信用

「クレン!!」

 悪霊の手は完全にクノハの首をしめた。クノハは乗っ取られはしないものの、空中で身動きがとれなくなりもがき苦しんでいる。

「クレン……」

 悪霊がクレンに、今度は男の喉もつかい、心と同時に語り掛ける。

「思い出してみろ、クレン、あいつは一度失敗した、チャンスなど一度でいいじゃないか、あいつはわざと外したのさ、本当は俺にお前をのっとらせたかった、あいつの力は、確かに強い」

 悪霊がふりむくと、クノハがさきほど力をつかった時に反動で落ちた鏡がころがっている。父が大切にしている骨董品だ。

「だが力の強さではなく、良しあしを判断するのが、お前らの流派、静穏流だろう?」

「クレン!!私を信じて!!あと一度だけ!」

 そうクノハが叫んだ。

「お前はチャンスを与えるのか?目の前で罪を犯した亡霊を裁いてきたんじゃないか?」

 クレンははっとした。クノハはクレンの顏が、悪霊の持つ影におおわれて黒くなっていくのがみえた。

「ダメ、クレン!!クレーン!!」

 そう叫んだ瞬間。本堂の障子の外、廊下と外を区切る窓ガラスのひとつが、われた。それをみて

(しめた)

 と思った悪霊は、その一部を陰の力でひろいあげ、空中にかかげると、クレンにむかってなげつけた。

「!!」

 クレンは、その気を察知してなんとかよけたが、意識は半分悪霊にのっとられていた。

「クノハ、お前が、やったのか?」

 クレンの顏左半分は真っ黒の影につつまれ、目は充血している。クノハは瞳に涙をうかべた。疑われることより、クレンのその弱り切った姿に。

「クレン、もう一度あなたの退魔の力を!!もしだめなら私にまた力を貸すだけでいいから、お願い、もう一度だけ、あなたの力をかして」

 クレンには、もはやクノハの声は聞こえていなかった。クレンは混乱する思考と意識と記憶の中をさまよっていた。

「あれ、俺、今日何していたんだっけ、何か、気になる事が……」

 ふとカノンの記憶と今朝の記憶がぼんやりと蘇る。それからクレンは幼少期の事を思い出しはじめたのだった。クレンがまだ物心つかないころ、それから小学生低学年まで、クレンの力はまだ眠ったままで、退魔師の跡継ぎとしては心もとないものだった。周囲の人間は彼にひややかな目線を送っていた。だが父は暖かくみまもっていたし、母だけはクレンの力を信じて疑わず、クレンにこんな事を言い聞かせてくれた。

「何度でも失敗していいわ、何度でも挑戦すればいい、それだけあなたの才能は伸びていくのだから」


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