旅立ち

第5話 地球へ

「君も来い。リリ」

 俺はアンドロイドであるリリに呼びかける。

「わたし、が……?」

「オレは賛成だぞ」

 マサヤもコクコクと首を振る。

「わたし、ついていってもいい?」

 ほんのり頬を染めてそう呟くリリ。

「ああ。もちろんだとも」

 俺が深く頷いている横で、カホさんが何やらしゃべっている。

「雅也、本当にいいの?」

「ああ。あいつは武器製造工場からあぶれたVナンバーだ」

「それ、本当なの?」

 カホさんの声ににやりと口の端を歪めるマサヤ。

 あの二人の目的は分からないが、俺と行動を共にする可能性が高い。

「少年。すぐに地球へ向かうぞ」

 携帯端末を操作しつつ、リリと俺に歩み寄ってくる。

「ああ。分かった」

 俺はリリに軽くタッチし、ついてくるよう促す。

 マサヤは過激で危険だけど、根は悪い奴じゃない。

 いじめから救ってくれた功績もある。

「それで、どうするんだ? 前日のテロでアンドロイドどころか、機械はすべて壊れたよ?」

「すべてじゃない。軍用シャトルは生きているだろう」

「そうね。あたしらもそれで来たのだから」

「そうか」

 短く返すと、それを不安に思ったのか、リリがこちらに目を向けてくる。

「ご主人さま、大丈夫?」

「ん。ああ。大丈夫だよ」

 くしゃりと笑みを浮かべると、リリは安心したかのように眉根を寄せる。

 地球へ向かうシャトル。

 その宇宙港うちゅうこうに着くと、俺たちは誰も乗っていない軍用シャトル《ダイマ》の座席に収まる。

「少々揺れるぞ」

 マサヤがそう言うと、シャトルはエンジンを吹かしスペースコロニー《トート》から離れていく。

 加速時の衝撃が収まると、シートベルトが緩み慣性航行へと移行する。

「さてと」

 リリに近づくマサヤ。

「お、おい。なにを?」

「ご主人さま」

「このままだと、こいつの神経回路は壊れる。応急処置だ」

 マサヤは手慣れた様子で、リリのコアブロックを露出させる。

 半導体の塊に専用のプラグを差し込むと、内部データを携帯端末に読み込ませる。

「大丈夫だ」

 安心させるように呟くマサヤ。

「空きストレージがあるな。移せる」

 俺には何をやっているのか、さっぱりだが部品の入れ替えだけじゃないらしい。

「よし。もういいぞ」

 マサヤがプラグを外し、コアブロックを元に戻す。

「ご主人さま。わたし……」

「大丈夫だよ。マサヤはこう見えてエロくはないから」

「どういう意味だよ」

 マサヤは頭痛がするのか、こめかみに指を当てる。

「ジョークだよ。ジャパニーズジョーク」

 俺は微笑し、リリの頭を撫でる。


 しばらくして、シャトルは大気圏突入コースに入る。

 プラズマと大気圧の嵐に飛び込むシャトルはまさに地獄から脱出する糸のような細いルートを算出している。

 大気圏突入体勢になった頃合い。

 警報が鳴り響く。

『前方の軍用機に告げる。ここは地球圏統一帝国第一地区〝レンブラウン〟だ。貴艦の戦跡登録を確認する。搭乗者及び地球への入国手続きを済ませよ。でなければ撃墜する』

 後方二百の位置に着く軍用攻撃衛星がまとわりつく。

「あらら。バレたわね……」

 カホさんが困ったように首を振る。

「構わん。つっこめ。この機なら三百秒で振り切れる。それ以降は射程距離圏外だ」

「で、でもどうやって三百秒も稼ぐんだ?」

 俺は不安をぶつけるようにマサヤを睨む。

「これでもハッキングは得意技でな」

 携帯端末を掲げて、クスッと笑うマサヤ。

「分かった。任せる」

 マサヤは操作を開始し、レンブラウン所属の衛星兵器の軌道を変える。

 が、あちらにも優秀なプログラマーがいるらしく、

「コードの変更か。やるな」

「大丈夫なんだよな?」

「大丈夫よ。雅也に不可能はないわ」

 カホさんが絶対の信頼を置いているらしく、その目はしっかりとマサヤを見据えていた。

 キーボードを打鍵する音が船内に反響する。

「しまった。機体を逸らす。高度とタイムは?」

