第3話 孤独なAI

 わたしは他のAIと違うらしい。

 そう自覚したのは工場で武器生産の技術協力をしてした時だった。

 他の個体と違い、わたしには何か重大なものが欠けていると思った。

 そのことがご主人様は気に入らなかったらしく、わたしは廃棄ユニットとしてこの墓場に捨てられた。

 使えなくなったもの、壊れたもの。

 様々な思念が集まる中で、わたしだけが元気に動き回っている。

 ゴミ捨て場のゴミをかき集め、ジャンク屋に売りつける毎日。

 それでもわたしは生きているのだから幸せなのかもしれない。

 大統領がどうとか、百年後の世界がどうとか、そんな話とはほど遠い日銭を稼ぐ毎日。

 明日のオイルよりも今日の電源。

 それがわたしに残された手段だった。

 生きるための。

 AIはよく心のないただのお人形と言われるらしい。

 でもわたしはそうは思わない。

 こんなにもむなしくも、生きている。

 そう思えるからだ。

 ロボットといえど、わたしは思考を巡らせている。

 人間だってそうじゃないか。

 生きるために働き、思考を巡らせて。

 どうしてわたしだけが、こんなに苦労するのだろう。

 わたしを作ったいわゆる両親は何を思って作ったのか。

 こんなことなら産まれなければ良かった。

 産まれた瞬間に手綱を握り、みんなのために生きなくちゃならない。


 ゴミ捨て場には様々なものが集まる。

 そこには赤子が捨てられていた。

 恐らくは子を身ごもってしまった女性が育てきれずに捨てたのだろう。

 それから、わたしの中の何かが変わった。

 この子を育てよう――。

 そう思い、その日からより一層、日銭を稼ぐため、朝から晩までゴミを漁る。

 売った廃材で、ミルクを買い哺乳瓶に入れて赤子に与える。

 わたしは壊れているらしい。

 それでも、この子は育てたいと思った。

 このスペースコロニー《トート》では完全なる自由はない。

 誰もがみな幸福に生きられるわけじゃない。

 煤けた背中を赤子に見せて、わたしは今日も廃材を探す。


 赤子が死んだ。

 哺乳瓶を口に押し当てても、吸わなくなった。

 なんで死んだのか、わたしには分からない。

 また哺乳瓶を当てる。

 いつになったら吸ってくれるのか、わたしはその子を見捨てることができなかった。

 まだ死んでいない。

 そう思いたかった。

 わたしの少ない知性では、この子を救えないのかな。

 言葉に詰まり、どうしていいのか分からずに赤子を抱きしめる。

 熱感知センサーによる感知が難しくなってきた。

 徐々に外気温と同じ温度へ下がっていく赤子。

 サーモグラフィによる撮影が難しくなってきた。

 可視光線に切り替えると、赤子は生きているように思えた。

 名前は決めていた。

 愛華あいか

 女の子らしく愛の華を咲かせる、そんな意味を込めて。

 瓦礫の山の端にある小さな公園。

 そこに愛華を葬った。

 行政局の人がわらわらと集まりだし、わたしへ奇異の目を向けてくる。

「やっぱりアンドロイドなんて作るべきじゃなかったんだ」

 わたしにはその言葉の意味を理解することができない。

「まさか、赤ちゃんを殺すとはね」

 分からない。

「こんな欠陥品、さっさと処分しようぜ」

 なんで?

