第7話 豪華客船ドリー

 結局、不知火は保健当局に渡すことになった。

「あいつ、あたしは許せないね」

「そういうな。あいつがげろったらテロリストの一派にダメージを与えられる」

 マサヤはとことん冷静な顔で応じる。

 それに対して親の敵のように目を血走らせるカホさん。

 俺とリリが不知火を連れていくことになった。

「ほら。立て」

「お前らは分かっていないな。立場が変わるだけでこんなにも憎いとは」

「それを知っているなら!」

 声を荒げたことでリリが悲しい顔をする。

「悪かった」

 テロで家族を失ったのはお前たちだけじゃない。

 俺だってたった一人の家族をテロで失っている。

 アンドロイドを嫌う反政府運動に加担した奴らによって。

「さ。行くぞ」

「ま、待て。僕はまだ死にたくない!」

「今更。テロに加担した罪を償え」

「仕方なかったんだ! 僕の家は貧乏で、だから!」

「何人の人が貴様らのテロで死んだと思っている!」

 俺はいつになく、腹の底からこみ上げてくる熱にうなされている。

 冷静になれ。

「それは……」

 言葉を失う不知火。

「もういい。連れていく」

 今度こそ返す言葉もない様子だ。

 落ち合う場所は駅前。

 不知火は暗い顔をしていて、良心が痛まないわけではない。

 だが、こうする以外に方法はない。

 これ以上、テロを起こされてたまるか。

九王くおう昌治まさはるさんですね?」

「は、はい!」

 後ろから話しかけてきた黒のスーツを着た男が話しかけてくる。

「保険局の樺音かばねです。引き受けに来ました」

「あ。じゃあ、こいつのこと、頼みます」

 俺は樺音に不知火を託すと、ホテルの方角へ向かって歩き出す。

「九王さん。そいつはニセモノです!」

 離れたところから声が聞こえる。

 振り返ると、樺音は拳銃を構えて辺りに発砲。

 不知火を庇うような格好で車に乗り込む。

「ちっ。逃がすな!」

 本物の保険局と理解したが、今更遅い。

 俺は不甲斐ない自分を責めた。

 不知火は樺音とともに逃亡。

 現在地不明。

 状況は最悪だ。

 さらに事情聴取することになり、俺とリリは取調室で話し合うことになった。

「で。あんなところで何をしていた?」

「俺は昨日のテロで足止めされたのです」

「あんな連中をなぜ野放しにした!」

「ですから!」

 俺がどう言おうとも当局のお気に障ったようで、まったく受け付けない。

 困り果てていると、向こうがぎろっとした目を向けてくる。

「まだかばい立てするか!」

 俺の髪をつかみ、机に打ち付ける。

 鼻血が吹きだし、鈍痛が顔面に広がる。

「さっさと吐け!」

「俺は知らない」

 突然、館内の電気が落ちたのか、暗闇に包まれる。

「なんだ?」

 当局の男が混乱している今だ。

 俺はタックルを食らわせて、外へのドアを開ける。

 電子ロックされていたものだが、非常電源に変わる瞬間にロックが解除される。

 これは非常時に電力が落ちても、中の人間が逃げ出せるようにしてあるからだ。

 いざというときに閉じ込められるのは人権軽視と言われる。

 外に出た勢いで周囲を見渡すが、辺りは闇の中でどっちに向かうのか、分からない。

 キラッと光るライトの灯り。

「こい。こっちだ、少年」

 マサヤの落ち着いた声が廊下に響き渡る。

 迷っている暇はない。

 しかしリリは?

