緋東結紀と異質のアリス⑲
真由がどうしてアリスになったのかの答えを導き出すために考えをまとめる。
ここまで集めた情報を元にして考え始めた。
「まず、アリスの関係性を考えようか」
遥日の言葉に応じてホワイトボードが現れる。
お茶会広場に置かれたホワイトボードを力が操作して関係性と大きく書いた。
「真由と先輩は付き合っている」
「だけど実際は?」
「実際は真由がふられて、真由の友達が先輩と付き合っている」
ホワイトボードに結紀が言う言葉がどんどん追加されていく。
力が書いている訳ではなく、黒のマーカーペンが勝手に動いている。
気になることは後回しにして、とにかく真由の情報を出していく。
「友達と真由はそのことから疎遠になっている」
現実世界では二人は先輩のことをきっかけに疎遠になっている。
あれを疎遠で片付けていいのかは分からないが、とりあえずそういうことにしておく。
だけどアリス世界での真由と友達は、さくら通りで見たものが正しいのならば。
「アリス世界では、今まで通り親友を演じている」
「つまり?」
「真由は先輩と友達全てを手に入れているのが理想だった。
だけど現実ではそれら全てを失ってしまった」
真由が失ったのは友情だ。
彼氏なんていらないと思っている真由にとって、友達を失ったことがどう影響を及ぼしているのかは分からない。
ひとまず友達と同じになろうとして作ろうとした恋人から、友情に亀裂が入るとは思っていなかったのだろう。
でも、もし自分がいきなり力や透を失うことを考えたら耐えられない。
真由の苦痛は余程のものだったと考えられる。
「先輩がこの世界で一度も顔を出さないのも何か関係あるのかも」
「……いや、逆だ。
関係ないから出てこない」
先輩のことを取られたくないから見せないようにしているのだ。
友情と同時に手に入れたものを手放せなくなったと思い込んでいた結紀に、力が言った一言で考え直させられる。
「アリスは強く意識するものほど表に出てくるようになる。
アリスの友達は出てきたけど、彼氏は出てこなかっただろ?」
確かに真由の友達は出てきていたが、その友達の彼氏や意識していない人は顔がぼやけていた。
顔がなかったわけではないが、はっきりとしないような顔をしていた。
「じゃあ、先輩は消してもいい?」
「そうでも無いんじゃないかな。
多分アリスにとっては意味がなくても、他の誰かにとっては意味があるんじゃないかな?」
遥日からの助言で思い当たる他の誰かと言われれば真由の友達ぐらいだ。
初めは真由の友達が先輩のことを好きだったようだし、手紙にも取らないでと書くぐらいだ。
それ以外と言われたら先輩の取り合いが原因で対立を遂げているグループの友達ぐらいしか思いつかない。
しかし、その対立しているグループの友達にそこまでの感情を真由は抱いているのだろうか。
実際、タイムカプセルも真由が一緒にいた相手もただ一人だ。
だから多分、グループの友達は全員切ってもいいだろう。
そうなってくると関係図はこうだ。
「じゃあ、関係図はこう? 真由の友達から先輩に好意が伸びる形かな」
ホワイトボードに結紀の言ったことが付け加えられる。
こうして見てみると、この関係はとても歪だ。
三角関係とでも呼ぶのだろうか、真由と友達で先輩を取り合っている。
正しくは、真由と先輩で友達を取り合っている。
「友情を捨てても欲しいもの、か」
「捨てても欲しかったのかな?」
「え、でも、取ったから現実で崩壊したんじゃないんですか?」
「それなら、この世界で後悔なんてしないよね」
アリス世界を作ったのは真由だが、真由がもしも、その選択を間違っていると思っていないのならば、生まれることは無い。
しかしそうなると再び疑問が浮かんでくる。
「じゃあなんのために、先輩に告白をして手に入れたの?」
「その答えは手紙に書いてあるよ」
遥日が笑顔でそう言った。
全ての手紙にもう一度目を通す。
真由の書いた手紙に書かれている『同じになりたかっただけ』という一文に目がいった。
その言葉は何度も手紙に書かれていて、真由が『同じになりたかっただけ』という行為に執着していたのが分かる。
何と同じになりたかったのか、何と同じが良かったのか。
先輩を好きになったのは真由の友達だ。
ならば真由は友達と同じになりたかった?
