5. 休日の二人
今日は京華ちゃんとの約束の日。十分前に待ち合わせ場所につき、深呼吸する。
あの後、驚いて固まってしまった私に、二人で出かけるだけでもデートと表現する場合もあるのだと真子さんが教えてくれた。それでも、大学以外の場所で京華ちゃんと会うのはやっぱり緊張してしまう。
約束の時間の丁度五分前。京華ちゃんは私を見つけると小走りで駆けてくる。
「ごめん、待った?」
「ううん、私も今来たところだよ」
「なら良かった。……じゃ、行こっか」
そう言うなり、私の手首を掴むと歩き出した。
京華ちゃんは普段と同じく今日も黒色を格好良く着こなしている。恐らく私と同じぐらいの背丈だけど、いつもブーツを履いていて、スニーカーの私からは少し背が高く見える。
そんなオシャレな京華ちゃんに対し、私は自分が持っているものの中では一番よそ行きの格好なのだけれど、それでも地味だった。どう考えても私が横を歩いているのは不釣り合いだ。
心の中でため息をついてから、そっと隣を見た。
京華ちゃんは普段から大学でもいつもみんなの中心にいて、自然と誰かの目を惹くような人だ。それでも今隣を歩く京華ちゃんの横顔は、いつもよりも特別綺麗で格好良くて見えて、目が離せない。
京華ちゃんに手をひかれるまま歩いて行くと、手頃な値段でナチュラルな可愛さが売りの人気ブランドのお店に着いた。京華ちゃんは私の手を離さないまま、そのおしゃれな店に迷いなく入っていく。どこに行くのか聞いていなかったけど、どうやらここが目的地だったみたいだ。
見たところ、京華ちゃんの趣味でも無さそうだけど……何故ここに来たのだろう。不思議に思いながら、何やら真剣な表情を浮かべて服を吟味している京華ちゃんについていく。
「うーん、これとこれ。後……これも良いな」
呟きながら何着か持つと、それを私にぱっと差し出した。
「これ、茉莉に絶対似合うからさ、試着してみてよ」
改めて京華ちゃんの手にある数着の服を見て、思わず全力で首を振ってしまう。
「私にはこういう服絶対似合わないし、ハードル高いよ……」
「なんで決めつけるの?着てみないと分かんないじゃん。ってか、私が着てみてほしいから、ほら」
尻込みする私を、京華ちゃんは強引に試着室へと押した。有無を言わさない勢いで、私は気乗りしないまま京華ちゃんの選んでくれた服に袖を通す。
一着目は、花柄の上品なワンピース。これだけ華やかなものは今まで一度も来たことがない。恐る恐る身体を通すと、少しの心許なさと不思議な開放感があった。
試着室のカーテンを少しだけ開け、顔だけ出して京華ちゃんがいるか確認する。すると、すぐに京華ちゃんの手が伸びてきてカーテンを全開にした。
「あっ……」
隠れるスペースもなく、恥ずかしさで背を向けると京華ちゃんは私の両肩に手を置き、自信たっぷりに言う。
「ほら、やっぱり可愛いじゃん」
背けていた目線を前に向けると、鏡の存在を忘れていたことに気がついた。鏡に映った私を、京華ちゃんが見つめている。逃げたいような、そのまま見つめ続けてほしいような、矛盾した気持ちが渦巻いた。
「あと、これが足りない」
京華ちゃんはそう言うと、ポーチからリップを取り出し顔を近づけてくる。片手で私の頬に触れると視線は口元に向けられ、スムーズな動作で私に薄赤色を塗った。
「うん、良い感じ」
満足そうに頷くと、再び鏡に映った私を見る。その視線に、私は自分の見た目の変化に気が回らないほどドキドキしてしまっていた。普段なら絶対着ない服、京華ちゃんのリップ、どちらも京華ちゃんが選んでくれたものだ。そして、それを身につける私だけを京華ちゃんは瞳に映している。
意識したら頭が沸騰しそうになり、何故だか暑くなってきた。何も考えられずぼーっとしていると、京華ちゃんの声で我に返る。
「ちゃんと見て茉莉、可愛いでしょ?」
言われるまま鏡に映った自分の方へ視線を移すと、まるで別人が立っているようだった。
「これ……私……?」
「茉莉だよ。茉莉は自分を過小評価し過ぎ。色白で、触りたくなるぐらい肌もちもちしてるし、顔も可愛いんだから」
京華ちゃんの人差し指が私の頬をむにむにと軽く押す。
「ほんと、餅みたい」
京華ちゃんの気が済むまで頬を触られた後、他の二着も試着し、結局全部買うことになってレジで会計を済ませた。
京華ちゃんは何故かそうできるよう店員さんに頼んで、私は店を出た後も買ったばかりのワンピースを着ている。
歩きながらちらっと隣を見ると、京華ちゃんは満足そうな笑みを浮かべていた。私が着る服を買ったのに、何故か京華ちゃんの方が嬉しそうだ。
しばらく他の店を見て回って、カフェで甘い物を食べてから解散することになった。注文したものを待ちながら、ふと気になって尋ねてみる。
「……京華ちゃんは、どうして私にここまでしてくれるの?」
最初に話しかけてくれた時もそうだった。ただ隣に座っただけだったのに話しかけてくれて、心の中に踏み込んできてくれた。
私の問いに、京華ちゃんは一瞬遠くを見るようにどこかへ視線を向ける。その表情は今までに見たことのないもので胸がざわめいた。
「なんでだろ、放っておけないから……かな」
分け隔てなく人と接しているように見えて、京華ちゃんには他人をそれ以上踏み込ませない壁みたいものがある。あの真子さん達といる時ですら。たった今それを顕著に感じて、私はそれ以上何も言うことが出来なかった。
綺麗な花には毒がある 星乃 @0817hosihosi
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