第8話 沈むとき

 豪華客船に乗り込むと、そこには別世界が広がっていた。

 いつでも食べられるビュッフェ。

 プールや劇場、ボウリングなどの娯楽施設。

 図書館やスポーツジムといった知恵と健康のサービス。

 どれもこれも客船としては、初めてみるものばかりだ。

「普通、客船に巫女さんはいないだろ……」

「あら。そうでもないわよ?」

 俺の呟きになんでもないように言うカホさん。

「この辺りの人間は縁を大事にするからな」

 補足説明するようにマサヤが言う。

 そうか。縁がなければ売れるものも売れない。

 巫女さんはその代表格なのかもしれない。

 しかし、この船に乗っているほとんどの人がスターシアンなのか。

「どうしました? ご主人さま」

「いやなんでもない」

「さっさと飯、食おうぜ?」

 マサヤはそう言いニヒルな笑みを浮かべる。

「ああ」

 俺はリリの手を引き、食堂に向かう。

 午後一時二分。

 腹の虫が鳴るにはちょっと遅い時間帯。

 それでも人はいて、ちょっと遅いランチを楽しんでいた。

 そこに俺たちもまじわる。

 雑踏の中に紛れるというのも案外悪くない作戦かもしれない。

 俺はポテトサラダやハンバーグを皿に盛り付けて、机に着席する。

 リリはアンドロイドなので食事を必要としない。

 カホさんは肉多め。マサヤに至ってはいろんな種類を持ってきており、その際に青い着色料を使っていた。

「青がいいんだよ、青が」

 とはマサヤの言葉である。

 俺にはよく分からん。

 まあ俺に害はないし、美味しいからいっか。

「まあ、彼らには分からないでしょうね」

「そうそう。わたくしたちがこの世界を支えているのよ」

 隣の席に座っているマダムたちの声だ。

「は。よく言うぜ。どんな天才でも、その技術や知識を伝えているのは一般人だぜ?」

 マサヤはわざと聞こえるように声を荒げる。

「……なによ。あいつ。キモいんだけど」

「気持ち悪くてけっこう。オレは隠し事はしない主義なんでね」

 差別意識はこちら側にも根付いている。

 そんな不毛なやりとりを見つめていると、カホさんが止めに入る。

「もういいじゃない」

 マサヤが拳銃を手にすると、マダムたちは青い顔をして去っていく。

「これでうまい飯が食えるってもんだ」

 マサヤは肝っ玉の据わった顔で、食事を再開する。

 心臓に毛でも生えているのかな。

 周りの視線を集めているのに、よく食事ができる。

「俺、先に部屋に戻っているよ」

「おう。ここは食べ放題だぞ?」

「顔色悪いわね。しっかり休みなさい」

 俺は失礼して、リリと一緒に立ち去る。

 バッテリー駆動のリリには充電も必要だ。

「ご主人さま、おこっている?」

「そんなことないよ。リリは心配症だな」

 くすっと笑みを零すとリリは安心した顔になる。

 まあ、俺はマサヤの攻撃的な発言に苛立ったわけだけど。

 確かに差別意識を嫌う気持ちも分かるけどね。

 もっとうまくやる方法を、彼ならできるはずなのに。

 ごんっと音を立てて揺れる船内。

「なんだ?」

 俺は周囲を見渡す。

「ご主人さま。バッテリーが残り少ないよ」

「う。分かった。まずは充電だ」

 携帯端末にはバッテリー残量が残り二割を切っていると出ている。

 早いところ充電しないと、セーフティロックされ、何もできなくなってしまう。

 金属の重い身体を動かすのは至難の業で、百キロを超えると聞く。

 人型ロボット最大の欠点である。

 自室に戻り電源をリリにつなぐが、さっきから船内が慌ただしい。

 重低音が鳴り響き、船体が傾くのが分かる。

「くそ。今度はなにが起きているんだよ」

「落ち着け。まずは非常電源の確保だ」

 後ろからやってきたマサヤがバッテリーを持って現れる。

「ここではリリが動けない。オレらは救出船に乗り換える。リリを外すぞ」

「そんな勝手に!」

「今は一刻を争う時だ」

「分かったよ……」

 バッテリーにつないだリリと一緒に走り出す。

 カホさんが呼び寄せた救助船だが、その幅はけっこうあるように思える。