タイムカプセルに入れた手紙もそうだが、真由は随分と重い感情を友達に抱いている。
それこそ、一生を共にする相手のような感覚だ。
「友達と同じ人を好きになって、経験したかった?」
結紀は自分で言っていて思う。
そこまで行くともう友情の域を超えているのではないか。
しかし、女同士の友情ならばありえないことでもないのかもしれないと無理矢理納得する。
多分、男には分からない何かがあるのだろう。
集団でいたがるのも、同じものをお揃いで持つのもそうだ。
男というより、結紀にはそれが分からない。
お揃いになんの意味があるのか。
どうせいつかは失うだけなのに。
「多分な。
だから、アリスが先輩に抱く感情は現実世界でも作られたもので間違いないだろ。
先輩ことを好きという気持ちはアリスには無いが、友達が好きなら好きという安易な理由だったんだろうな」
「アイドルとかと同じ?」
「アリスにとっては、な。」
真由にとっての先輩は友達と同じものを好きになって手に入れたいという安易なもの。
そう仮定するのなら、真由にたいして友達が『本気でもないのに取らないで』と言ったのも説明がつく。
本気でもないのに、好きでもないくせに告白をしようとするな。
そう思うのも当たり前の感情だろう。
もしかしたらただの嫉妬かもしれないが真由がふられている以上それはないとは思うが。
「真由は結局友達とどうなりたかったんだ?」
「例えば……お揃いのものを持ちたいとかいう気持ちって、昔なかった?」
誰かとお揃いに憧れるのは小学生の頃はあった。
だけどもその感情が今もあるかと言われれば分からない。
そもそも今となってはそれが全く理解できない。
「昔はありました」
「結紀は現状友達いなかった期間の方が長いからな。
そういうのが分からなくても仕方ない」
フォローに全くなっていない一言が力から投下されて、結紀は思わず力を睨みつけてしまった。
「多分、それと同じなんじゃないかな」
「真由の気持ちがですか?」
「うん。だってアリスは、友達と同じが良かったんでしょ?」
確かにそうだ。
真由は友達と同じを経験したがっていた。
きっとそれは、お揃いを持ちたい気持ちと同じ。
まあ結紀には分からないが。
誰だって人の持っているものはよく見えるし、持っているものからこれが欲しいと思ったりはするだろう。
その気持ちが、真由は過激だっただけと考えれば、真由の今までの行動に納得が行く。
「好きな人を取ってみたり……あれ? もしかして、友達に恋人が出来て離れるのが嫌だったとかある?」
友達という存在を特別にしている真由にとって、友達に恋人が出来て疎遠になることを恐れていたことは考えられないだろうか。
だから、恋人を作られてそうなるのを防ぐために告白したということも考えられる。
「つまり、真由は本当は友達との関係を変えたくなかった。
だけどやり方を誤って現状を維持するどころか悪い方へと進んでしまったということでいい?」
メモ帳がひらりとめくれて、【本当はどうしたかったのか】という欄に【現状を変えたくなかった】と浮かび上がってきて、赤い丸がついた。
どうやら正解だったらしい。
「それを踏まえた上で、アリスを説得しなければならない。結紀くん、出来そう?」
遥日に問いかけられて結紀は一瞬悩む。
いくら人の気持ちに鈍い結紀でも、さすがに説得はできるだろうと安易に考える。
失敗する想定は先にしない。
それがこの場では一番いい選択のような気がした。
「……多分、できます」
「なら、行こうか」
遥日が立ち上がったのを見てから、結紀も立ち上がる。
遥日のティーカップは空になっていた。
「遥日さん、お茶の効果もそこまで長くは持ちませんからね」
「分かってるよ」
遥日の返答を聞いてから、力が帽子屋の力を解いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます