4. 広がる世界
普段より早めに起きて、洗面台へ向かった。昨日買ったコンタクトを恐る恐る手に取る。思っていた以上に長い時間格闘してしまったけれど、無事つけ終わって辺りを見回してみた。
眼鏡をかけていた時と視界は同じはずなのに、世界が変わったようだった。心なしか身軽になった気もする。
そのままどこかふわふわとした気持ちで大学まで行くと、視線が勝手に京華ちゃんの姿を探してしまった。けれど、いつも一緒にいる京華ちゃんの友達三人は見かけても、京華ちゃんの姿はどこにも見当たらない。
そうこうしているうちに先生が話し始めて、それと同時に扉が開く音がした。入ってきたのは京華ちゃんで、講義室の前扉から足早に後ろの方の席へ向かっていく。
講義が始まる前に会えず、ほっとしたような残念なような不思議な気持ちになった。早く会って見てもらいたいという気持ちと、恥ずかしくて見られたくないという矛盾した気持ちがあったから。
後ろにいる京華ちゃんを意識してしまいそうになるのを切り替えて講義へ集中する。自分が学びたくて学部を決めたのだから他に気になることがあったとしても絶対に中途半端なことはしたくない。
きっかり九十分後、先生が退室してほっと息をついていたら京華ちゃんの方から話しかけにきてくれた。
「茉莉」
ドキドキしつつ京華ちゃんの方を向くと、
「あれ、コンタクトにしてるじゃん。やっぱ可愛い」
すぐに気づいて期待していた以上の言葉をくれる。私が照れていると、京華ちゃんの友達三人も口々に声をかけてくれた。嬉しいけれど、一気に注目されたことで一瞬にして緊張が高まってしまう。
私があたふたしていると、ハーフツインで一番身長の低い子が京華ちゃんを見て悪戯っぽく笑った。
「きょうかっち言ってたもんね、まつりんコンタクトにしたら絶対もっと可愛くなるって」
その言葉に、長い髪を少しだけ明るく染めた大人っぽい子が呆れたように続ける。
「それに京華、全然私達に幡羅さん紹介してくれなかったんだよ。私達も話したいって言っても頑なに拒否してさ」
「うちらだって気になってたのにねー」
その場にいる全員の視線が京華ちゃんに向けられる。京華ちゃんは盛大なため息を吐いた。
「何でそこまで言うかなー……取り敢えず、三人はもう茉莉の名前知ってるし、茉莉に三人のこと紹介するね。一番右にいるのが綾。真ん中が瑠璃。その左が真子」
大人っぽい子が綾さん、ハーフツインの子が瑠璃さん、もう一人のしっかり者そうな子が真子さんだった。
京華ちゃんに紹介されると、みんなそれぞれ『よろしく』と親しげに話しかけてくれた。緊張していたけれど、三人とも優しそうで少しだけ安心する。
「よ、よろしくお願いします……」
固い動きでお辞儀をする私に真子さんが苦笑しながら言った。
「もっとフランクで良いんだよ、同じ学年で同じ学部なんだから」
「そうそう。うちらもっと、まつりんと仲良くなりたいしー」
「まつりん……?」
さらっと発せられた瑠璃さんの私への呼び名に首を傾げた。京華ちゃんのことにばかり気をとられていたけれど、そういえばさっきも呼んでくれていた気がする。
「瑠璃はね、あだ名つけるのが好きらしくて、私達も会って名前が分かった途端にあだ名で呼ばれたんだよ」
「そうだったんですね……」
綾さんが教えてくれて、瑠璃さんはそれに付け加えるように言った。
「因みに、あやや、まこまこ、きょうかっちってそれぞれ呼んでるよー」
そこで一旦静かになり、全員が再び京華ちゃんへ視線を向ける。さっきから京華ちゃんは、何故か不貞腐れた様子で腕組みをしていた。
「京華、私達が幡羅さんに色々バラしたから拗ねてるの?」
「……別に。元々茉莉にはみんな紹介しようと思ってたし」
一呼吸間を置いてから京華ちゃんは立ち上がると、私の目の前まで来て言った。
「そんなことより茉莉、今度二人でデートしようよ」
「で、デート……!?」
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