多様な生物を、自然を壊していった。

 そこに人としての尊厳は守ることができたのだろうか?

 俺には分からない。

 そうまでして手に入れた技術が人の光だとするなら、破壊した生物や自然が陰なのだろうか。

 環境活動家。

 その彼ら彼女らが訴える人類の排斥デモ。

 それは本当に人のためなのだろうか? 自然のためなのだろうか?

 自然とはそもそもなんだったのだろうか。

 俺たちの生きるスペースコロニーも、自然はあった。作られた自然が。

 それを当たり前のものとしすぎて、じっくり観察したことはなかった。

 しかし、地球には溢れんばかりのがある。

 これが守るべきなのかどうかも分からないままだが、知性ある動物同士、なぜいがみ合うのか。

 ほんのちょっと、お互いを理解すれば、話し合えば、何か変わるのではないだろうか。

 人の想いは変わらないはずなのに。

 つーっとこみ上げてくるものがあり、頬を涙が伝う。

「どうかした?」

 スリープを解除したリリがそこにいた。

「いや、星はこんなに輝いているのに。と思ってな」

「きれいね。でもわたしは涙が流れないので」

 感動はするよ、と付け加えるリリ。

「そうか。泣けないのは悲しいな……」

「そうかな。わたしは別にいいけど」

 困っていないのか、リリは笑みを浮かべる。

「そうだな。泣くよりも笑顔だな」

 苦笑を浮かべると、リリはそっと頭を寄せてくる。

「うん。そうだ」

 俺は納得したように微笑む。

「リリは夢あるか?」

「ゆめ?」

 問われて困ったように小首を傾げるリリ。

「そうね。でもわたしはご主人さまといっしょがいい」

「一緒?」

「うん。大好きなご主人さまといっしょがいい」

「そっか」

 照れ臭くなり、顔を背けて呟く。

 身体がほかほかしてきた。

 でも悪い気分じゃない。

 俺はすごく嬉しいんだと思う。

 だから、また頑張れる。

 リリに元気をもらい、俺は思いっきり拳を振り上げる。

「よーし! やるぞ!!」

「バカやろう。大声を上げるな!」

 俺の頭を小突くマサヤ。

「そっちこそ」

「パトカーが速度制限を守らないのと一緒さ」

「へいへい。理屈っぽいこった」

 俺は苦笑を浮かべながらマサヤと向き合う。

「お前は感情だけで生きているわけじゃないだろう? 理屈は感情の後付けだからな」

「ほう。マサヤにも感情が分かるのか?」

「理屈では、な」

「結局、理屈かよ……」

 マサヤは渋面を浮かべて、どや顔をしている。

「ふたりとも、なんだか楽しそう」

 リリが言った通りだろう。

 俺はマサヤと出会い、変わった。

 相棒を、気の合う仲間ができたことがそうさせたのかもしれない。

 それともリリが?

 分からない。

 でも俺の中で確実に変化しつつある。

 それが何なのか、どこに行き着くのかも分からない。

 でも不安も後悔もないと思った。

 このまま、前に進んで行こうと思う。


「さ。車に乗れ、移動する」

「はいよ」

「うん」

 俺、マサヤ、リリは車に乗り込む。

 次の目的地はどこだろうか。

 この旅の終着点はどこにあるのだろうか。

 俺も役立ちたいし、これからも二人と一緒にいたい。

 そう思える。

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