第11話 強者・弱者

 俺は足を踏み出す。

 その先にある廃品回収車を追って。

 あそこにリリがいる可能性は低い。

 でも、それでも俺は追いかける。

 なんとなく直感がそう囁いている。

 俺の直感はよく外すけどね。

 トラックが廃品を捨てるゴミ処理場にたどりつく。

 予備バッテリーは意外と重い。これだけで十キロはある。

 それを抱えてよく追い付いたな。

 自分の底力を褒め称え、ゴミ処理場に身体を滑り込ませる。

 監視カメラと機動オートマトンがこちらに警告を出してくる。

 C4爆弾を投げつけ、オートマトンを黙らせる。

 派手な侵入だが、リリがいてくれれば問題はない。

 トラックの先を見渡すと、荷台が動き、その廃品をベルトコンベアに放り出していく。

 その中に肌色のロボットが見える。

「リリ!」

 俺はサブマシンガンを捨てて、走り出す。

 ベルトコンベアにのせられたリリはゆっくりと熱された廃棄炉に向かって流れていく。

 無茶と分かっていても、俺は止まらない。

 リリの重量を考える暇もなく、リリの身体に掴みかかる。

「く。もう逃げない!」

 それは俺の信念の表れでもあった。

 今までずっと逃げてきた。

 家庭からも、学校からも。

 でももう違う。

 彼らに会って、リリに会って、俺の運命は変わった。

 俺の意思が世界を変えることだってある。

 だから、運命に抗ってでも、リリを救う。救える。

 信じることから始まるんだ。

 何もできないって言って、何もしなかったら何もできない。何も変わらない。

 変えていくには、自分自身を、俺を変える必要があるのだ。

 変えてみせるさ。

 全てを解決する日が来ると望んで。

 それを目指して。

 俺は前に踏み出す。

 一歩を踏み出す。

 溶鉱炉に落ちそうなリリの肩を持つが、ビクともしない。

 目の前に迫る摂氏五百度の熱波がチリチリと肌を焼く。

 ダメだ。もう間に合わない。

 俺とリリはこのまま、一緒に焼け死ぬのだろうか。

 と、ベルトコンベアが音を立てて止まる。

「馬鹿野郎。逃げろよ、少年」

 そこには非情緊急停止ボタンを押したマサヤがいた。

「マサヤ……」

「こういう工場には非情停止ボタンがあるんだよ。ボタンが」

 呆れたようにため息を吐く彼。

「ありがとう。助かった」

 そう言っている間にも俺はリリに予備バッテリーをつなぐ。

 数分もすれば動けるだろう。

 ほっと一息吐いていると、周囲からの視線を感じる。

「狙われている?」

「ああ。少年、こっちにこい」

「でも、リリは……!」

「自動的に起動させて後から追えるようにした。さっさと来い!」

 俺は慌ててベルトコンベアから降り、マサヤの背中を追いかける。

 その陰に、銃弾が撃ち込まれる。

 小さな悲鳴を上げて、俺は必死で走り続ける。


 廃棄場の外に横付けされた車に乗り込み、発進させる。

 周囲から放たれる銃弾の嵐が、車に叩きつけられる。

「いったい何人いるんだ」

「知るか。オレらは生きなきゃなんないんだろ?」

「そうだよ。生きていることを示し続けるんだよ」

「分かったよ。少年は確かに愛の戦士かもしれん」

 なんだよそれ。

 鼻で笑うと俺は携帯端末を差し出す。

「これでハックできるんだろ?」

「やってみせるさ。相棒」

「頼んだよ、相棒」

 かたかたとキーボードを打鍵し始めるマサヤ。

「窓ガラスを少し開ける。隙間から狙えるか?」

「やってみるしかないだろ?」

「そうだ。やれ!」

 窓が少し空き、銃弾一発分の隙間ができる。

 その隙間を通して狙撃している相手を捉える。

 トリガーを引き絞る。

 放たれた銃弾は窓と車体の隙間を擦過し、吸い込まれるように狙撃手の頭を貫く。

「やったぞ」

「次はX288ポイントに向ける」

 車体を揺らしながら、敵の位置を告げるマサヤ。

「人使いの荒いやつ!」

 拳銃を構えて、窓の間隙から飛翔する弾丸。

 周囲を警戒していた警備を突破し、俺たちは待避する。

