第9話 ~舞踏会にて(前編)~

「……オイ」


「はい? どうしましたか? ヤプ」


「いつまで待たせるんだ!? もうすぐ1時間だぞ!?」


 舞踏会の会場となる王城から少し離れた雑木林の側で、私は馬車を停めるよう指示を出していた。


 外で見張りをするクガイ。

 車内で待機中の他3名。


 シビレを切らした妖精仕様のヤプが、宙に浮いたまま不貞腐れ気味に胡座をかく。


「これも作戦なのですよ、ヤプ。遅れて登場する事で参加者の注目を一身に浴び、殿下にライリー様の『美しさ』をより強く認識してもらう事ができるのです! もう少しだけ我慢してください」


 力強い口調から、自信を覗かせるユーセ。

 どうやら彼女は例の童話がお気に入りの様だ。


「コレ(待ち)を知っていたから断ったな……ネムのヤツめっ!」


 妖精の小さな舌打ちが聞こえた――。



 そして舞踏会の開催予定時刻から、1時間10分が経過。


「頃合いね……お待たせ、ヤプ。出して頂戴」


 がどれ程の遅れで会場入りをしたのか? 私は知らない。


 だかユーセから得た情報を元にシュミレーションを重ねた結果、舞踏会開始から形だけの無駄な挨拶が一通り完了し、参加者が場馴れしたこのタイミングが最も適していると判断した。


 御者席に戻ったヤプが、再び人間の姿で手綱を握る。


 走ること10分――。

 いよいよ私達は、目的地に到着をした。


 入り口からなるべく近い場所に馬車を待機させ、私とユーセは戦場(舞踏会)へ向かう。


『でっかっっ! 本物のお城って、こんなにも大きいのね……』

 

 王城の迫力に、私は息を飲んだ――。


「さあ、参りましょう! ライリー様」


「うっ、うん!」


 本家でもお馴染みの長い階段を上って、城内へと入る。


 (あそこに彼が……)


 広く煌びやかなロビーの1番奥にある扉から、微かに音楽が漏れ出ていた。


「ようこそ、ライリー様。会場へご案内致します」


 城の使用人に案内をされて扉の前に立ち、スタンバイは完了。


「息を整えたいので、(開けるのを)少し待っていただけますか?」


 そうお願いをして、に音楽が止む瞬間を狙う。


 (……今だっ!)


「開けてください!」


 曲終わりから10秒で、扉が開いた――。



「……まあ!?」


「うわぁー」


「なんてお綺麗な方……」



 熱を帯びた視線と、賛辞が私をもてなす。


『……』


 (気持ちぃぃぃぃぃー!)


『成功の鍵その2(遅刻)』は効果あり。

 私はこれを望んでいたのだ。


 (後は王子をとっ捕まえて、ダンスをしなければ!)


 しかし――。


「ライリー嬢!? どうされましたの? 舞踏会に出席なさるなんて!」


「初めてではないかしら? これは話題になりますわよ」


調された様で、本当に良かったです!」


「流行のドレスも良くお似合で、羨ましいかぎりですわ!」



『えっ、何? ちょっとっ!?』


 王子をロックする前に、私は同い年くらいの令嬢達に取り囲まれた。


 ユーセが耳元で、手短に説明をする。


「皆さんお友達です。前のライリー様は『舞踏会嫌い』で有名でしたから、騒ぎになっているのかと……」


『聞いてねぇぇぇー!』


 とっ、とにかくを避けて、王子を見つけないと!

 ここまでらしたあげく(自分でそうしたけど)会えないなんて、絶対に嫌っっ!


 その時だった――。


 

「……ライリー嬢?」


 発狂寸前の私を呼ぶ声……。

 その声色だけで、全身に鳥肌が立つ。


殿下……」


 開かれた道の先で待つ、私の夫(予定)――。


 セットされたイエローゴールドの髪。

 透き通る様な白い肌に輝く、エメラルドグリーンの瞳。


 珍しいグレーのテールコートに身を包む彼が『モスカトア』王国・第2王子『ブレイム・ハーロッジ』殿下だ。



「先日のお礼を改めてお伝えしたく、参りました」


「そうでしたか。そちらこそ貴女にお越しいただき光栄です、ライリー嬢」


 台本に沿った台詞や恥じらい(演技)に対し、長身の彼が片膝をつき、私の手にキスをする。


『ああ……倒れそう』


 未だかつて、こんなにも心がフワフワした事があっただろうか? 軽量化のし過ぎて、今にも意識と記憶(パンツ丸出し)が飛びそうだ――。



「バタンッッ!」


 違う。私が倒れた音ではない。


 幸せな時間もつかの間……。

 再度響いた大きな音に、(私や王子を含め)会場に居合わせた全員が扉へ視線を向けた。


「!?」


 場の空気が一変する。



『……聞いてないけど!?』



 ミディアムベージュの巻き髪に、ピンクゴールドのドレス――。

 この国の流行は、おそらく彼女が作り出すのだろう。


 比べたくもないが、私よりも格上……というよりが正しい。



 遅れに遅れて登場をした、舞踏会のは、私ではなく『絶世の美女』だった――。

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