第10話 リリと詩亜

「あたしは雅也のこと諦めないだから」

 外付けのキーボードを一心不乱に打鍵するカホさん。

 その後ろを守るようにして俺はマシンガンを撃ち放つ。

「すまん。俺はてっきりマサヤがいると思って」

「言い訳はいいわよ。あいつすかしたことやってきて。あたしは二番目に助ければいいのに!」

 文句をブツブツと言いながら、攻撃用プログラムをネットにばらまく。

 そしてマサヤのいる場所を特定するべく、社内ネット内部に侵入しているようだ。

「見つけた! C172。行くよ!」

「ああ」

 俺は威嚇射撃をしながら、じりじりと後退する。

 カホさんの安全が確保でき、すぐに後についていく。

 階段を駆け上がり、連絡通路を渡り、尋問室の前にたどりつく。

 俺とカホさんはドアを蹴破る。

「雅也!」

「夏帆!?」

「頭を下げろ!」

 俺は言うなり、マシンガンを撃ち放つ。

 周囲を取り囲んでいた軍人は倒れ込む。

「無茶をするな。少年」

「お互い様だろ? カホさんがいなかったら救出できなかったんだぞ?」

「それは分かっているが……。オレは夏帆のために生きているからな」

「バカバカ! あたしだって雅也と一緒だから頑張れるの!」

 二人がイチャイチャしているのを少し見届け、

「そこらで止めろ。すぐに追っ手が来るぞ」

「すまない」

 マシンガンの一丁をマサヤに渡すと、俺とマサヤが前に出て拳銃を手にしたカホさんと一緒に施設から逃げる。

 階段で降りていくと、前からも後ろからも軍人がやってくる。

「しまった。挟み撃ちだ……」

「マズいな……。オレなんか助けているから」

「なんか、じゃない。お前が突破口になるんだろ?」

「ちっ。言ってくれる」

 舌打ちをしつつ、何かを思案している様子のマサヤ。

『お前らは完全に包囲されている。無駄な抵抗はやめて、すみやかに投降せよ! 繰り返す。お前らは――』

「やるぞ!」

「え。だが、作戦は?」

「突破口と言ったな。その通りだ。真っ正面から――撃ち殺す!」

 作戦でもなんでもないことを言い、真っ正面に向かって銃弾を放つマサヤ。

「分かったよ」

 俺もその後に続く。

 カホさんの方が一歩早かったが、俺だって役立たずじゃない。


 銃弾の雨の中をかいくぐり、俺とマサヤは手榴弾を投げ込む。

 爆発した衝撃で、何人かの軍人が吹き飛ばされるのが見える。

 俺たちは外に出ると、マサヤが手配した自動運転車に乗り込む。

 あの銃弾の中、手配するとは。

 乗り込むとエンジンを動かすマサヤ。

「リリが公園に置き去りに」

「そうか。すぐには回収できない」

「ぐっ……」

 小さな悲鳴が聞こえた。

 俺は慌てて後ろを振り返る。

 後部座席に収まったカホさんが脇腹から出血していた。

「まさか、さっきの銃弾で……」

「くそっ。オレが無茶を言わなきゃ!」

 ハンドルを叩くマサヤ。

「いい。すぐに止血する」

 カホさんはそう言い、貫通した脇腹に包帯を巻く。

「すぐに病院に」

「あいつらがいるに決まっている」

 さーっと血の気が引いていく。

「だが、カホさんが!」

「それで拷問されろとでも?」

 グッと言葉に詰まる。

 カホさんが回復しても、すぐに奴らが来る。

 殺しに……。

 それならここで死なせた方が。

 悪い考えがよぎり、頭を振る。

「医者に診せよう。ここにもいるだろ。闇医者が」

 俺は直感で訊ねていた。

「かもしれんが……」

 マサヤが強ばった顔で応じる。

 彼だ。

 彼が一番、不安に思っているのだ。

 震える手で近くの闇医者を調べ出すマサヤ。

 大丈夫か、聞こうかと思ったがそれもダメだ。大丈夫って言うに決まっている。

 俺はどうしたらいい。

「くそっ」

 毒づいても何も起きないと分かりつつも、俺は奇跡が起こることを願った。

「無理だ……」

 弱音を吐くマサヤ。

「もう無理だ……」

「諦めるなよ! お前ならできるだろ。俺なんかと違うだ!!」

 俺はマサヤの首を締め上げる。

「諦めるな! これ以上、俺を失望させないでくれ」