 その後二時間をかけて俺たちは闇医者のいた家屋へと逃げ込む。

「おいおい。わしの家は避難所じゃないんだぞ?」

「分かっています。その分は働きます」

 目上のものには敬意を払う。

 それがマサヤの心持ちなのだろう。

 俺はそわそわした気分でマサヤに訊ねる。

「リリはどうするんだよ?」

「ああ。今から座標データを送る。じきにつくさ」

「そう、か……」

 納得のいかない気持ちを無理矢理にでも押し込める。

 それくらいしかできないのが悔しい。

 俺にも何かできたらいいのに。

 そこまで言ってもしょうのないことと知りつつも、俺は力を欲している。

 大事な人を守るための力が。

 少しでも変えていきたいが、ここまで無力だと、やはり後悔が大きい。

「落ち着け。少年が焦ったところでなにも変わらん」

「だが、そんな自分を変えたい」

「変わることが全てじゃない。変わらない良さもあるさ」

 何かを言いかけて喉元で止まる。

 相手の方が一枚上手と感じた。

 恐らくはその直感が正しいのだろう。

「変わることなんてすぐにはできないんだ。だったら、今を楽しむ心のゆとりも必要だろう?」

 マサヤの言葉が染みる。

「そうかもな……」

 深く頷いたあと、俺はベンチに腰を落ち着かせる。


 しばらくして、コンコンとノックの音が鳴る。

 マサヤが警戒する中、インターホンの映像を確認する。

 リリだ。

「今開ける!」

 俺が開けようとすると、マサヤと医者が止めにかかる。

「待て」

「あれは軍人も呼んだな」

「わしの家をどうする気だ?」

 医者が睨み付けるようにこちらを見る。

「これでいいだろう?」

 マサヤは大金をよこし、脱出ポッドへの避難を促す。

「三秒でいく。まずは左の遮蔽物。次に中央の構造体。さいごに右上の狙撃手の排除だ」

「分かった……」

 マサヤの言うように敵を意識し、サブマシンガンを手に抱える。

 この冷たく鈍重な武器が自分たちの命を救うんだ。

 なら離すわけにはいかない。

 ぐっと構えると、マサヤが肩を叩いてくる。

「そう気負うな。気楽にいけ。相手はオレらをテロリストと思っている。その仲間を呼び出すため、殺そうとはしない」

 まあ、環境活動へと仲間入りをしようとしているが。

 彼らもまた、テロリストなのだから、大差ない気もする。

「行くぞ」

「ああ。やってやるさ」

 俺の構えたサブマシンガンがその銃口から弾丸を吐き出すと、同時ドアが開く。

 狙い通りに放たれた弾丸の一つ一つが敵を撃ち抜いていく。

 身体をひねり、反動を抑え込みながらも、次の敵へと斉射する。

 そしてひとり、またひとりと敵を倒していく。

 屈んだリリの後方で脳漿がはじけ飛ぶ。

 血を吹きだし、流れていく鉄さびはコンクリートと同化していく。

「くそったれがっ!」

 なんでこんなことになる。

 ただ平穏に、穏やかに、幸せに暮らしたい。それだけなのに。

 なんで誰も彼もが俺を攻撃してくる。

 いじめも、家庭環境も、そして今はテロとして。

 俺はこれでも実直に生きてきたはずなのに。

 それなのに、まともに幸せの一つも手に入れられない。

 こんなことってあるか。

 なんだよ。真面目に生きていてもいいことなんてないじゃないか。

 所詮、強者の前では弱者は刈り取られるだけだ。

 搾り取られるんだよ。

 搾取される側の気持ちを、くんでくれる人なんていないんだ。

 この世界は強者のために作られている。

 弱者はただ死ぬのみ。

 そうだ。

 だからスターシアンは嫌われるんだな。

 最初から何もかも持っている人には、持たざる者の思いなんて分からないんだ。

 そうしてできた溝はドンドンと離れていく。

 そこに正義はない。

 正しさなんてない。

 埋められるはずのない溝が漠然とあるのだ。

 だから、俺たちは争い続ける。

 リリを確保すると、俺はドアを閉める。

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