戦い

第9話 救出作戦実行

 ハハイに到着した船はそこで人質を解放する。

 そのはずだった。

 でも。

詩亜しあも解放されたんだよ?」

 俺は彼女に諭すように言う。

 思わぬ救助劇で俺たちは疲弊している。

 手配した宿も港からは離れている。

 以前追っ手の可能性があることも視野にいれると、そんな危険は犯せない。

 彼女を受け入れるわけにはいかない。

 頭ではそう判断した。

「わたくしもお供させてください」

「は? 舐めた口聞かないでもらえます?」

 どこまでも敵視しているな、マサヤのやつ。

「わたくし、財力ならありますよ?」

「いえいえ。オレらはそういった思想で動いているわけもないので。迷惑です」

 きっぱりと突き放すようなものいい。

 これ以上危険な旅にも連れていけないか。

「俺からも言わせてくれ。あんたはなんでそんなに必死なんだ?」

「自分を変えるチャンスだからです」

 芯の通った強い目をしている。

「それだけですか?」

 俺は胡乱げな目を向ける。

「そうです」

「理解できないな」

 俺はリリを手招きすると、マサヤ、カホさんと一緒に宿舎へ向かう。

 無言でついてくる詩亜。

「どうするんだ? マサヤ」

「いいさ。あいつを人質にしてやる」

 甘いな。

 切り捨てることもできないとは。

 手に籠もった熱がじわりと手汗をかかせる。

 何を焦っているんだろうな、俺は。

 苦笑交じりのため息を吐く。


 宿舎に着き、全員が落ち着いたところを見計らう。

「それで次はどうするんだ?」

 俺はマサヤに訊ねる。

「そうだな。ハーミットと連絡をとれる地域まで移動する。テロのせいであちこち内戦だからな」

 ちらりと詩亜を一瞥するマサヤ。

 そうとう嫌っているな。

 だが、それは同時に環境活動家にも言えることではないのか。

 彼はどこでその線引きをしているのだろう。

「バイオネットの発生源を特定する。それからだな」

「バイオネット?」

 聞き慣れない言葉を聞いて俺は困惑する。

「バイオネット。人工微生物。人のあくなき探究心の果てに産まれた化け物」

 カホさんが苛立った様子で突きつけてくる。

「化け物……」

 その一言でも強烈な印象を与える。

 危険性が高いのだろう。

 このまま彼らについていっていいのだろうか?

「リリは充電だな」

 マサヤはそう言いリリを部屋の電源につなげる。

 規格統一されているので、無理なく充電できるのは良かったが。

 パリンと割れる窓ガラス。

「なんだ?」

 俺はリリを抱きしめ、警戒する。

 飛び込んできたのは筒状の――。

「照明榴弾だ!」

 マサヤのかけ声を聞き、俺は目を閉じる。

 かっと瞼越しでも目を焼く光が放たれる。

 きーんっと耳をつんざく音。

 光と音を失った俺はリリに捕まったまま、揺れる。

 リリが俺を抱えて移動を始めたらしい。

 アンドロイドである彼女に、照明弾や催涙弾は通用しないらしい。

 身体に負荷がかかるのが分かる。

 周りで何を話しているのかも聞こえない。

 俺とリリがそばにいる。

 それでいいと思っている自分に嫌気がさした。

 自分は足を引っ張ることしかできないのだ。

 どれくらい経ったのだろう。

 俺は目を開けると、そこにはリリの顔が見える。

「良かった。ご主人さ、ま……になにか、あれば……」

 途切れ途切れの言葉に不安が重なる。

「お、おい」

「充電してください。本機は一時的にシャットダウンします」

 警告音が鳴り、目から光を失っていくリリ。

「リリ! くそっ」

 俺は振り返る。

 小さな公園の端に逃げ込んだらしい。

 リリを持ち上げての移動など不可能。

 頼れる相手もいない。

 詰んだといっても過言ではないだろう。

 視線を巡らせて、逃げてきた建物を一瞥をくれる。

 建物の周りには警官がシートを張っている。

 あれではマサヤたちも危ういだろう。

 どうにかしてリリを充電させねば。

 もしくはマサヤを救出しなくちゃいけない。

 俺に?

