ロボ愛好家の俺と世界掌握系ハッカーと宇宙《そら》

夕日ゆうや

プロローグ

第1話 機械の終わるとき

「ボク、精子って好きなんですよね」

 そう言って彼女は後ろにあるスクリーンに研究データを表示させる。

「卵子も好きですよ」

 テロメアのメカニズムが表示されると沸き立つ声援。

「もちろん、減数分裂の話です」

 彼女がそう告げると、会場が笑いに包まれる。

「これはオートファージのサーチェイン遺伝子です。ここに我々は注目しました」

 いくつかの過程プロセスを紹介するといよいよ本格的な長寿不老の話を始める富士農ふじのう夏美なつみ

「これにより、肉体の活性化が行われ、我々は二百年近い長寿と不老の力を得られます。これもひとえにDNA解析と細胞変異の研究成果です!」

 ゲノム編集の映像データが会場に流れ、皆息を呑む。

「ボク、富士農は、星を守る者――スタープロテクトの実行を開始したいと思います!」

 全世界へ向けられた新たな遺伝子改変、ゲノム編集の全てを明かすことになった。

 それにより世界には不老長寿の遺伝子を持つ者――スターシアンが生まれることとなった。

 それが十七年前、ちょうど俺が生まれる前年の出来事であった。


 俺、九王くおう昌治まさはるはいつも通り高校へと足を運ぶのであった。

 ノーマリアンである俺には父・貞志さだしとDNA配列パターンをコピーしたアンドロイドロボットの母・晴海はるみと暮らしていた。

 俺はいつも通り、弁当を持って学校へ向かっていた。

 微風を感じ取りながら、坂道を歩く。

「や! まさはるっ!」

 声をかけてきたのは一条いちじょうしずく

 俺の昔からの友達で腐れ縁だ。一般的に言う幼馴染みである。

 金色のロングヘアーに、黄土色の吸い込まれるような瞳。

 端正な顔立ち。

 無邪気そうな笑みに、人なつっこい性格。

 おしゃべりで、余計なことも言ってしまう慌てん坊。

 無口な俺とは正反対にいるような女の子だ。

「今日も元気ないなー?」

「まあ……」

「あれあれ。照れる?」

「ちがう」

「あははは。いいと思うよ。まさはるのそういうところ!」

 何が可笑しいのか、分からないのだが。

「今日は転校生が来るって話だよ?」

「そうか」

「興味なさそう……! ビッグニュースなのに!?」

 何が面白いのか、ワクワクした様子の雫。

 隣でスキップを踏むその姿は可愛らしい。

「もう。いつも通りだね。まさはるぅ」

「……そうだな」

「もうお姉さん心配になっちゃうぞ!」

「わるぃ」

「いや、もっと話そうよ。そこで閉めない閉めない!」

「……何を話せばいいんだ?」

「え。そ、そう言われても……?」

 戸惑った様子を見せる雫。

 落ち着いた様子を見せる俺とは対極に動揺する雫。

「あー。またいちゃついているよ」

「知っている。あのマザコン男だろ?」

「父ちゃん言っていたけど、ロボットは人の仕事を奪う悪だって」

「酷いよね。ぼくらの仕事がなくなってもいいって思っているんだから」

 遠巻きから観察されるのは気分が悪い。

 同じ制服を着こなす連中が俺と、俺の大切な人を否定している。

「お前ら、言いたい放題言って!」

 雫は怒ったように周囲の人を蹴散らしていく。

「もう、あんなに怒ってはいけないからね。まさはるっ」

「いや、俺は何も……」

 むしろ怒っていたのは雫だったような?

 ちょっと怒りを覚えていたのは事実だが。

「さ。いこ」

「ああ……」

 教室にたどり着くと、窓際にいた子と目が合う。

「おはよん。九王くん。雫ちゃん」

 浅井あさい夏帆かほ

 茶髪を肩口で切りそろえている少女。

 翠色のくりくりとした瞳を輝かせてこちらを見やる。

「おはよん。夏帆ちゃん」

「おはよう……」

 俺が小さく挨拶をすると浅井の後ろの席に座る。

「おいおい。暗いぞー」

「やめてあげなよ。雫ちゃん」

「いいのよ。こうでも言わないとますます暗くなるんだから」

「そんなもんかね~?」

 雫と浅井が仲良く話しているのを聞きながら、俺は英単語を勉強する。


『鏡面振動波。900Hzヘルツ


 先生がとある少女を連れて教室にはいってくる。

「今日は転校生が来た。みんな座れ! 落ち着け」

 柔らかなふんわりとした栗色の髪を持つ少女。

 目は蒼く、輝いている。

 胸は高校生にして大きく、男子生徒は興奮した顔で騒ぎ始める。

 身体のラインがあまり出ない制服でも協調されてしまうお胸とお尻。

 完璧なプロポーションを持つ彼女は男子生徒には受けがいい。

 ちなみに制服は前の学校らしく、ちょっと色合いや着こなしが違う。


『太陽風到達まで19秒。電磁流体〝ハーミット〟起動』


 騒ぎ出す生徒を前に先生が一掃する。

「お前ら! 停学にするぞ!」

 それで静まる生徒たち。

「ほれ。自己紹介しろ」

 先生は苛立った様子を見せつつも、転校生に優しく声をかける。

「は、はい! 私、実沢さねざわあおいです。よろしくお願いします」

 ペコリと頭を下げる実沢。

 俺の方を見てちろっと舌を出してみせる実沢。

 なんでそんな行動に出たのか分からずに警戒心を強める俺。

 俺の前まで来ると、実沢は頭を下げる。

「ごめんなさい!!」

「え。お、俺?」

 困惑すると、周囲の男どもが騒ぎ出す。

「ええ! なんで九王に!?」

「ごめんなさいって言った? 九王フラれてやんの!!」

「受ける~。だからバカにされるんだよ」

「あっはは。これは傑作だ。女殺しの九王がフラれてやんの!」

「え。あ、ち、違うんです。これは……!」

 実沢は回りの声を聞いて自分の行動をかえりみた。


『太陽風到達。電磁波、発生』

『よし、うまくいったな。我らに宇宙の加護を』

『これでアンドロイドとおさらばできるわけだ!』

『落ちろ。人類の反逆者どもめ』

『人類は機械ごときに負けないんだよ!』


「さて。このスペースコロニーは、筒状のコアを持ち、それを回転させることで、擬似的な重力を生み出している――」

 退屈な授業を受けながらも、俺は電子ノートをとる。

 一番後ろに座った実沢がこちらをたまに見てくる。

 なんなんだ。あの子……。

 不思議ちゃんか?


 ぶんっという電子音が聞こえる。

「なんだ?」

 先生がタッチモニターを見て困惑する。

 ブラックアウトし、全てのモニターがダウンする。

 それはもちろん、手元にある電子ノートも同様だ。

「何? 何が起きたの?」

「ハーミット」

 そう呟く実沢の声はすぐに聞こえなくなる。

 生徒たちのざわめきによって。

 スマホ、タブレット、携帯端末の全てがダウンし、他にも量子コンピュータまでもが機能を停止する。

「何だ? 何が起こっている?」

 男子生徒の一人、一ノいちのせが困惑した様子で声を荒げる。

「お前らはそのまま待機だ。先生が様子を見てくる」

 嫌な予感がする。

 すべての電子機器が壊れたのだ。

 それは恐らくアンドロイドである――母にも。

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