第十八話 リアヌ

 アピオが、ラミアレを撃ってしまった。

 現在それ故、病院まで送ろうとしている所存である。

 あの腹の位置は下行結腸がある辺りか、ギリギリ外れているかのラインだろう。貫通していたので、もし結腸を貫いていたなら大変だ。

「痛みはどう?」

「鎮痛剤のお陰か中々楽だ。」


「それは良かった。そうだ、ラミアレちゃんは魔法どれくらい使えるんだい。」

「ちゃんって、もう三十代後半だぞ。」

「へえ、あなた長命フーテルなんだね。でもあんな痛々しいセリフ、私の歳でも言えないな。」

 長命フーテルとは、フルニース立国の祖フリネの血を引くフーテルの民を指す。長命フーテルは、子孫の寿命の関係で長命フーテル同士でしか子孫を残そうとしない。因みに私も長命フーテルの一人である。

「何の事かしら。」

「『貴様ら、私を倒したからとて浮かれるな。』とか何とか言ってたね。」

「うう、死ぬ前にそれらしい事言うのが夢だったのよ!」

「まあちょっと解るかも。」


「ところで、聞いてくれない?」

「どうした?」

「私の友達の話。」

「興味を持って損した。」

「ああそう。」

 雑談をしようとしたが、振られた。だけれども気にせず話しかける。

「私の友達にノノって子が居るの。その子がヌル結晶を生み出す時に放った言葉を予想してみてほしいんだ。」

「『ヌルオブジェクト』じゃないのか。」

「違うよ。」

「うーん。ヌルウォールとかヌルブロックとか?」

「ヌルの非例外的実行って。」

「なにそれ、フフッ。いてっ。」

「アハハ、あの子センスおかしいよね。」

「ちょっと笑って患部が痛くなったじゃないか!」

「ごめんね、でも何だか仲良くなれそうで良かった。」


 その後も私の友達についての話を語った。空っぽで面白みの無い私にとって、特徴的で楽しい友達は話題になってとてもありがたい。

 特にノノのセンスのおかしさは話題にしやすい。あの竜魂に「エリーちゃん」と名付けていると知った日は本当に良く笑った。竜憑きもそうだが、憑依による具現化には魂が必要だ。ノノの竜魂は小さいにしろかっこよく、まるでぬいぐるみにつける様な「エリーちゃん」という名前は全く似合わない。

 そうそう、ぬいぐるみといえばノノが特段愛しているという話もした。アチェトが昔1メートルサイズの巨大テディベアをアピオにプレゼントした際、興味なさげなアピオに対しノノは目を輝かせていた。アピオへのプレゼントだったらしいが、アチェトが持ってきて以来、ずっとノノの部屋のベッド横に置いてある。しかも来る度に少しずつ口元の毛が硬くなっていっている。抱きしめてキスでもしているのだろうか。

 ノノは服のセンスもおかしく、謎のロゴが印刷されたTシャツを沢山持っている。そして頻繁にクソダサいファッションに包まれるもので、アチェトがアピオ宅に行くと毎回コーディネートの指南をしていた。アピオを巻き込んで。かくなる私もダサいけれど。


 そうして着いたはローシンスタのリアヌ。ローシンスタの綴りは「Roosinsta」で、現地ではルーシンスタと呼ばれている。

 国境には人が居なかった。同盟国とは言えとりあえず国境警備はするもんだろう。

 私の車が後ろからやってきた。車内を見るとルカがアピオの膝枕でぐっすりと眠っているもので、アチェトに聞いた。

「アピオちゃんの膝枕を布教したのかい。」

「サリちゃん、君もヘヴィーユーザーだったねえ。」

「うるさい。あんたも担架の後ろを持って付いてくる。」

 アピオも「くう、くう。」と可愛い寝息をたててルカに涎を垂らしている。アピオには時々狂気を感じることもあるけれど、こうやっていると可愛いものである。

 尊い2人は暖かい車内に取り残し、私ら頑丈組はラミアレを運んだ。


「彼女の腸は無事ですよ。」

 医者が言うには、どうやら腸から少しずれたところを貫通していたようだ。

「よかったー!」

 アチェトは安堵した。

「しかし、いきなり狙撃されるなんて、いよいよ治安も悪くなりましたね。」

「そうね。」

 アチェトは露骨に眼を逸らしている。怪しまれるぞ。


 手術が終わったラミアレをアチェトは覗く。暫くして彼女は起きた。

「ああ、サリスに、茶髪の標的だ。」

「私も標的だったんだ。」

「勿論。まあ、もう殺すつもりも阻むつもりも無い。」

「うんうん。この上なくありがたいよ。」


「サリス、今さっきの話の続きをしよう。私は暗殺第12部隊隊長だ。魔法は擬似質量作用属性正負、慣性作用属性負が得意だ。慣性作用属性正と熱量作用属性正負、分子作用属性正も使えるのよ。」

「すごいや。」

「サリス、お前は何が扱えるんだい。」

「私は全部。特に、質量作用属性正負方向が得意。」

「全部とはまた奇怪だ。で、質量作用属性が得意な人間は見たことがないが。私は冗談を聞きたいんじゃあないよ。」

 私は、金10グラムを掌の上で作り出してみせた。

「なんだって、本当にできるのか。プラチナから、水銀から、どっちだ。と言ってもそんな物持っちゃいなさそうだし、鉛から……なのか。いずれにせよ流石に並のフーテルでは反動で死にかねないだろう。大丈夫なのか。」

「確かに反動で強い幻覚が見えるけれど、これくらいなら耐えられるよ。」

「お前こそ凄い。まず本気で戦われていたら返り討ちに遭い死んでたかもしれない。だがその上でお願いしたいことがある。」

「なあに。」

「本気の君と、再戦をさせてくれ。」

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