緋東結紀と異質のアリス⑳
屋上の鍵穴へ鍵を刺すと思ったよりもすんなりと回すことが出来た。
この先に何が待っているのか緊張しながらドアを開ける。
開けた瞬間、結紀は思わず目をつぶった。
ドアを開けた先には、一面の赤い薔薇が広がっていた。
「なにこれ」
思わず呟いて中へと入る。
いつから屋上は薔薇園になったのだろうか。
敷き詰められた薔薇をなるべく踏まないようにその場止まると、結紀の後ろから入ってきた力が言った。
「ここは、アリスの薔薇園。おめでとう結紀、ここがアリスの居場所だ」
「アリスの薔薇園?」
「人間は自分だけの薔薇園を持つ。薔薇園が赤く染まる時、人はアリスを発症する」
「……薔薇園を持つ」
赤い薔薇の花弁が宙を舞う。
見ている分には綺麗なそれは、何処か近付いては行けないような雰囲気を醸し出していた。
自分もこんな風に薔薇園を持っていたのだろうか。
遥日は結紀の肩を叩くと、前を指さす。
指先をおって行くとそこには、真由が立っていた。
「自分から出てきてくれるアリスは、まだ弱いアリスだよ。だから、説得するのも簡単だ」
「……それって出てこないアリスもいるってことですか」
問いかけに遥日は曖昧に笑った。
「強いアリスは戦って、戦意を喪失させる必要がある。
大丈夫、何かあっても僕がなんとかするから」
「何かないように、説得頑張ります」
心強いよと背中を押される。
結紀は真由の名前を呼んでから近付いた。
真由は結紀に気がついて、どうしてここにと呟
く。
「君はどうしてここにいるの」
結紀の問いかけに対して、真由は思ったよりもすんなりと答えてくれる。
「現実を見たくないから」
「……それは、先輩が傍にいないから?」
真由は首を振る。
真由のアリス世界はカップルだらけのさくら通りと仲良しだらけの学校が主軸だ。
シミュレーションでは見ていないが、透が迎えに来てくれたアリス世界で、先輩に告白していた真由を知っている。
そして上手くいったことも。
現実世界に帰りたくないのは先輩に振られたからだと思う部分を消すために、そう問いかけた。
真由は直ぐに首を振ってくれたので、先程まとめた情報が真実に近づいた気がした。
次に何を言うべきか困って、真由から話して貰えるように誘導する。
「じゃあ、君の話を聞かせて」
「どうして?」
どうしてと言われると困ってしまう。
何を言うべきか迷っていると真由は怪訝そうにこちらを見ていた。
何かを早く言わなければと焦って口にした言葉は、あとから考えると大分酷い。
「く、クラスメイトでしょ!? 知りたいと思ったらダメ?」
何を言っているんだおれは。
真由はその言葉に酷く驚いたようで目をぱちぱちと動かしたあと、口元に手を当ててくすりと笑った。
「私そんなこと初めて言われた」
そう言って嬉しそうに笑った真由は、どこか楽しそうに見える。
「……いいよ、君は変わっているね」
「そう! おれ変わってるから!」
なんとも無茶な理由付けだと分かっていたが、真由は以外にも乗ってきた。
対して仲良くもないクラスメイトの結紀に話してくれるとは、真由も相当な変わり者だ。
真由はゆっくりと薔薇園へ腰を下ろす。
結紀もそれに従って腰を下ろした。
「私、誰よりも大事な人がいるの」
「……先輩のこと?」
本当ならここで友達のことを聞くべきなのだろうが、真由を警戒させないように、あくまで恋愛だと思いながら話をする。
「違うよ。だけど君にとってはそれでいいかも」
好きな人と言われて思い浮かぶのは、先輩と友達ぐらいだ。
でもまとめた情報から、真由は友達のことを大切に思っていることぐらい分かる。
そろそろ切り込んでもいいかと思い問いかける。
「先輩じゃないなら、友達のこと?」
図星だったようで真由は困ったように顔を背けたあと、覚悟を決めた表情をしてこちらを見た。
