第2話 オレが神だ。

 オレが神だ。


 ダラスでUFOの目撃情報あり。地球環境保全課軍務に支障あり。モラリアで金融市場の下落。京都でAI促進法案の改革。スペースコロニー《トート》にて電磁場共振破壊によるテロ行為。ソウルでスターシアンの排斥デモ。コラッツ予想の解析年内にも終了。

「嫌なニュースばかりだね」

 オレはそういい、角砂糖をコーヒーに落とす。コーヒーの水面に角砂糖が浮かぶ。これ以上溶けないらしい。

 でもこれくらい甘くないと飲めない。

 隣で塩をコーヒーに投入する少女がいる。

雅也まさや。そのUFOの目撃情報って?」

「ああ。恐らく軍関係の新型だな。民間人にはUFOと伝えることが多いからな。夏帆かほ、そっちはどうだ?」

 キーボードを打鍵するオレと夏帆。

 それぞれ三つあるモニターに株価やハッキングした情報、世界各国のニュースが流れている。

 それぞれの言語がAIによって日本語に翻訳されていく。

 甘ったるくなったコーヒーをすすり、銀行のお金の流れをいじる。

 その金でオレたちは生活できている。

 わずかな金額ならバレることもない。それに仮想通貨もある。

 安泰だな。

 するとモニターにたくさんのエラーメッセージが届く。

「なんだ?」

 施設内に響き渡る警戒音アラート

 赤い光が施設内を照らし出し、危機感を煽る。

 コンピュータのモニターにいくつものアラートが浮かび上がる。

 三つあるモニターが明滅する。

「くそ。この施設を放棄する。夏帆!」

「あいよ」

 すぐさま、ノートパソコンを鞄に入れて、裏口から逃げ出す。

 周囲に視線をくべらせると、そこには安総あんそうが集まっていた。

「このままじゃ、追い込まれる」

「まかせて」

 夏帆が携帯端末を操作し、安総のパトカーをハッキング。自動運転を起動させる。

 狂ったパトカーがサイレンを鳴らし、蹴散らしていく。

 規定された雨粒の落ちる中、オレはスペースシャトルに向かう。

 スペースコロニー《シヴァ》、その宇宙港にオレと夏帆は向かう。

「地球へ向かう」

「雅也。本気?」

「ああ」

 こくりと力強く頷くと、スペースシャトルは動きだす。

 宇宙。

 広大無辺な闇がそこには広がっていた。

 空気もなく、外に出ればゼロ気圧の洗礼を受ける、過酷な環境。

 それでも人はそこでの暮らしを可能としていた。

 太陽から受ける太陽風は防眩フィルター越しでも、燦々と輝き世界を照らしていた。

 スペースコロニーを、地球を、月をも照らす暴力的なまでの核融合炉。

 人は太陽パネルによりそのエネルギーを自身の欲望と、文明に使っていた。

 宇宙服に着替えたオレたちはシートにゆっくりと横たわる。

「さてと。オレたちは地球のアライドウへ向かう」

「アライドウ? 確か地球の環境活動家の一派がいるところよね?」

「ああ。彼らにリークする。打倒ハンソンだ」

 ハンソン=ハリホード。

 世界統一機関の現政権である彼を叩かない限り、この世界に安定は訪れない。

 今の政権では、数年後の未来すら怪しい。

 世界は混沌としている。

 格差是正を行わずにスターシアンに配慮した条約の制定。AIへの人権確保など、様々な政策を打ち出しているが、それも弱者を助けることにはならない。

 オレがこの世界の神になる。

 それがいい。それでいい。

 地球へ降りたら、環境活動家の一派を頼り、反政府政権に力を貸す。

 そのための手はずも整えている。

 スペースシャトルが航行をし、宇宙の闇を切り裂いていく中、ランデブーポイントへ向かう。

『A171便にご乗車頂きまことにありがとうございます』

 艦内放送が流れ、オレと夏帆は顔を見合わせる。

 スペースシャトルの後方で物音がした。

 それが呼び水だった。

 流れ込んできた安総の私兵たち。

 拳銃を構え、銃弾を放ってくる。

 オレと夏帆は前方にあるエアロックから予定ポイントに向けて身体を流す。

「警告もなしに発砲か。どれほど腐っているんだ」