「リリを探す!」

「もうとっくに回収している。こい」

 そこまでやってくれているのなら、俺に二の句もない。

「ああ。行く」

 俺はライトの光を頼りに走り出す。

 ついていくとライトの正体が分かる。

 それは全自動掃除ロボットIQSSだった。

 階段は降りられないらしく、非常階段の目の前で止まっている。

「ありがとう」

 俺はそう言い、IQSSを撫でる。

 すぐに階段を降りていく。

 地上が見えてきた頃合い。

 建物の前に車が一台止まっている。

 その前でリリが手を振っている。

 ほっとしたのもつかの間、セキュリティシステムが作動したのか、警告音が鳴りだす。

「逃げて!」

 カホさんが大声で俺を呼ぶ。

 後ろから駆け足で追ってくる靴音がする。

 俺は慌てて階段を駆け下りる。

 背中に感じる銃弾の雨。

 階段を下り、車に飛び込む。

 リリがドアを閉めて、俺はマサヤと一緒に逃げ出す。

「大丈夫か?」

 ドーパミンが溢れていたが、やがて冷静になり、足に痛みを感じる。

「――っ」

「痛むか?」

 マサヤは心配そうな顔でこちらを見る。

「かすっただけだ。でも痛い」

「夏帆。頼む」

「はいはい。雅也は下手っぴだからね」

 カホさんは仕方ないと言った顔で、俺の怪我を見る。

「絆創膏を貼るね」

 ふくらはぎを擦過した傷はじんわりと血を滲ませていた。

 そこに大きめの絆創膏を貼るカホさん。

 こんな簡単なことがマサヤにできないというのは理解できないが。

「終わったよ。さ、ここからが勝負よ」

「どういうこと?」

「ああ。ここらの警備をかいくぐり、ギーリから撤退しなくちゃいけない。分かっているだろ?」

 俺はもうお尋ね者らしい。

 そっと刺す陰り。暗くならない方がおかしい。

 ただ巻き込まれただけなのに。

「で。どこに行く? まだ滑走路は使えないだろう?」

「ああ。そこが問題だ。オレらはここから脱出するのに、船を使う」

 船か。

 不安が残るな。

「今、豪華客船が港にある。パスは通した。このまま車で入港する」

 マサヤは淡々と応えつつも、車を走らせる。

「軍内部に攻撃用プログラムを流した。このまま混乱に乗じて脱走よ!」

 テンションが上がっているマサヤ。

 ちょっと不安が残るが、仕方ない。

 他に道はない。

 というか、俺一人ではとても脱出なんてできない。

 このまま環境活動家に向かうのだろうか。

 身を縮ませて、俺は車の後部座席に収まる。

 隣でリリが僕をぎゅっと抱きしめる。

 冷たいシリコンの身体が変形する。

「だいじょうぶだよ」

「そう、だな……」

 リリの心は温かかった。

 俺は目を擦り、状況を整理する。

「俺にできることはないか?」

「ん? ああ。じゃあ、こいつで狙撃を頼む」

 マサヤは拳銃ハンドガンを俺に渡してくる。

 ミラーを見やると、ドローンが一機ついてきている。

「先ほどから、オレらのこと、監視してやんよ」

「撃ち落とすか」

 あれなら人命は関わらない。

 それに俺たちが生き延びるには必要なのだ。

 俺は後部座席の窓を開けて、身を乗り出す。

 拳銃を構えて、ドローンに狙いを定める。

「今だ!」

 マサヤの合図と同時、俺は引き金を引き絞る。

 発射された弾丸は吸い込まれるようにして、ドローンのプロペラ一つを破壊する。

「やった!?」

「ああ。うまいぞ!」

 コントロールを失ったドローンは地上へ落下し、その飛行力を失う。

 当然、俺たちを追ってこれるはずもない。

 リリによって車内へ引き戻され、未だにバクバクいっている心臓を落ち着かせる。

「これでいいだよな?」

「問題ナッシングだ。それより、セーフティ戻しておけ」

「ああ。すまない」

 俺は拳銃のロックをかけると、額に浮いた脂汗を拭う。

 緊張していたらしい。

 自分でも判然とつかない気持ちでいたのだ。

 今になって汗を掻くとは。

「ご主人さま、だいじょうぶ?」

「ああ。もう大丈夫だ。リリ」

 そっと彼女の頭を撫でる。

 嬉しそうに目を細める。

 屈託のない笑みに癒やされる。

「ぼーっとしている場合じゃないよ。警戒を厳に」

「わ、分かった」

 俺は慌てて周囲を確認する。

 港が見えてきた。

 そこに接岸した豪華客船『ドリー』が見えてくる。

 車両の通路に入り、一安心する俺たち。

「さ。降りる準備をするんだ」

 マサヤの声がけで、俺たちは自分の立場を再確認する。

 車内にある物を見渡し、使えそうな端末を拝借する。

 携帯端末を手にすると、マサヤが苦い顔をする。

「そんな旧世代のを使っているのか」

 頭を抱えるようにマサヤが呟く。

 やはりこの人はオーバーな仕草をする人だ。

 俺はリリを引き連れて、ドリーの客室へ向かう。

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