「……よくわかったね。私ね、あの子に昔救われたんだ」
「救われた?」
救われたとはどういうことなのだろうか。
続きの言葉を待ちながらよく考える。
「あの子とは小学校の頃からの友達で、私クラスに全然馴染めなかった。そんな時にあの子は、私の手を引っ張って行ってくれたんだ」
あいずちを打ちながら話を聞く。
真由と正反対のタイプの友達。
どうして仲がいいのか気になっていたが、幼なじみだったとは思わなかった。
「ずっと仲良しでいられると思ってた」
「違ったの?」
現実の真由を知りながらそう問いかけるのは、性格が悪いと思いながら結紀は話を聞く。
「高校に入って、好きな人ができたって」
「……先輩?」
「そう。でもあの先輩評判悪いじゃん」
「そーだね」
校内で盲目的に愛する人がいる一方で、女を直ぐに乗り換え、たくさんの人と付き合っているという話を聞いた。
男子から嫌われているのは、モテる癖にそういうことも平然とするからだ。
「先輩の何がいいのかわかんなくて、でもあの子と同じ感情は持ちたくて。おかしいよね、別の人を好きになれば良かったのに」
自虐的にそう言った真由はどこか諦めた顔をしていた。
「初めは同じ感情を知りたかったから。特別っていうのかな、そんな友情が欲しくて」
真由のことを噂しているクラスメイトのことを思い出す。
真由の望んでいる特別からは遥かに程遠い。
「でもね、あの子は私が好きな人が一緒だって分かったら嫌がらせが始まった。
全部失っちゃった」
「なんで今、先輩と付き合っているの?」
これは純粋な疑問だ。
別になんの意図もない。
「あの子から奪う……は違うかな。あの子の傍に居させたくなかったの」
そういうことかと頷いて真由の言葉を待つ。
「この世界で友達を取り戻したのに、私全然幸せになれない。ね、どうして?」
「……それは、本当に幸せじゃないからだよ」
真由の世界は少しだけ揺らいでいる。
友達と一緒に居たかったから、だけどこの世界では本当でないことが分かっている。
それでも現実には誰もいないから手放せない。
「……でも、帰っても誰もいないじゃない」
「本当にそう思うの?」
シミュレーション世界ではあるし、遥日達は一度攻略しているということもあるだろう。
しかし、彼らは真由が何を望んでいるのか知っていた。
話をまとめる時にくれていたヒントは、きっと全て知っているからだ。
でも現実世界の真由のことを知っているのは、透と力ぐらいだが、話していて二人はそこまで真由のことを知らなかった。
ならば誰が現実世界の真由を教えたのか。
結紀は何となく、それが真由の友達なのではないかと思っていた。
結紀は確信を持って問いかける。
このアリスは自分の世界に閉じこもりながらも、それが正しいとは思っていない。
なら、やることは一つしかない。
「全部話しなよ。友達も分かってくれる。それでもダメだったら、おれと友達になろうよ」
「……それって本気?」
「うん」
真由の目が一瞬光り輝いて、そこから涙が溢れ出る。
きっと真由は現実に戻れば元に戻ることができる。
だからこそ、結紀が友達になる必要はない。
しかし万が一のためにそう伝えておいた。
真由の涙を結紀はどうしたらいいか分からずに右往左往していたが、目の前に降り始めた白い花弁を見て、息を止める。
「これは……」
光と共に花弁が舞う。
赤色の薔薇だったものは、漂白されるかのように白に染まっていく。
一面が白く変わった時、どこからか拍手が聞こえた。
そして、ゆっくりと世界が溶けていくのを感じる。
これが治療。
初めて感じる達成感を胸に秘めたまま、溶けていく世界に合わせて、結紀も目を閉じた。
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