第41話 ~神聖領域~

「ネムッッ!」


 咄嗟に少女の体を起こしたが、生気を殆ど感じない。そして体温も著しく低下していた。


 (落ち着け……落ち着くのよ)


 大きく深呼吸をした後、手首から脈をとる。


『……生きている!』


「クガイッ!」


「別室へ! 私が運びます!」


 部屋の外で見張りをしていたクガイが中に入り、ネムを抱きかかえる。

 両手を塞がれたクガイの代わりにドアを開けると、ネムの姿を見た同僚達が悲鳴を上げた。


「どうしてネムが!?」


「ぎゃぁぁー!」


「ネムさん!?」



「私の部屋に運びます、道をあけてっ! ヤプは何処です!?」


「ヤプさんなら……えっ!? つい先程まで、私の隣に居たのですが」


 1人の男性使用人が、辺りを見回す。


 (ヤプってば、こんな時に何をしているのよ!?)


「見つけ次第、私の元へ来るように伝えてください。後、毛布と薪を持ってきてっ! ネムの体温が下がっているの」


「ハイ、承知致しました! ……聞いたかっ!? 皆、急ぐんだ!」


 すぐさま行動に移る、使用人達。 

 ネムを抱えたクガイは、先に廊下を走る。


「ユーセは殿下をお願い!」


「あっ、はい……」


 (えっ、何? 『心ここにあらず』なんだけど!?)


 他に思考を支配されている様子のユーセ。

 多少気にはなったが、構っている暇などない。


『……とにかく、今はネムよ! 』


 私は客室を後にした――。





「……」


 数十分後――私はベッドで眠るネムを見つめながら、唇を噛む。


 最大限まで部屋を暖めて毛布を重ねたが、やはり少女の体温は戻らないままだ。


『私のせいだ……』


 異世界、そして呪い。

 どっからどう考えても異常事態だというのに、無警戒にネムを急かしてしまった。


 ヤプやユーセの行動や態度に対し、少しイラついた自分を張り倒してやりたい……誰よりも何よりも腹立たしいのは、あの時に判断ミスをした私自身だ。


「ネムごめん、ごめんなさいっ! 何回でも謝るし、いくらだって小言も聞く! だからお願い……どうか死なないでっ!」


 これまで神や仏を1ミリも信じた事は無いが、冷たい少女の手を強く握り、祈りを込める。


 

「――誰!?」


 人の気配に顔を上げると、扉の前にユーセが立っていた。


「申し訳ございません、何度かノックをしたのですが……」 


「ごめんなさい、聞こえていなかったのね……どうしたの?」


「ライリー様! 呪いの『術式(正体)』が分かりました! これから薬の調合を始めます」


「コホッ! ほっ、本当!?」


 ユーセの言葉に呼吸が乱れる。


「はいっ! 薬を傷口に塗布すれば、ブレイム殿下の呪いは消える筈です」


「……ネムは!? 彼女にもその薬は使えるの!?」


「ヤプが取りに薬草を完成後の薬に加えれば、ネムも回復するそうですよ。(部屋の)外でクガイが教えてくれました」


 目に入る映像全てが、光に包まれている様に見えた。


「本当にありがとう、ユーセ! でもどうして急に、呪いの正体が分かったの?」

 

「過去の詮索せんさくを、呪いが拒否した事によって判明しました。ネムのお手柄ですね」


「そう……この子はどこまでも優秀なのね。それで、正体って? どんな『術』だった?」


魔術……つまり、聖なる魔法です」


「白魔術!? よく分からないけど『呪い』とは、真逆の魔法じゃない?」


 前世のイメージだと、呪いといえば魔術だが?


「ええ……不可思議なのですが、ネムを拒絶した詮索魔法は『白の魔法使い』のみが扱える術式なのです。あえて名を付けるとすれば『神聖なる呪い』とでもいいましょうか」


 (神聖なる呪い……)


 相反する言葉に、寒気が走る。

 知識や想像を越えた世界に、私は初めて恐怖を感じた――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る