契約

 しかし男はクレンをうたがっていなかった。それどころか、悪霊とつよくつながったせいか、悪霊も男も、目の前に現れたものに一瞬とまどった。

「和服姿の……女??」

 クノハがクレンの目の前に現れる。そして悪霊とエイゾの前で宙にういて、両手を広げクレンを守る動作をしてみせた。

「霊……仲間?」

 クレンは、悪霊が放ったひとことにとまどった。クノハは、本当にいい霊なのだろうか。そんな戸惑いをかき消すかのように、クノハが叫んだ。

「クレンさん、力を貸してください」

「貸す?」

「まず私と契約を結ぶのです、そのあと力を貸していただきたい」

「何をすればいいんだ?」

「簡単です、今朝の事を思い出して下さい」

「は?」

 クレンは一瞬何のことかわからなかった。何よりこの緊迫した状況と今朝のなんでもない日常を思い出せといわれ、連想したほのぼのとした日常とのギャップが、あまりにも合わず混乱したのだ。

「今朝のって、あの犬の?」

「そうです、ランはあなたが助けてくれた、そして私の“神通力”は“恩”をもとに使うことができる陽の気です」

「じゃあ、何をすればいいんだ?」

「我、九十九霊と契約す!」

 クレンはすぐにその通りに声をはりあげて詠唱した。そして今朝の久しぶりに札を出して犬の憑き物を封印したこと。カノンとのやりとり、古い修行の記憶がないまぜになって甦る。

「我、九十九霊と契約す!」

 すると次の瞬間、クノハは光につつまれ、天女のような羽衣をみにまとい、両手を前につきだすと、その先から光の環がはなたれた。その光は、確かに悪霊をつらぬいて、悪霊はすぐさま、蒸発した。

「やった!!」

 とつぶやくクレン、しかし、クノハは叫ぶ。

「しまった!!私としたことが!!そんな気配はしていたのに、警戒をおこたって……失敗した!!」

「何が失敗なんだ、現に悪霊は払えたじゃないか……」

「よく見てください!!」

 クレンがクノハが指さす方向をみると、たしかに成仏していく白い光がみえたが、その光の中に現れたのは、先ほどまでの悪霊とは違う、女性の姿だった。

「憑き物が、ふたつ?」

「今までと影の形が違うのに気づくべきだった。彼女を身代わりにして、力の強い悪霊は奥深くにみをひそめ、光を逃れたのです」

「そんな、じゃあどうすれば……」

 クレンが油断してそうつぶやいた瞬間に、男が襲いかかってきた。

「おい、自分をしっかりと……」

 男は白目をむいて、完全に意識を乗っ取られているようだった。

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