第44話 ~バグの正体~

 翌日――まだ霧も晴れない早朝。


 昨日よりも凍える寒さの中、私とクガイはセレクタントの外れにそびえる古城を見上げていた。


 ブレイムやネムがまだ眠ったままなので、屋敷はユーセやセージに任せている。

 何にせよ、キュラス家とハーロッジ家の兵隊にぐるりと囲まれた我が家だ。警戒MAXの中、敵も連続襲撃はさすがに控えるだろう。


 (それより今は、よね……)


 クガイご自慢の『軍事力』に興味は無い。しかしキュラス家で剣術を学ぶには、軍隊を牛耳る総帥そうすいとやらの許可が必要なのだ。


「ねえ、本当に(此処に?)総帥が居るの?」


『国が誇る軍事拠点』……私には、ただの古びた城にしか見えない。


「はいっ! 私も久しくお会いしておりませんので、とてもです」


 城門や入り口の赤扉に施された錬鉄が、何となく見覚えのあるを描いている。そんなセレクタント城は、キュラス家が保有していた。

 元々この地は他国の領土だったらしい。それが38年程前の戦争によって、モスカトア王国の支配下となった。


「お疲れ様です、クガイさん!」


 敬礼ではなくお辞儀をする、2人の門番。


「ああ、ご苦労。今日はをお連れした」


 クガイの背中から顔を覗かせた私に、門番達がたじろぐ。


「ラッ、ライリー様っ!? どうして……」 


「あら、私が訪ねてはいけないのかしら?」


「そんなことはっ! ただ前回は『もう来ないっ!』と出て行かれましたので、少し驚きました」


「えっ、そうなの……でしたわね」


 3年前に一体、何があったんだ?


「総帥もさぞ喜ばれることでしょう! とにかく外は冷えますので、城内へお入りください」


 門番が扉を開ける。


「どうもありがとう……!?」


 西洋風の城からは、想像もできない――。


 靴(ブーツ)が並べられた玄関の奥へと広がる、板張りの床。何処か懐かしい光景だが、私の脳内はまあまあパニックを起こしていた。


 (それにやはり『例のウシ』だったか……)

 

 所々に置かれた、背の低い木製のガラス無し展示ケース。

 その中で大量の『※赤べこ』が、縦に首をフリフリ……私達を出迎える。

 異世界初日に屋敷で見かけたのは、見間違いでも何でもなかった。


「先ずはご挨拶を……この時間ですとはまだ始まっていないので、この大広間に居られる筈です」


 一番奥まった部屋の引戸に手を掛けたクガイが、注意事項を述べる。


「この部屋では膝を畳んでお座りください。それと常に礼儀を重んじる方なので、申し訳ありませんが、私と同じ様に挨拶をしてもらえないでしょうか?」


「ええ、分かったわ……たぶんと思う。で? 総帥さんのお名前は?」


「ライリー様のであらせられる『ロド・キュラス』様です」


「祖父!?」


 知りもしなかった、祖父の存在。

 しかもこのインテリアセンス……私との可能性が高い。



「……久しぶりだな、ライリー」


「――!?」


 背後から聞こえる、低い声。

 振り向くとそこには、白髪頭を結った剣道着姿の男が、私を見下ろしていた。


 

 ※赤べことは、福島県会津地方の牛をモチーフにした郷土玩具。

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