第10話 拒絶

 「reject」「refuse」「decline」これら三つの英単語は「断る」という意味を持つ。その違いは、簡単に言えば拒絶の強さである。日本語とは便利なもので、「お断りします」と言えば、相手はその真意を知らずに言葉を受け入れる。徹底的な拒絶であったとしても。

 終業式が終わり、たった今、夏季休業前最後の授業が終了した。午前授業であるため、現在の時刻は正午である。

「あーーーーやっと終わったー!河合、お前はもう帰るのか?」

「ああ」

「真面目なことで。さすが、全国一位!」

「くだらないことを言う暇があるなら、帰る準備をしろ」

「…はーい」

山村が言い放った「全国一位」という単語に、私は呆れている。五月に受けた模試の結果なのだが、くだらないの一言に尽きる。確かに、受験という物事が競争を孕むため、大多数の人間のとってその数字は重要なものなのかもしれない。特に「医者になるため医学部に入りたい」という願望を持ちながら、振るわなかった山村は、順位に敏感なのかもしれない。その感情は理解できる。しかしながら、私にとってはただの試験、知識の確認だ。さらにいえば、今後外部模試を受ける意味さえも見出せなくなった。一体誰に知識の証明をする必要があるのだろうか。

 夏季休業前だからであろうか、他生徒は浮き足立っており、昇降口近くが、耳を劈く喧騒の地と化していた。

「うるせー。まぁ…夏休みだからなのかなぁ…。さっさと抜けちまおうぜ」

「ああ」

幸いにも、歩行を妨害される程は犇あってはいなかった。さっさと帰れば良いものを。

「……あ………」

私の靴が置いてある下駄箱の前まで来たは良いものの、そこには何故か、立ち止まってこちらを見る生徒がいた。

「申し訳ありませんが、靴を取り出したいので………」

「あの!……河合冥仁くん…ですよね…。ちょっとい、いいですか………」

…些細な通行の障害だと思ったが、そうではないらしい。無駄なことに時間を割くというのは御免被りたいが…。

「私に何か?」

常識的な対応はせねばなるまい。なるべく早くことを済ましてしまおう。

「…ここではあれなんで…その…」

「申し訳ありませんが、この場で要件を仰っていただけると助かります」

「え…………」

釘は刺したが…正当な理由と権利によって、私の自由が奪われるのは避けたいところだ。

「…どうしても…ですか…?」

「はい」

「…」

「どうしても」とは言えないかもしれないが、そもそも拘束される理由もない。さっさと要件を言って欲しいものだ。

「…私…武藤美雪むとう みゆきって言います…。憶えて…いますか…?」

ああ、以前の非常識な手紙の送り主か。確かそのような名前であったと記憶している。

「はい」

「…では…ここで改めて言います。河合冥仁くん、貴方が好きです。私と付き合ってください!」

少々大きい声で彼女はそう言った。喧騒に包まれているため、あまり目立ってはいないようだが、まぁ…どうでも良いか。

「お断りします」

「…そうですか…最後に一つ…聞いても良いですか?」

「どうぞ」

彼女も断られる想定であったのだろうか。それとも感情を出さずに、ただ幸福の追求を行ったのだろうか。どちらにせよ、もうすぐで解放のようだ。

「…なぜ、手紙の呼び出しに応じてくれなかったんですか?」

少しばかりの悲壮を、彼女に垣間見る。くだらない。

「義務ではありませんので。もう、よろしいですか?」

「…………はい…お引き留めしてしまって………すみませんでした……」

数分のロスか。まぁ私の時間は、彼女の幸福追求の生贄になったので、こればっかりは仕方のないことだろう。最初から無意味な行動と、彼女が理解してくれていたならば、そもそも問題はなかったのだが。

「おお!やっと来たか、河合。遅かったじゃないか、なんかあったか?」

「いや」

「そっか。じゃあ帰ろうぜ」

私など待たずにさっさと帰れば良いものを。

 彼女の、所謂告白を断った時、私は「お断りします」と言ったが、彼女はどれほどの拒絶と認識したのだろうか。私としては「金輪際、正当で意味ある理由以外で私に関わるな」程度で受け取ってもらえれば嬉しいのだが。もし、また同じようなことが起こったのならば、徹底的な拒絶をすることにしよう。はぁ…くだらない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る