危険

 男がクレンの胸倉を右手でつかみ、左手で、背中の襟をつかんだ。しかしクレンはフッと呼吸をととのえると、すぐに構えの姿勢をとり、まず襟の手を払い、つぎに胸倉をつかまれた腕をつかみかえした。そしてそのまま相手の胸元の襟をつかみ、背負い投げをする。

「こうなれば無理やりだ、くらええ!!!」

 しかし空中でクレンは手の甲に妙な違和感を感じた。そして自分が男をなげつける威力がふわりと、軽くなる気配を。

《ダンッ》

 妙な事に男も力が抜けたように、体を地面にたたきつけられた衝撃でか、力なく横たわって動かなくなった。

「クノハ、今の内だ!!」

「クレン!!」

「!?」

 クレンはクノハのほうをむき振り返ったとき、体が妙な影に覆われていくのを感じた。クレンは気づかなかったのだ。長らく退魔の力を封印していたために、その力によって悪霊や憑き物にのっとられるという事がなかったかつてとは違い、霊媒体質であるがゆえに、悪霊が取りつきやすくなっていた。そうなのだ。クノハはみていた。クレンが男を投げる瞬間に、悪霊は、賢くたちまわり、自分がこのままでは払われるかもしれないと予想して、知恵をつかいクレンの中に侵入した。

「今、あなたの中に……」

 クノハがそういった瞬間。悪霊は舌打ちをして、黒い影となり俊敏に飛びうつり、またやはりエイゾという男の中にとりついた。

「私を払うのも、この男を打ちのめすのも、力がたりなかったようだな、クレン」

 男はたちあがり、影によって真っ黒になった目をあけた。

「クレン!!」

 心配そうにクノハが叫んだ。クレンは気づかなかったが、胸元を悪霊ににぎられている。

「あなたは悪霊に取りつかれているわ、気を付けないと、あなたは自分の考えさえゆがめられてしまう!」

(そんなバカな)

 クレンは思った。あり得ない事だ。まだ目も出なかった幼きころから、やがて優秀とされた子供から青年になる時代。厳しい修行を超えて、力をたくわえた。そんな自分が悪霊に取りつかれるはずがない。だがその考えさえ、すでに悪霊の思うつぼだった。それを悟っているように悪霊が笑った。

「なあ、クレン、そいつが悪霊でない証拠は?」

「証拠……」

 退魔の力を使うときも証拠がなければ、罪を裁かなかった。確かに、彼女を信じる理由もイマイチないように思える。

「クレン、悪霊の声が聞こえているのですか?男は口を動かしていませんよ!!」

「……あ」

「しっかりしてください、クレン、のっとられないで、悪霊をもう一度払うのです」

 そう叫ぶクノハに、悪霊は、もう一つの手、黒い影の手をのばし、クノハの首めがけて手は突進した。

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