第6話 ~消えた主(ネムの葛藤その1)~

 ボロボロに泣いた翌日――。

 ライリー専属使用人のネムは、再び森へ来ていた。


 ・ライリー・キュラスがイノシシに襲われた場所。

 そこで黒頭巾を片手に、少女はあるじの帰りを待つ。

 下ろした髪を耳に掛け、瞬きもなるべく我慢をして意識を集中させるが、何時間経過しようと彼女の気配は感じられない。


「ほんとに戻って来ないの? どうして……」


 ネムは3年前の『ライリー』に、思いをせた――。




 両親の顔はおろか、名前も知らない(聞きたくもない)。

 実の祖母と2人きり――ネムは深い森の中で、ひっそりと暮らしていた。


 不自由は何も感じなかった。

 森は食べ物に恵まれていて、暖かい家もある。祖母が町へ買い出しの際に必ず書物を持ち帰ったので、教養も身についた。


 しかし8才の誕生日を祝った3日後、祖母が突然の病に倒れる――。

 それから1週間も待たずに、唯一の家族は逝ってしまった。


 祖母を亡くしてから約1年もの間、ネムは孤独だった。


『森の外に出てはいけない。他人と会うのも避けるのよ。もしも出会ってしまったら、必ずを隠しなさい』


 幼い頃から繰り返し、そう聞かされた。

『森の外は恐ろしい』と、何度も何度も教えられた。


 その為ネムは森の外へ出た事もなければ、祖母以外の人間に会った事もない。

 大好きな祖母の言いつけを守り、ひたすら耐えていたが、ある日『寂しさ』が限界を越えた。


 そんな少女はついに、人を求めて森を出る――。



 奇形

 気持ち悪い

 消えろ

 寄るな


 初めて聞いた他人の言葉に、濃紺のワンピース姿で下を向くネム。


「しかも、気味の悪い格好で来やがってよ?」


 そう言って剥ぎ取られた、祖母お手製の大切な黒頭巾。兵士がニヤつきながら、片足で踏み破った。


『森の外はね、残酷と悪意で満ち溢れているの』……祖母の言葉が身に染みる。


として、処理が妥当か?」


 複数の兵士と町民が、意気揚々と笑う。


『泣くもんか! 泣くもんか! 泣くもんか!』


 幼い少女が全身を震わせながら、唇を噛み締めた時だった。



「……子供相手に、何をしているのです!?」


 ハッキリと響き渡る、女性の声。

 声の発信元である馬車を見るなり、ネムを取り囲んでいた兵士や町民達が、一斉に離れた。


「説明をしてください」


 馬車を降りた、貴族と思われる女性。

 薄いピンク色の髪が特徴的な若く美しい彼女は、兵士の1人を睨みつける。


「こっ、これは様! 不審者が現れまして……今、尋問をしていたところです」


「尋問? 汚い言葉を浴びせているだけに聞こえましたが? 私の『優れた聴覚』は知っていますよね?」


「いっっ、いえ、あの、それは……」


 しどろもどろになる兵士。

 押し黙る町民達。


「言い訳は結構です! この事は隊長に報告します。領の品位を落とす行為は今後も許しません! 肝に命じておきなさいっ!」


「はいっ! 申し訳ありません!」


「謝罪は彼女にするべきです!」 


 女性はネムの前に立つと、屈んで目線を合わせた。


「私はライリー・キュラスと申します。お名前を教えていただいても?」


「……ネムです」


「ネムさんっっ! 大変失礼な発言をしてしまい、申し訳ございませんでした!」


 悪口を言ったり、それを一緒に笑ったりしていた大人達が皆、頭を下げる。


「私からも謝罪をさせてください……我が領の者がご無礼を働き、心よりお詫び申し上げます」


「もっ、もう大丈夫ですからっ! 許します!」


 ネムの言葉にライリーが強張った表情を崩し、安堵の笑みを浮かべる。


「ありがとうございます……もし宜しければ、お詫びに私の屋敷でお食事でもいかがですか?」


「えっっ!? あっ、はい……」


 ネムは言われるがまま馬車に乗り、キュラス伯爵邸へと案内された――。

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