出会い

第4話 俺とオレとわたしの邂逅

 アンドロイドの全てが死んだスペースコロニー《トート》。

 俺はその中で宇宙港に行けるお金もなく、ただ公園でぼーっとしていた。

 母のむくろがそばに寄りかかっている。

 廃棄しなくちゃいけない。

 その言葉がじわりと涙を浮かばせる。

 そっとベンチから立ち上がると、俺は家の方角に向けて歩き出す。

「オレたちの目的はこのコロニーにある新造武器の回収だ。それを手土産にハーミットと接触する」

「分かったわ」

 俺が公園を出てすぐに若い男女のカップルが通り過ぎていく。

 青い短髪のひょろい男とスレンダーな体型の金髪を背中まで伸ばした女だ。

 二人は真剣な眼差しでどこかへ向かっていく。

「おい。九王くおう、どこに行くつもりだよ」

 いじめてくるクラスメイトたちが道に立ちはだかる。

 不安と恐怖で、身体の震えが止まらない。

「ははは。こいつ失禁したぜ?」

 ぴたりと足を止める音が聞こえる。

「お願い、やめて……」

「いいじゃんか。付き合えよ」

 俺の両脇を屈強な男が二人、取り囲む。

「まずは腹」

 リーダー格の男が飛び膝蹴りで俺の腹を蹴りつける。

「ぐっ」

 朝から何も食べていないのが功を奏した。

 腹から漏れた空気が振動する。

「もっとわめけよ。どうせ再生治療で回復すんだろ?」

「それでも痛いことには変わりないぞ。少年」

 後ろから声がかかる。

 先ほど歩いていたカップルだ。

雅也まさや……」

 女性の方が男に視線を向けている。

 男の方がマサヤというらしい。

「はん。人の島に来てお説教か?」

 いじめの主犯格がニタニタと気持ち悪い笑みを浮かべながら、近寄ってくる。

「君たちはバカなのか……」

 マサヤはがっくりと項垂れて首を振る。

「死ね」

 マサヤの視線が一気に絶対零度の視線を持ってリーダー格を射貫く。

 と同時コロニーの回転速度が遅くなる。

「時期にこのコロニーも終わりだよ」

 マサヤはそう言い、その手に拳銃を構える。

「な、そんな脅しに屈するものか!」

 リーダー格の男はぎろっとした目でマサヤをにらみ返す。

「再生医療で治るんだろ?」

 マサヤは無慈悲にも、拳銃のトリガーを引き絞る。

 たんっと乾いた銃声が木霊こだまする。

「あ、ああ……」

 いじめてきた連中、全員が怖じ気づいて逃げ出す。

「大丈夫か? 少年」

 マサヤは俺に向かって話しかけてくる。

「は、はい。なんとか」

 この人を怒らせてはいけない。

 直感でなくとも肌で感じとった。

「少年急いでいたみたいだけど?」

「俺、九王昌治まさはるです。今は母を、アンドロイドを廃棄しようと思ってました」

「敬語はやめてくれ。傷がうずく」

「はい、あ。うん」

 俺はそっとその場を離れようとする。

「よければ護衛するけど?」

 近くに倒れたリーダーの肉塊を見て、ちょっと青ざめた顔になる俺。

「まあ、良かったら」

 こんなに簡単に人を殺せるのだ。

 彼に従おう。

 俺はゆっくりと自宅へ向かう。


「ほう。これがキミの母上か」

 マサヤは俺の母を見て、こくこくと頷く。

 意外と仕草が多いな、この人。

「D109-Kか。型番は古いが丁寧な作り込みをしてある。なるほど。いい腕のメンテナンス師がいたんだね」

「そんなことまで分かるんだ」

 俺は驚き、彼らを見やる。

「雅也は特別だけどね。あたしは夏帆かほ。よろしく」

「カホさん。よろしくです」

「少年は几帳面な性格なのかね?」

 そんなことはないと思うけど……?

「そ、そうかな?」

 曖昧な笑みを浮かべて、母を抱える俺。

「手伝うよ。搬入には車も必要かな? 軍用車ならECM強度も高いだろう」

「EC……?」

「電磁的な防御壁かな。プロテクトって言えば分かる?」

 俺が困っていると、カホさんが解説してくれる。

「なんとなくは……」

 専門は生物工学なので、電子系はあまり得意ではない。

 彼らが得意としている分野なのかもしれない。

「さ。あと二分で着くよ」

 にこりを笑みを零すマサヤ。

 そこに一点の曇りも見えないことから、自分のしていることが善意だと信じているのかもしれない。

 いや、軍用車両を持ち出す時点で、おかしいとは思うけど……。

「それよりも、今のうちに着替えてきなよ」

「そう、だね」

 漏らしたことをこのままにするのは良くないな。

 俺はそう判断し、自室で着替える。

「やっぱり、テロなのね」

「ああ。ここを見ろ。K-ROMロムに焼き切れた跡がある」

「本当だ。強力な電磁場で無理やりに電磁誘導を起こしたわけね」

「ああ。これなら間に絶縁体を挟むことで防御可能だな」

 何やらドア越しに聞き慣れない言葉が聞こえてくるけど。

「終わったよ」

 俺は苦笑を浮かべて部屋から出る。

「お。いいぞ。かっこいいね」

 ひゅーっと口笛を吹くマサヤ。

「軍用車も今来たわ」

「ありがとう」

 俺は素直に感謝を述べると、二人は呆然としていて。

 そして吹き出す。

「あたしらに感謝?」

「オレらのこと、信じているのかよ!」

 ケラケラと笑われて、お礼を言ったのがバカバカしくなった。

 どうせ独り身だ。

「笑いたいなら笑え」

 ぶっきら棒に言うと母を担ぎ上げる。

 全身が金属とゴムと樹脂でできている身体はそう軽くはない。

 人間のインターフェイスとは違い、外部から情報を取り込むことでその大部分の機能を補い軽量化を実現している。そんな博士の言葉を思い出した。

 軍用車両に母を乗せると、運転席に身を滑らせる。

「少年は母上を見ていろ」

 そう言ってマサヤは目を輝かせて、軍用車両にアクセスする。

 電気的なことは分からずとも、不正アクセスをしているのは分かった。

「エラーコード。これならどうだ」

 マサヤは独りごちる。

「ここの近くに廃棄場があると聞いたけど?」

「カホさんの言う通りだよ。あっちだ」

 俺が指さすと、そちらを見やるカホさん。

「分かったわ。マサヤ、VL18に向けて頂戴」

「あいよ。オレらの目的地と一致するな」

 嬉々として高らかに声を上げるマサヤ。

「そんじゃ、行くよ。少年」

「うん」

 俺の意思はあまり配慮されていない気もするけど……。

 まあ、こんな街すぐにでも出てってやる。

 この不快な湿り気を帯びたコロニーなんて。

 どこか地球の湿地帯に似た雰囲気を持っている。

 じわりと滲む脂汗を袖で拭い、正面に視線を泳がせる。

 廃棄場が見えてくる。他にもいくつかのが運びこまれ、IDナンバーを確認している。

 俺の母も同じように廃棄する……と。

「捕まえた!」

 マサヤが廃棄場で動くアンドロイドを見つけ、縄で縛っている。

「おい! 何をしている!」

 俺は本気で怒り、拳銃を持っていることさえも忘れる。

「いいだろ。別に」

 まったく悪びれた様子もないマサヤ。

「俺はアンドロイドに助けられてきたんだ。今更見捨てることなんてできない」

「へいへい。真面目なお坊ちゃんはこれだから」

 マサヤはやれやれと言いたげに肩をすくめる。

「というか、そいつIPUVが欠損している」

「つまり?」

「八歳児なみの知能ってこった」

 黒髪を肩口で切りそろえ、少し細目の瞳に俺を映す。

「関係ないだろ。それでも俺たちの道具なんかじゃない」

「ほう。マザーシップってわけだ」

 そんなんじゃない。

「奴らと一緒にするな」

「そうかい。なら好きにするがいいさ」

 マサヤは唐突にアンドロイドを解放する。

「キミ、名前は?」

 俺はアンドロイドに対して訊ねる。

「名前は、ありません……」

「そうか。じゃあ、これからは〝リリ〟だ」

「り、り……?」

 アンドロイド改めリリはじわりと涙を流したように見えた。

「ありがとうございます」

「これじゃ、データはとれないな……」

 ブツブツと呪詛を口にしているマサヤ。

「ま仲良くやろうじゃない」

 カホさんがそう言うと、マサヤも仕方がないようで、頭をガシガシと掻いたあと、肯定する。

「了解だ。それで、少年はどこに向かう?」


「地球」

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