第3話 自由

 『河合冥仁さんへ』か。この学園に同姓同名の人間がいなければ、この信書は私宛ということになる。

「良かったなぁ!河合宛だぜ!」

「私と同じ名前の人間が存在していなければな」

「聞いたことねぇし、それにその下駄箱は河合が使ってるやつだろ。確定だろうよ」

「そうか。ならば信書開封の罪に問われることは無いか」

刑法第百三十三条「正当な理由がないのに、封をしてある信書を開けた者は、一年以下の懲役又は二十万円以下の罰金に処する。」、この法に触れる可能性がある以上、不用意に開けることが出来ないわけだが、まぁ大丈夫だろう。

「?、まぁよく分からんが、どうするんだ、それ?」

「別に、内容を確認し、プライバシーに配慮して処理するだけだが」

「処理?」

「無難な方法はやはりシュレッダーであろう。確か家にあった筈だ」

個人情報の保護に関する法律、所謂個人情報保護法第二条には個人情報の定義が書かれており、少し複雑だが、筆跡もそれに該当する。この信書には、恐らく名前という個人情報が存在するだろうが、今の時代、筆跡鑑定という十分に証拠となり得るものがあるため、解読不能になるまで抹消した方が良いだろう。

「は?おい…それガチで言ってんのか!?」

「私が何か間違った事を言ったか?」

「いや…しかし…そうだ!…内容!内容はなんだったんだ?」

「………名は伏すが、要約すれば「明日の午後、所定の位置まで来てください」といった感じだな」

「おお!それは楽しみだなぁ!河合」

「楽しみ?行くわけないだろう、くだらない」

「…は?いや…お前…それは非常識だろ!」

「私が何処にいようと、私の自由だろう。それに、他人のロッカーに物を置き去りにする者に対して、私の方が非常識であるというのは、甚だ理解できないな」

ラブレターの誘いを断り、所定の位置にいかなかったために訴えられた、なんて判例は、少なくとも私は聞いたことがない。契約不履行にも当たらないだろう。

「河合…お前が常に正しいのは知っている。お前が法に反することをするわけがないと、俺はそう思ってる。だが俺は、世の中には、感情で動く人間だっていると思うんだ。お前がいつか、不幸を被ると俺は思う」

「そうか」

まるで私には感情が無いような物言いだな。別に無いわけでは無い。使い所を選んでいるだけだ。喜怒哀楽は立派な感情であり、それらを持つことは、文化を形成する人間として別段おかしいことでは無い。しかしながら、物事の決定に感情を使う人間は、私にとっては理解できない人種である。「理性的であれ」という意味は、そういうことだ。

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