『ねぇ。本当に来るのかな?』

 夏帆が心配そうな顔をこちらに向けてくる。

「大丈夫だ。X901便がこのルートを通る。そしてスペースコロニー《トート》へ向かう」

『え? 地球に行くんじゃ……?』

「そのあとに行くんだよ。このままじゃ、二人とも銃殺刑だ」

『そ、そんな……!』

 空気のない宇宙空間において、空気が振動することで伝わる音はない。

 だが宇宙服に内臓された無線機は通じる。

 その際、暗号電文化しているので、他の者に聞こえる心配はない。


 三十分後、X901便のスペースシャトルが近くを航行する。

 宇宙服に搭載されたバーニアを起動させて、スペースシャトルにとりつく。

 あとは貨物室に閉じこもり、やり過ごす。

「スペースコロニー《トート》では大規模なテロリズムがあったらしい。ハーミットからも連絡がきた」

「そう、雅也が言うなら間違いないね」

 夏帆は嬉しそうに目を細める。

「それにしても、寒いね」

「ああ。貨物室に熱を送る理由はないからな」

 携帯端末を開き、ネットワークにアクセス。

 貨物室の設定温度を変える。

「ふふ。さすが雅也ね。優しい」

「オレは神だからな」

『X901便はまもなくスペースコロニー《トート》へ到着いたします。今後もご愛好のほど、よろしくお願いします』

 その案内を聞き、オレと夏帆は貨物室からこっそりと抜け出す。

 宇宙に飛び出すと、目の前に大きな建物が映る。

 全長30キロメートル。

 大型のミラーユニットと、回転運動を続ける重力ユニットからなるスペースコロニー。

 その内部には数十万人の人がつめている。

 人はそこで子を産み、一生を終えることも多い。

 今の時代ならなんら珍しいことではない。

「さ。行くぞ」

『はい』

 二つの陰がスペースコロニー《トート》の港口、搬入ブロックの奥へと消えていく。

 しかしまあ、軍事要塞である《トート》で大規模なテロを行う連中がいるとはな。

 口の端をつり上げ、オレはコロニー内部にある重要アクセス件を入手する。

 これにより完全監視体制であるコロニーを我が物顔で闊歩することができる。


 夏帆とオレは宇宙服を脱ぎ、住居ブロックへ移動する。

「これからどうするの?」

 夏帆の疑問はごもっともだ。

「まずは居住許可証を偽造する。そのためには実際に暮らしている人を訪ねるべきだろう」

「そっか。でも、偽造なんてできるの?」

「オレを誰だと思っている」

「ごめん。そうだね」

 夏帆は苦笑いを浮かべる。

「オレがこの腐った世界を変えるんだ」

「うん。あたしも変えたいと思う」

「だろ。まずは協力者捜しだ。ここにはハーミットの仲間もいるらしい」

「そのハーミットって女性?」

 夏帆は不安そうに視線をよこす。

「知らん。メールでのやりとりにとどまっているからな」

「そうなんだ……」

 嫉妬を見せる夏帆だが、オレとは幼馴染み。まるで兄妹のような関係だ。

 今更、恋愛に発展することもないだろう。

 オレは知らぬ存ぜぬを顔に浮かべて、外壁ブロックから内部へ侵入する。

「ここがスペースコロニー《トート》」

「閑散としているね」

「ああ。大規模テロ行為があったせいだろう。ほとんどの住民は各コロニーや地球に逃げているって話だ」

「そう。でもアンドロイドなしでは生活もままならないじゃない?」

 オレはこくりと頷き、携帯端末を見る。

「アンドロイドは人間が不可能な丸一日の仕事量をしたり、家庭における家事代行を行ったりしている。今の世の中じゃ、ありえないほど便利だからな」

「雅也も愛玩アンドロイドが欲しいんじゃない?」

 意地の悪い笑みを浮かべて夏帆が言う。

「馬鹿にするな。オレは神だぞ?」

「……そう」

 胡乱げな表情を見せる夏帆。

 オレたちは《トート》の居住ブロックを散策することにした。

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