第6話 テロ行為

「さて。少年には不義理を働くが、環境活動家にご興味は?」

「え。環境活動家? それって、宇宙に全人類を移送させると息巻いている?」

「ああ。環境汚染により、人は大罪を犯した。他の種族をもてあそび、むやみやたらとエネルギーを使い込み、あげくの果てには同族殺しをやる。それが人間のすることか? と」

 正直、ニュースで悪い印象しかない。

 それでも生きる意味のない奴よりはマシ。

 その程度にしか考えたことがなかったが。

「ま、いい。オレについてこい。そして学べ。ニュースになるやつは大概、行き過ぎた奴らだ」

「そうか。リリは?」

「わたしはご主人さまと一緒する」

「分かった」

 あどけなさを残したリリだが、これ以上のアップデートは難しいのだろうか。

 ジェット機の滑走路上に移動すると同時、爆炎があがる。

 爆風で機体に金属片が飛んでくる。

「なんだ?」

「テロよ!」

「ノーマリアンの仕業か……」

 低くうなるマサヤ。

 ノーマリアン。遺伝子治療と、サーチェイン遺伝子の活性化に伴うスターシアンの対義語。

 なんの治療も受けておらず、おおよそ普通の寿命を持つ者。

 スターシアンを支援するギーリ政府にとっては一番の厄介ごと。目の上のこぶ。

「オレらが検査を受けることになるな。逃げるぞ」

 マサヤはそう告げると、機体を捨てる。

「え。そ、そんな……!」

 俺も後を追うように外に出る。

 熱波をはらんだ空気がじりじりと肌を焼く。

 照りつける太陽がまぶしく、反射した光がなおも輝いてみえる。

 空港の外に出ていくと、青年とぶつかり、俺はこけてしまう。

 青年は黒髪で、紫紺の瞳をしていた。

「いてて……」

「ご主人さま、だいじょうぶ?」

「ああ。大丈夫だ。それよりも……」

 俺は青年の方へ向き直る。

「なんだよ。スターシアン。ボクの邪魔をするのか!?」

 青年は顔に青筋を立てて苛立っている。

「テロリストだ。抑えろ」

 後ろからマサヤの声が聞こえてくる。

 俺は慌てて青年の足にしがみつく。

「バカ、撃てない!」

 拳銃を構えているマサヤが戸惑う。

「わたしも!」

 リリも、俺と一緒に足にしがみつく。

「今更死など、恐れるか!」

 青年はそのまま、前に進もうとする。

「チェックメイトよ」

 カホさんがそういい、回し蹴りを食らわせる。

 混濁した青年はその場で倒れこむ。

「この、青年は……?」

「テロリストだ。オレのチェックリストに載っている」

 携帯端末に一瞥くれるマサヤ。

「名前は不知火しらぬい幸太こうた。23歳。親をスターシアンに殺されたらしい」

「差別的思考が蔓延まんえんしているものね」

 長寿遺伝子治療は裕福な家庭でしか受けられない。

 その高額な治療費を払えない貧困の世代は長生きできないでいる。

 一方の裕福な家庭では長寿になり、働く時間も長くなり、それだけ稼ぐというループになっている。

 不知火の身体をワイヤーでがんじがらめにすると、俺たちは作戦会議を始める。

 滑走路はテロによって分断された。

 オスプレイのような垂直離着陸が可能な機体であれば問題なかったが、今の飛行機では不可能だ。

 基本的な構造や原理が一緒なのだから、当然と言えば当然だが。

「しかし、この不知火さんはどうするんだ?」

「保健当局に渡す。オレらにはそれくらいしかできないだろう」

 おとがいに手を当てるマサヤ。

「でも最悪、あたしらが捕まるわよ?」

「だからさ、少年に任せるのだよ」

 マサヤは口の端をつり上げる。

「俺?」

 視線を感じてうろたえる。

「あんたら、平気な顔しているんだな」

 不知火が目を覚ましていたようで、そちらに向き直る。

「スターシアンが世界を滅ぼすんだよ。お前らにはそんな簡単なことも分からんのか?」

 鼻につくような顔をして、馬鹿にする不知火。

「黙れ」

 カホさんのかんに障ったのか、静かな怒りが、めつける顔をしている。

「お前らのテロで、どれほどの人間が死んだのか、分かっているの?」