「……分かった」

 ずるずると胸ぐらから手が離れていく。

「分かったよ。オレがやる。オレが神だ。やってみせるさ」

 再びキーボードを打鍵するマサヤ。

「見つけた。C17ポイント」

「移動する」

 俺もかけ声を上げて、車の自動運転機能を書き換える。

 右折する頃には携帯端末を返してもらう。

 マサヤは後ろに乗っているカホさんを心配そうに見つめる。

「あたし、雅也と出会えて幸せだった」

「言うな。今は傷を回復させるんだ」

 ふるふると小さく、弱々しく首を振るカホさん。

「いいの。分かっている。あたしは長く持たないって……」

「そんなことない! 今から医者のもとに行く。あと三分だ。持たせろ」

 強い口調で言い放つマサヤ。

 でもカホさんはもう諦めている様子だ。

「もう、無理……だから。最後に、愛を伝えたく、て……」

 にじみ出ている血はその範囲を広げていく。

「オレはお前しか好かん。だから、死ぬな!」

「いいの。あたしのことは……わすれ、て……そして、新しい……」

 何かを言いかけて止まるカホさん。

 その先の言葉を聞きたかったマサヤは顔を豹変させて、うなるように座席を叩く。

 声にならない悲鳴を上げて、車は闇医者の家に着く。

 すぐさま、搬送したが医者は厳しい現実を告げる。

「最善は尽くしましたが、彼女はもう……」

 マサヤは子どものように泣き続け、自分のふがいなさを恨んだ。

「お前だ。お前が余計なことをしなければ!」

 俺に掴みかかってくるマサヤ。

 お門違いもいいところだ。

 それでも俺は抵抗できなかった。

 俺に間違いはなかったのか。

 俺がもっと上手に動いていれば、彼女は生きていたんじゃないか。

 不安と焦燥に駆られ、自分の保身ばかりを求めてきた。

 でも彼らはそうじゃない。

 どこまでも、自分を押し殺し戦ってきた。

 彼が怒っているのは、現状じゃない。社会全体に言っているのだ。

 俺が介入する余地なんてなかった。

 するべきじゃなかった。

 孤独な戦士だった彼らは必死でもがいていた。

 生きていた。

 それなのに俺に関わったばかりに隙が生まれた。

 最高のハッカーとして生きた彼らにはない価値感を、考えを押しつけてきた。

 彼らだって最善と思える道を歩いてきたのだ。

 誰もそれを攻めることなんてできない。

 俺は間違っていたのだ。

 頬を殴られる痛みも忘れて、俺はマサヤを抱きしめる。

「俺が、悪かった……」

 それだけを告げると、マサヤは泣き崩れる。

 闇医者が俺の頬を、胸板を治療する。

 ようやく落ち着いたマサヤは、セミの抜け殻のように、視線を中に這わせている。

 まるで魂が抜けたように……。

「俺、まだ生きているよ」

 聞こえていないかもしれない。

 彼にとって一番大事な人を失ったのだ。

 ショックも大きいだろう。

 これから一緒に思い出を作る相手だっただろう。

「俺は、これからリリを救いに行く。だから生きろ」

 マサヤにそれだけを言い残すと、俺は予備バッテリーを手にして、公園へと向かう。

 雨粒が落ちてくる。

 嫌な天気だ。

 これ以上、不運が続かないことを願って。

 また一歩前に進める。

 俺はまだ諦めちゃいない。

 彼の指示がなくても俺はリリを救って見せる。

 雨粒が強くなってきた。

 急ごう。

 俺は足を速めて、公園に向かう。

 通報されていないことを願って。

 廃品回収車が道脇を通り過ぎて、少し不安になる。

 その可能性を示唆しているようで、俺の気持ちは不安定になった。

 また会えるよね。

 俺は胸中にある不安を抑え込み、公園へと向かう。

「あった。ここだ」

 俺は公園内に見える遊具を見て、すぐに公園端に目が行く。

 そこにはいるはずの彼女がいなかった。

 詩亜しあも、リリも救えない。

 俺は何をやっているんだ。


 歯を食いしばり、先ほどの廃品回収車の後を追う。

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