第十九話 魔導書C
「やだよ。」これが私の回答だ。
強さの意味、強さの理由、強さの必要性。これらについては良く解っている。しかし手負に対して尚追い討ちをする必要は無い。
「戦え、戦え。」ラミアレはそう血相を変え言ってくる。私はただ魔術に造詣がある程度という訳では無い。だからこそ本気で戦えば手負のこいつはいとも簡単に死んでしまう。
アチェトは血気盛んなラミアレを見つつ、少し引いている様子だった。
掌の上にある金は『作り出した』ものである。
金10グラム(有効数字15桁)を作る際に必要なエネルギーは898,755,178,736,818ジュールに及ぶ。これは半径6.4キロメートル程の範囲を焼き壊せるものだ。私は、このように世界を滅ぼせる力を持って生まれてしまった。
確かにこの世界には、アルファ崩壊やベータ崩壊を引き起こしたり、または逆をできる子がいる。最も有名なのはウィーニアの――、やはり長くなるからやめておこう。これこそが人の引き起こせる質量作用属性の限界である。そう、人の力ではマナにより錬金はできても、無から完全な個を作り出す事はできないとされている。
擬似質量なら完全な個を作ることはできるが、あれは物質ではなく、ただ魔力を伝えるだけのボソンに過ぎない。
ノノの竜憑きやラミアレのヌルオブジェクトのような、擬似質量なんかじゃない。本物の質量だ。
慈悲とは強者の特権である。仇討ちを防ぐ故、可哀想であるが故、沢山の理由があれど、それは強い者にしか許されていない。
その為、慈悲を掛ける行為は将に強者たる誇示をするようなもので、酷い恥を掻かせるものである。戦わずして負けるなんて以ての外である。
手負を追討ちしてしまえば殺してしまう。人殺しはしたくはない。だからそれが死ぬより辛い慈悲だろうと、私は残酷にも慈悲を掛ける。
「じゃあこうしよう。腹の傷が治ったら、その時はまた戦おう。またね。」
「待ってくれ!」
ベッド横に、アピオが聖域区から持ってきていた蜜柑を置いた。そしてラミアレを一瞥し、病院へ金だけ払いそそくさと立ち去った。
アチェトが後ろから付いてきた。
「本当にこれでいいの?」
「うん、付き合わせちゃってごめんね。おやつでも食べようか。」
アチェトと病院横の喫茶店へ向かい、ケーキと紅茶を頼んだ。そこまで美味しくはなかった。
「何だか本当に疲れたね。」
「そうだね。」
「サリちゃん。」
彼女は私を呼んだが、アチェトは何も語らなかった。
車へ帰ってきた。
ルカは未だ寝ていた。
「サリちゃんも、私も、ちょっと運転疲れちゃった。アピちゃんお願い。」
「解った。」
そう言い、アピオが運転席へ移った。ルカも起き、何故か助手席へ移動した。
「ルカちゃん、ここからは治安良くなる筈。」
「本当ですか?」
「ほんと、ほんと。そうだ、約束の魔法の話でもしようか。」
「気になります。」
「決まりだね。」
ルカに魔法の説明をすることとした。
昔は、火、氷、風、土、雷、水、闇、光と属性が分けられていた。しかし魔法陣に描き一つひとつ魔術の解析をする内に、氷属性が他属性に比べやけに難しい事、土属性と風属性による効果の違いが曖昧な事を筆頭に、歴史的魔法学の矛盾が多く指摘されていった。
その矛盾を取り除き体系的に纏めたものが現代魔法学である。ここで、魔術とは、マナの質量もしくはエネルギーを引き出す過程の事を指し、魔法とは魔術が引き起こす物理法則の事を指す。また魔力とは、魔術によって生み出される力を指す。マナ、魔術、魔法、魔力は全てが別の意味を持つ単語である。
現代魔法学では大分類として魔力やエネルギーを与える「マナ授受属性」と媒介に関わる「擬似質量作用属性」分けられる。
「マナ授受属性」は中分類では「運動作用属性」「分子作用属性」「量子作用属性」に分けられ、その下に小分類がいくつか存在する。例えば「運動作用属性」は「熱量作用属性」や「慣性作用属性」に分けられる。
そして、それらの属性には正方向と負方向が存在する。魔術の対象先の物体がエネルギーを得るものを正方向、逆にエネルギーを失うものを負方向と言う。
マナは粒子である。しかしマナの質量は可変であり、エネルギー準位の概念が存在しない。一定のエネルギーしか持たないのだ。これがマナの風変わりな性質である。そして魔術を行うとマナがエネルギーを放出し、質量は別のマナへ移動する。
意識を媒介し魔術を行う故か、意識を司る微小管と同じく魔術には量子効果を起こす事がある。最たる例はペリトの行った、質量作用属性により生み出した陽子を窒素14と融合し酸素15を作り出す「質量作用属性による核融合実験」である。核融合に必要なポテンシャルエネルギーよりも過小であったにも関わらず、核融合が確認された。量子効果であるトンネル効果が起こったと結論付けられている。
「なるほどお。」
ルカが全然興味無さそうに聞いていた。
ああ、ちょっと難しすぎたか。
これだけは覚えておいてほしい、と言ってもう少し伝えた。
魔法は立派な物理法則故、扱い方を誤れば人が死ぬ、とても危険なものである。微小管がよく影響を受けるためか、魔術を行うと薬物を摂取している時のような感覚に襲われる。「魔封じ」と呼ばれる直接のマナによる高エネルギー被曝を避ける仕組みが身体には備わってはいるが、このように精神へは多大な影響がある。
このように伝えた。
――そういえば、ルカは言葉を覚えたてだった。微小管とか量子効果とか、言葉の意味から分からないよね……。
とりあえず魔術大全を渡した。説明した事と同じようなことが書いてある。あと、アピオに運転してもらっているからモノを手渡しできるのは嬉しい。
「属性って、何ですか。」
「ああやっぱり。」
国語辞典も渡しておいた。
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