「18セコンド。南西20キロの地点に降下修正!」

 カホさんが彼のアシストをしているらしく、シャトルに制動噴射をかける。

「落下予測地点算出。ギーリ」

「了解、ミサイル。来る!」

 チャフを散布したシャトルの真上をミサイルが飛翔する。

「死にたくない」

 俺はそれだけ言うと、座席で頭を抱える。

 それを真似ているリリ。

 彼女には恐怖心がないのかもしれない。少し楽しそうにしている。

 シャトルの降下地点がずれたらしく、激しくキーボードの音が鳴り響く。

「ギーリに不時着する。軍事衛星からは丸見えだ」

「こっちで改ざんするわ。すぐに見失って」

 何やら物騒なワードが飛び交う。

「俺たち、大丈夫なのかよ……!」

「ご主人さま。落ち着いて」

 リリは微笑みを浮かべながら、シャトルを襲う振動に耐えていた。

 赤色の大気圏を抜けて、そこには青い地球が見えた。

 地平線の向こう側に微かに青いベールがまとってあり、大気圏内の空気の膜ということがハッキリ分かる。

 こんなに高いと逆に恐怖を感じない。

 先ほどまで襲ってきたミサイルの方が、飛行高度よりも怖いのだ。

 恐怖心など、とうに薄れ俺は窓から見える地球の景色に心奪われた。

 その先にある都市部などは想像もできずに外を流れていく景色をただただ見蕩れていた。

「地球は初めてか? 少年」

「ああ。こんなにも綺麗なんて」

 俺はコロニーで産まれ、育った。

 こんなにも綺麗な世界があるなんて思えなかった。

 思わなかった。

「来ることができて良かったよ」

「ま、オレも初めてだがな。好感度カメラよりも少し荒く見えるな」

 マサヤがどんな生活をしていたのか、想像もしたくないな。

 苦笑を浮かべていると、リリがじーっと見つめてくる。

「なんだ?」

「ん。わたしも安心した」

 リリは意味ありげに呟くと、外の景色に顔を向ける。

「さ。飛行高度をおとす。気をつけろよ」

 マサヤはそれを言うと、座席に腰をかけてシートベルトをする。

 俺も、リリも見習う。

 振動が何度かし、地表が見えてくる。

 シャトルの燃料も少ないせいか、軽くなった機体は大気圧と偏西風に煽られ流れていく。

 雲の中を飛翔し、水分の多い空気を切り裂き、ジェット気流を生み出しながら降下地点にオートパイロットで降りていく。

 雷鳴と雷雲から遠ざかり、雲さえも豆粒に見えて来た頃。

 シャトルはギーリと呼ばれる新国家へ向かう。

 スターシアンの半数が占める法治国家。

 経済的に裕福なものが暮らす、経済国。

 貧困国で育った俺には縁遠い世界だったが、彼らは余裕の笑みを浮かべていた。

 マサヤ、君は本当に何者なんだ……。

 言える立場でもなく、俺は空港に降り立つと、マサヤからもらった偽造パスポートを手にする。

 地球へ来たい。

 その夢は叶った。

 それはいい。でも、そのあとはどうするか、まったくのノープランだった。

 リリという仲間もいる。

「少年。暇なら手伝ってくれ」

 テロ行為でごった返していた空港で、マサヤとカホさんは飛行場にあるプライベートジェット機を運搬していた。

 どうやら自前でもっているらしい。

「分かった。手伝おう、リリ」

「はい。ご主人さま」

 この調子のリリでも、一応は手伝えるか。

 にこやかな笑みを浮かべて、俺とリリもマサヤの方へと向かう。

 変な縁ができてしまったな。

 プライベートジェット機はM-29で旧型ではあるものの、信頼性と堅実性を兼ね備えた現代でも充分に通用する安心設計となっている。

 その機体のポテンシャルの高さからか、派生形の多い機体でもある。

 民間機ということもあり武装はないが、移動するだけなら問題ないだろう。

 一瞥すると、俺とリリは座席に収まる。

 移動ばかりで疲れた。

 少し眠ろう。

 ゆっくりと瞼を閉じる。

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