「待て。こいつからはたっぷりデータを盗む」

 そう言って中心人物らしい男が前に出る。

 わたしはこうしてスペースコロニー《トート》の行政局の地下牢へと運ばれていった。

 もう日銭を稼ぐ必要がないと思うと、少し安堵した。

 でもなんでわたしは生きているのだろう。

 辛い思いをたくさんしてきた。

 それでも涙は溢れてこない。

 ロボットだからか。あるいはわたしの感情がないからか。

 わたしはどうしたいのだろう。

 冷静な自分がいる。

 このまま、ここで骨を埋めるのかもしれない。

 地下牢は堅牢なところだった。

 武器製造の技術データしかないわたしには金属を見極めることくらいしかできない。

 だから、この牢屋から突破する方法なんてない。

 これが攻撃用アンドロイドなら、手首から超振動ナイフや無反動砲を使えたのかもしれない。

 毎日の電力供給に、メンテナンス。

 わたしのデータが貴重らしく、行政局の連中は嬉々としてコピーしていった。

「お前さん。なんでこんなところにいるだ?」

 隣の牢に入っている年配の方が話しかけてきた。

「わたしは欠陥品なんです」

 それだけ応えると、彼は鼻を鳴らす。

「はん。アンドロイドってのは意外と感傷的なんだな」

「はい。そうかもしれません」

 肯定する言葉しかでてこなかった。

「おいおい。本気でそう思っているのかよ……」

 彼は困ったように頬を掻く。

「あなたは?」

 わたしは彼に尋ねてみた。

「おれ……? おれはまあ反政府組織に所属していたから」

 聞いたことがあっても事実としてあるとは認識していなかった。

 わたしは小さく頷くと、彼は布団を被る。

「もう寝るぞ」

「はい」


 翌日になり、わたしは周囲に目をくべらせる。

 ECMが高い。

 超高密度の電磁波障害が観測された。

 あるいは、それが原因でわたしは壊れてしまったのか、熱センサー、カメラ、起動プログラムにエラーが見える。

 視界に映る全てが敵勢力に見える。

「おい。どうした?」

 隣人がそう訊ねてくると、わたしはどう応えていいのか、返答に戸惑う。

「分かりません。ただエラーが生じています」

「エラー?」

「ECMのオーバーロードが発生しました。全機械への障害です」

「全機械?」

「はい」

 恐らくはこのスペースコロニー《トート》における対規模な電磁波を感知したせいだろう。

「ほう」

 彼はオートロックされた牢屋のドアを軋ませる。

 牢屋はすんなりと開いた。

「逃げるぞ」

 彼はわたしを抱きしめて、牢屋から飛び出す。

 わたしは逃げる考えがなかった。

 あるいはそれがわたしに与えられた命令だったのかもしれない。

「ご、しゅ、じんさま……?」

「ああ。おれがご主人でもいい。行くぞ」

 彼は優しかった。強かった。

 牢屋を出て周囲を見やると、そこには武器工場の施設が見える。

 作りかけの武器も、工場がストップしたことで生産中止となっているらしい。

 この様子だと過剰な電磁波により、データも壊れてしまったのだろう。

 復旧のめどはたっていない。

 それだけを解析すると、わたしと彼は地上に出た。

「逃がすか!」

 遠くで声が聞こえる。

 あの行政局の人間だろう。

「行政局がきます」

 わたしは彼に警告する。

「あれは行政局なんかじゃない。環境活動家だ!」

「そうなんですか?」

「くそ。センサーが壊れているのか……!」

 たんっ。

 発砲音とともに、彼の脇腹に血が滲む。

 たんっとまた音が鳴り響く。

「よっしゃ。逆賊は殺した」

 環境活動家と言われた女は拳銃を片手に、こちらに駆け寄ってくる。

「こいつにはやってもらいたいことがあるんだよ。悪く思うな」

 彼の身体を蹴り、何やら胸ポケットなどを探る女。

 わたしはどうして生きているのだろう。

『スペースコロニー《トート》における大規模なテロ行為を観測しました。どなたも家から出ないよう、務めてください。繰り返します――』

 アナウンスが流れ、この事態の大まかな事件をなんとなく理解した。

 わたしは壊れてしまったらしい。

「ち。壊れている。でも、直せばデータはとれるよね」

 女はわたしに近寄ると、無造作に手を引っ張り出す。

 彼は、ご主人様は、どうして死んでしまったのだろう。

 そればかりに目が行く。

 わたしはスペースコロニー《トート》の工場プラントに運ばれると、修理を受けていた。

 データの一部は壊れていたものの、彼女らにとっては重要なものだったらしい。

 そんなこと、わたしは知らない。

 知らない。

 シラナイ。

 データがどう扱われようともどうでも良かった


 ただわたしは一人じゃないと分からせてくれれば良かった。

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