 これまで俺は何もしてこなかった。

 何もかもマサヤたちに頼り切っていた。

 そんな俺をなぜリリは助けてくれたのか。

 合理的に考えてマサヤを助けるべきだったのだ。

 分かっている。

 リリは合理性じゃない。感情で動いたのだ。

 だからこそ、余計に辛くなる。

 吐いた息が荒く、白い霧となって霧散する。


「連合司令部。第三司令棟、大日局部。第二エリア。尋問室」

 ここから始める。

 俺の孤独な戦いが。

 武装で身を固めた俺は、司令部の建物を見つめる。

 広さは五十平米ほど。高さは二十階建て。

 その一角に彼らの身柄は確保されたらしい。

 前時代的な尋問を行う組織。

 そこからマサヤを救出する。

 彼のことだ。カホさんや詩亜も救ってくれるだろう。

 まるで彼が神であるかのような慕いっぷりに苦笑を漏らす。

 公園においてきたリリも不安だが、今は前に進むときだろう。

 発煙筒を投げつけ、閃光弾を放ち、施設内部に侵入する。

 すぐに集まってくる警備兵。

 彼らに向けて、マシンガンを放つ。

 銃弾が肉を突き破る音を立てて、血しぶきを上げる。

 これのどこに正義があるんだ。

 でも俺はまだ死にたくない。

 このまま野垂れ死んだ方が後悔する。

 だから生きるために彼らを救うのだ。

 そうでなくては、俺の産まれてきた意味が分からない。

 俺たちにだって生きている意味があるんだ。

 そう信じたい。

 そして、ここで倒れるくらいなら、その程度の価値しかなかったということ。

 あの日あのとき、俺はいじめから解放された。

 それはマサヤの撃った銃弾から始まった。

 銃を手にして、その重さを知り、それでもなお、俺は生きたいと望んだ。

 例え他者を傷つけることになっても。

 それでも俺は生きたい。

 まずは生きていることを世界に証明する。

 生きていなくちゃ、自分の境遇を知ることもできない。

 世界の歪みを知らしめることすらできない。

 黙殺された俺たちは泣き寝入りするだけなのか。

 違う。

 そんなことさせない。

 俺は俺の意思で、世界を救う。

 それが滅びの道だとしても。

 俺は俺を証明するために生きる。

 銃弾を撃ち終えたサブマシンガンを捨てて、肩に担ぐPRG。

 発射された榴弾が総合案内受付を木っ端微塵にする。

 破壊された施設内を突っ切り、俺の携帯端末に送られたデータをもとに移動を始める。

 エレベーターはダメだ。

 階段で行く。

 マサヤから送られてきたデータはその道筋をおおよそ間違えることなく表示されていた。

 彼からのSOS信号を見過ごすほど、俺は恩知らずじゃない。

 出来た人間でもない。

 俺たちが反抗の意思を浮かべていることは分かっている。

 でも、この世の中が絶対に正しいとも言えない。

 そもそも正しさとはその人の立場や状況によって変わる。

 そんなくだらないもののために犠牲になるのなら、死を持って世界と敵対する。

 俺たちの命はそんなに安くないのだと言い続けなければ、何も解決しない。

 圧殺された言葉。抑圧された思想。

 それだけじゃ、世界は生きていけない。

 人の足並みをそろわせるためにくじかれた人の足は、それほど軽いものではないのだと、世界に訴える。

 棄民政策は人を不幸にする。

 そんなのは決して許されることではない。

 データをもとに尋問室のドアをぶっ飛ばす。

 が、そこにマサヤはいない。

 代わりにカホさんがいた。

 あいつ、恋人を優先したのか!?

「カホさん。頭を下げて」

 言うよりも早く頭を下げるカホさん。

 その頭上を弾丸の雨が走る。

 カホさんを取り囲んでいた軍人が銃弾の前に倒れていく。

 いくら防弾ジョッキを着ていても、その衝撃までは押さえ込めない。

 死ぬことはないが、骨にひびが入るだろう。

 俺はカホさんに手を伸ばす。

「いくよ」

「うん」

 俺とカホさんはすぐに尋問室を出る。

 次はどうすればいい。

 カホさんを助けた俺は混乱していた。

九王くおうさん。携帯端末を貸して」

「いいけど?」

「あたしだってハッカーなんだから」

 そう言ってカホさんは端末をいじりだす。

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