第二十二話 ラプラスの魔

 カルコアのエンディーナという港町に到着した。

 それはカルコア海峡を挟んだ、東ラヴォードの真向かいにあるウィーニア大陸領土である。

 フェリーはほぼ朝から夕まで私達を拘束した。その為、エンディーナでもまた一泊した。

 4月2日。カルコアまで、出発して一週間も掛かった。


 正直、暗殺部隊みたいなのにも恐怖はしていたのだが、それ以上に怖かったのは「ウィーニア」の名である。

 ウィーニアは、永くながく生きている、吸血鬼の王である。

 奴は魔族の家系の内、特に強大な武力を持つ者である。過去にはウィーニア大陸や西方大陸上の国々に手を掛け、幾多もの国を滅ぼした。

「おにのおはなし」の人喰い鬼と正反対の様な存在で、魔族と人間との軋轢の原因となっている。

 また、この世界の魔法に対する恐怖の大きさはウィーニアに起因する。それ程までにウィーニアは魔法をよく理解し、それを武力として振り翳す。そんな相手に目を付けられては、私でさえも戦いになるかどうか不明だ。

 警官に追われていた際、ルカは「争いは同じレベルの者同士でしか発生しない」なる言葉等を叫んでいた。戦わなければ目的を達成できない時もある。この事はルカも理解すべきだと、鬱陶しく感じていたが、ルカのあの言葉だけはようく理解できる。「争いは同じレベルの者同士でしか発生しない」これは、パワーバランスという物をよく見定められないまま挑戦すると、相手から一方的に攻撃を受け続ける事となる。ノノとアピオの戦いの様に。これは「争い」ではなく「蹂躙」である。

 

 西方大陸。これはウィーニアから独立を維持できている大陸である。そして、西方大陸の国々は殆どがウィーニアを仮想敵国としている。

 カルコアはそんな悪の枢軸、ウィーニア連邦とも中立を貫いており、あらぬ事か貿易もしている。だがそこは西方大陸とウィーニア大陸を挟むメルディー海の出口の一つ、カルコア海峡を有する。

 それ故に西方大陸や北氷雪連盟の国々にとっても、ウィーニア側に友好的な国々にとっても、貿易に非常に重要な国である。

 つまり、色々な国々からの情報が仕入れられる国であるのだ。

 但し、ローシンスタとは国境問題がある為か、余り仲が良いとの話は聞かない。ウィーニアと貿易関係という立場も、それが原因となっているのかもしれない。


 カルコアは、フーテルの民や魔族に対しても友好的に接する国である。私達はフーテルである為、そう言った点でも非常に嬉しい。

 今日から、カルコアで暫く情報を集めよう。


「サリー、見て。」

 ホットサンドを片手に、エンディーナの街を4人で歩いている時の事だった。掲示板には新聞記事が貼り付けてあり、それには「メーレルハント」の文字が見えた。


「メーレルハントのフエルアルカ区で18人傷害、ローシンスタのリアヌで20人超傷害。通り魔『爪の男』に注意。」

 フエルアルカは通っていないものの、私達が来た道同様聖域区からリアヌまでは同様に繋がっている。またもや暗殺者だろうか。

「全員鉤爪で斬られているらしいぜ。」

 噂声が聞こえる。もしそれが本当なら、私には勝てない相手である。鉤爪は武器としてのリーチが短い。故に身のこなしと素早さのみで相手を倒しているのだ。

 故に、飛び道具や魔法は殆ど通用しない肉弾戦となる。私は華奢な女の子なのでそんな事は出来ない。もし、本当にこの『爪の男』が暗殺者であれば、私の旅は終わりを迎えるかもしれない。

 ――何れにせよゆっくりは出来なさそうである。


 ルカが帰る為に必要な情報探しは、思った以上に難航した。仕方無くカルコアの中心、カルコア湾から南方のカルコアアルカまで移動して情報収集をした。爪の男による被害は更に拡がっていた、4月5日の事である。


「氷雪伝説、なる物を聞いたことがある。」

 4人はそれぞれ別行動して情報を探っていた。私は酒場に居た親父とウイスキーを飲み、仲良くなった所、ある興味深い話を聞いた。

「フルニースの初代国王、フリネ女王の作った『大鏡』を聞いたことがあるか。これは未来を映すほか、近くと遠くを繋げる事が出来ると言う。」


「……!その話を詳しく聞かせて。」

「何でも、その能力に恐怖したフリネ女王は、フルニースに作ったばかりの大鏡を壊してしまったそう。しかし、やはり諦めきれなかったのか、同様の大鏡を現在のナリア共和国辺りに一つだけ隠したらしい。この大鏡は未来から金銀財宝や科学技術を幾度となく吐き出し続けていて、見つければ大金持ちになれるというのだ。」


 何だか信憑性も無いゴシップの様な気もするが、もっと聞いてみることにした。確かに聞いたことの無い、奇妙な話である。だが今では否定され切った魔術である「オカルト」、つまるところ類感呪術や感染呪術等でも、もしかすると取り合う価値があるかもしれない。

「ナリア共和国の、どの辺りなの。」

「絶対に掘り起こせない、永久凍土。ナリアの、イヴリナンランダー。北緯85度のあの辺りに埋まっているという説がある。衛生写真から山の斜面に遺跡があることが分かったそう。ほら、ここ。」


 オカルトが全て否定された、魔法の世界。ここには夢が無い。

 進化主義の考え方では類感呪術の自然を模倣する呪術から、正しく性質を働くもののみが魔法として進歩し、また呪術から得られた物理的法則の知識たちが科学として独立したとされている。


 しかし私は、そんな世界でも夢を見る。

 マナと言う概念無しでも確率上起きうる「奇跡」とやらが、世界の運行に干渉するという考え方が生まれるべきだ。この世界にある、無実の罪人が報われる御伽話や、恋の為に国をも捨てる御伽話が面白くないのは、その考え方が人々に染み付いてしまっているからだ。

 更には、マナと言う魔法を起こす奇跡の物質でさえ、唯物論的に語られるべきではない。


 半径150キロメートルの鳥籠で生まれ育ったサリスという少女は、世界の歴史や文化をずっと観察して学んでいた。鳥籠の内では図書館中の本を読み、また必要な本は買い、色々な歴史や学問を学んだ。扱いづらい魔法は有れど、知らないことは無い筈だった。

 さて、そんなサリスが鳥籠から放たれたら得られたものは何だろうか。


 海の美しさ、流氷の雄大さ、そして世界の飯の美味さ。

 事実として物理的でないものを得る結果となった。

 それにより、唯物論は偽と証明できる。

 だからこそ、オカルトでさえ取り合う価値がある。

 マナを抜きにした、奇跡の世界に夢を見たい。


「ああ時間だ。」親父はそう言い、席を立った。

「北氷雪の、北の北。氷雪気候の果てに、それがある。フリネの残した謎の言葉だ。」


 美味しいウイスキーだった。

 私もそろそろ帰ろうと、お金を払おうとした。しかし、親父は既に私の分も払っていた様だった。

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