3. きっかけ

 最初の講義は説明で終わることが多く、少し心に余裕が出てきた頃。そんな中さっきの先生は突然難しいテーマに対する意見をランダムに指名して聞いていった。私の学籍番号も呼ばれたのだけれど、本当は答えられたのに「分かりません」としか言えなかった。

 答えることよりも注目されていることや自分の意見に自信がなくて、間違っているかもしれないという不安が勝ってしまったから。

 大学生になったら変わろうと思っていたのに、相変わらず臆病な自分に嫌気が差す。

 心の中でため息をついていたら、隣に座っていた京華ちゃんに突然問いかけられる。


「さっきさ、茉莉分からないって言ってたけど本当は何か答えられたんでしょ?」


「……うん」


「言えば良いのに。もったいないじゃん、せっかく自分の考えがあるのに出さないなんて」


「でも……怖くて」


 顔を見られたくなくて、極限までうつむく。京華ちゃんには、こんな自分を知られたくなかった。京華ちゃんみたいな人からしたら、こんな私なんて嫌う要素しかないだろう。

 陰鬱な気持ちを抱えたままでいると、京華ちゃんから予想外な言葉が飛び出す。


「ま、良いんじゃない。強制されるもんでもないし、どう答えたって自由だから。ただ私は、せっかくすごいことなのにもったいないなーって思ったんだよね」


「すごいこと……?」


「本当に何も想い浮かばない私からしたら、何も出てこなくて『分かりません』って普通だからさ……まあ私は半分寝てたんだけど。とにかく、ちゃんと自分の意見があるって、それだけですごいことだと思う」


 頭の中に京華ちゃんの言葉が新鮮に響く。


「それに、間違ったこととか変なこと言ってる人がいても別に悪く思う人なんていないし」


「確かに……」


 今までずっと恐怖しかなかったけど、そんなに構えなくてもいいのかもしれない。これまで思い悩んで変えられなかったものが、京華ちゃんの言葉を聞いているだけで解きほぐされたような感覚がした。


「不安になったり、怖く思うことなんてないよ。いつでもいいからさ、今度は自分の考え、当てられたとき言ってみれば?」


「うん……そうしてみる」

 

 顔を上げてしっかりと京華ちゃんと目線を合わせて頷けば、京華ちゃんは満足そうな表情になる。それを見た私は、何故か京華ちゃんのそんな表情をもっと見てみたいと思ってしまった。

 

 どこかすっきりとした気持ちで歩いていた帰り道。ドラッグストアの前を通りかかると、不意に初めて話しかけてくれた時の京華ちゃんの言葉が頭を過った。

 もし、コンタクトにしたら京華ちゃんは何と言ってくれるのだろう。思い切ってみれば、もっと自分に自信を持てるようになるだろうか。

 そんなに簡単に人は変われるものではないと身をもって知った。入学前からたくさん心の準備はしたけれど、それでも結局私は変われなかった。ちょっとしたことにも自信は持てないまま。

 だったらここで、絶対自分では考えもしなかったところを変えてみても良いのかもしれない。

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