 こんなに怖い顔をしている彼女を見たことがない。

「やめておけ。夏帆かほ

「貴様らのやっていることは人殺しにすぎないの、まだ分からない?」

 カホさんがヒールで不知火の顔を踏む。

「それも致し方ない犠牲だ」

「まだ言うか!」

 殺意の高い空間に、俺は肝を冷やす。

 怖いな。

「リリ。大丈夫?」

「怖いよ」

 その言葉にハッとしたのか、二人は顔を背ける。

 ふるふると震えているリリを抱きしめる。

「大丈夫だよ」

「うん……」

 小さく頷くリリ。

 その一挙手一投足が愛らしい。

 俺にだって愛でる気持ちはある。

 リリを可愛いと思う気持ちはある。

 その気持ちを失いそうな二人を睨む。

「あんたらの個人的な怒りはあると思うよ。でもここではないどこかでやってくれ」

 俺はリリを引き連れて隣の部屋に移動する。

 その後を追うようにマサヤが入ってくる。

「お前すごいな」

 屈託のない笑みを浮かべていた。

「あの二人の肌を焼く感じ、オレも好きではない。話し合いで解決できるなら一番だな」

「俺は人の心を大事にしたいだけだ。彼らのやり方は間違っている」

「そうだな……」

 マサヤは壁から背を離し、俺に近寄ってくる。

「少年、これを受け取ってくれ」

 記憶媒体のようだが、見慣れないタイプのものだ。

「これは?」

「もしも、オレたちと離れたらそれを使うんだ」

「冗談はよしてくれ」

 俺には行く当てなどない。だからマサヤについていくしかないじゃないか。

「本気だ。そしてお前はそれを成し遂げるだけの才能がある」

「才能? 俺から最も遠い言葉だな」

「いいや、あるさ。人を思いやり、理解してやる強い心が」

 じわっと胸の奥で暖かくなる気持ちが染みてきた。

「そうか……」

「そうだ」

 マサヤがきびすを返し、部屋を出ようとする。

「あ」

「なんだ?」

「不知火は保健当局にわたすしかないのか?」

 恐らくその後に待っているのは尋問と極刑だろう。

 視線を這わせると、マサヤは困ったように眉根を寄せる。

「じゃあ、オレら一緒に来るか? それこそ冗談ではない」

「そう、だな……」

 考えなしに言ってしまったのを後悔した。

 彼だって生きたいだろうに。

 でもきれい事だけでは生きていけないのも分かる。

 彼がまたテロを起こすことだって充分に考えられるのだ。

「俺たちにできることないのか?」

「無理だな。人の思考を変えることなんて人類史にもない」

 悲しい気持ちが胸中にとどまる。

 さっと刺した冷たい血は人類の業の深さを表しているのかもしれない。

「オレはあいつらを見てくる。しばらく待て」

 マサヤはそう言うと、俺とリリを置いて行ってしまう。

「こわかった」

 リリが悲しそうに眉根を寄せている。

 アンドロイドに感情はない。心はない。

 そんな連中も多いが、これを見てまだそんなことが言えるのだろうか。

 AI技術の発達に伴い、アンドロイドにも人間に似た知性を持っている。

 俺はそう感じる。

 心があるかないか、なんて他人からは分からないものだ。

 イヌにだって、イカにだって感情はあるだろう。

 動物にあるものが、機械にはない。なんて言い切るのは無理があるだろう。

 確かに自分の手で生み出した存在が心を持つことに疑問を感じないわけじゃない。

 でもまずはアンドロイドの声を聞いて欲しい。

 俺はそっとリリを抱き寄せる。

「もう少し。こうしてていいか?」

「はい。ご主人さま」

 プログラムされた感情がこう言うのだろうか。

 それとも心が?


 分からない。

 でも今日明日で決着のつく議題ではないと自覚していた。

 彼女だって生きている。

 陳腐に聞こえる、その言葉も今は事実として認識している。


 恐らく彼女のように生きているアンドロイドはいるのだろう。

 俺は強く抱きしめた。

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