 俺は跳躍して乗り込むが、リリはバッテリーを持っているせいか、ジャンプに失敗する。

 海に転落したリリを助けるべく、俺は上着を脱いで飛び込む。

「バカやろう!」

 マサヤの声は聞こえていたが、一歩遅い。

 俺は着水の痛みを感じながら、リリのそばによる。

 バッテリーのコードを外し、本体を海に投棄。

 リリに泳ぐ姿を見せて、一緒に海上へとあがる。

 大型のクレーンがリリを捕まえ、その隣で俺が横たわる。

 リリと俺は救助船に乗せてもらうと、ほっと安堵の息を漏らす。

「バカやろう! お前の力でどうこうできるはずもないんだぞ!」

「分かっているよ。俺だって無茶をした自覚はある」

 水の抵抗もすごかったな。

 経験だけじゃ、分からないこともあったか。

「もう、いいじゃない。二人とも無事なんだから」

 カホさんは俺に暖かいお茶をすすめてくれる。

 鼻水を垂らしていると、リリが指摘してくる。

「鼻かもう?」

 船内にあるティッシュを差し出すリリ。

「ああ。ありがと」

 受け取ろうとした瞬間、リリの手に触れる。

「きゃ」

「おう。ごめん」

 俺は平伏しつつ、ティッシュで鼻をかむ。

 なんでそんなに照れ臭そうにしているのかは分からないが、リリは感受性豊かなのかもしれない。

 不思議なものだ。

 アンドロイド。

 俺たちが作り上げた、新しい仕事用ロボットだというのに。

 見た目は人間と変わらないし。

「あと何人くらい収容できるんだ? この船」

「何を言っている。オレらだけだぞ?」

「へ?」

「だって、ハッキングして捕まえた船だからな」

 自慢げに言うマサヤ。

「馬鹿野郎はお前だ! あの乗客を残して立ち去れと!?」

 豪華客船ドリーはその船体を傾けており、重力に従い今もなお、テーブルや椅子を海中に沈めている。

 今にも潜伏しそうな姿に心が痛まないのか。

「ちっ。分かった。できるだけ救出するさ」

 俺の顔に応じたマサヤは救出船をドリーに近づける。

 そのクレーンで人を掬うように助け始める。

 緑色の髪をした女性を救うと、救助船に運び入れる。

 他にも数名を引き上げると、すぐに救助船は離れていく。

「お、おい。まだ助けられるだろ!」

 俺がマサヤに噛みつくと、面倒そうににらみ返してくる。

「あの船と心中なんてごめんだね。海中に引きこまれるんだよ。これ以上は無理だ」

 マサヤが言うように客船が沈むさいに周りの海水を渦を巻きながら一緒にもっていく。

 あと少し遅れていたら、俺たちも残骸の仲間入りだった。

「……」

「いいか。オレは合理的に動いている。感情では人は救えないんだよ!」

「それは……」

 俺とマサヤでは見えているものが違うのかもしれない。

 だからといって見過ごすほどの精神力もない。

 先ほど救助した緑の髪の女性が駆け寄ってくる。

「救助して頂き、ありがとうございます」

「ちっ。スターシアンめ」

 苛立った顔を見せるマサヤ。

「すみません」

「名前は? 俺は九王くおう昌治まさはるだ」

「わたくしは……詩亜しあ。シアです」

「そうか。無事で良かったよ」

「そう想っていない人もいるみたいですが?」

 俺の後ろにいるマサヤに視線がいく。

「そうだが」

「いいか。オレらはこのままハハイに行く。そこでお前らは解放する。それまでは人質だ」

「おい。マサヤ!」

「それが妥協点だ」

 マサヤは見下すような顔を詩亜に向ける。

「はい。それでいいですよ」

 詩亜はなんともないように頷く。

 どうなっているんだよ。

「ご主人さま……」

 気遣わしげな視線を感じ、俺は冷静さを取り戻す。

 俺たちは追われているんだ。

 すぐには解放できない。

 その理屈は分かる。

 だが、人質にしたくて助けたわけじゃないぞ。

 俺はただ救いたかっただけだ。

 そこにやましい気持ちなんて微塵も混じっていない。

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