第十七話 峠道の壁

 山の麓へ入った頃の事だった。

「ヌルオブジェクト。」

 透明結晶の壁を道路の真中で作り出す人間が居た。

 サリスは急ブレーキを掛け、車を降りた。

「おい、邪魔だろう。」

「邪魔しにきたのよ。私はラミアレ。」

「どうも。サリスです。」

「大人しく帰るなら何もしないであげる。」

「何だか強制スクロールシューティングゲームの2面ボスが喋ってそうなセリフだね。」

「一部の人々以外には解らない喩えを出すんじゃあないよ!」


 ――シューティングゲーム?

 いや喩えについてはようく理解できるが、シューティングゲーム文化があるとは驚きだ。そもそもの話、自動車やスマホの概念があるのもおかしい。

 しかしそんな事よりも、彼女らがどんなシューティングゲームを遊んでいたのかに興味がある。横スクロールか縦スクロールか、動かす機体は宇宙船か謎の生命体かはたまた少女か、選択できる難易度の個数や面の数も気になる。

 オカルト部の外では、少女が機体の非常に珍しいシューティングゲームを遊ぶのが日課だった。ハードモード以上ではクリア出来なかったが。

 推しはブレザーと兎耳の少女。ああ、あの綺麗な背筋と毛玉のようなふわふわ尻尾を思い出すだけでもう堪らない。いや、これ以上その話はやめておこう。「一部の人々以外には解らない喩え」を私が更に抉りゆくのは申し訳がない。


 サリスは拳銃を抜き、結晶を撃ち抜いた。しかし結晶は六角のハニカム構造で成り立っているらしく、罅を入れても内1つのみが消滅するだけであった。

「なるほどね。」

「割って逃げようったってそうはいかないよ。」


 ラミアレは魔術を放った。

「スロウゾーン。」

 ノノとアピオの時には全く無かったが、気紛れか今回のアチェトは解説を入れた。

「スロウゾーン、あれは球内の物質の全ての運動量を小さくする効果がある!強い結界だとライフル弾も無効化されるよ!」

 なんだかそういう結界があるらしい。興味深い。

「アピちゃん、ライフルで撃ってみて!」

「わかった。」

 ラミアレ目掛けてライフル弾が飛んでいった。それにしてもアピオは射撃が上手い。リロードも手慣れている。家事が出来、魔法も上手く、狙撃もできる。そういえば、アピオ宅で食べたお菓子も確か彼女が作ったものとアチェトから聞いた。彼女に出来ない事はあるのだろうか。


 心臓目掛けていた弾道が少し下向きに向いた。

 そして銃弾は横腹辺りで止ま……らなかった。

 大技を将に使おうとしていたラミアレは、血を出して倒れた。

「……当たった。」

 アピオは余り取り乱さずに一言放った。サリスは構えを止めてラミアレの側に駆け寄り「大丈夫!?」と言った。

 アチェトは車内で小さく「そういえば、ライフルの弾速は時速3000キロメートルくらいだった。」「なんか、ごめん。」とぼやいた。


「ははは……。私の名は暗殺第12部隊隊長ラミアレ・エスレイル……。貴様ら、私を倒したからとて浮かれるな。この情報が他の暗殺部隊へ向かえばもう容赦は無しさ。今回は運が良かっただけだが、次は確実に処されるのよ。ふふふ……。」

 サリスは急ぎ救急箱をトランクから取り出し、傷口の治療を始めた。軟膏を塗り、結紮をし、鎮痛剤を多量に飲ませた。

「どう?動ける?」

「貴様……、何をしている!」

「目の前で死なれちゃ後味悪いの。次の街の病院まで送るからさ。」

「敵に塩を送る行為だぞ!」


「まあ、一般的に考えてみて。目の前で人にいきなり死なれるとする。君は何も感じない?」

「だって私暗殺部隊だもん……。」

「こいつ話通じないや。おーし多数決するよ。はい目の前で人にいきなり死なれて何も感じない人挙手ー。」

 アピオが後部座席から手を挙げた。

「そういう冗談はいいから。まあアピオちゃんが含まれるにしても2対3で何か感じるのがデフォルトなんだよ。解ってくれた?」

「えー、暗殺しようとした相手から助けられるのはだいぶ恥ずかしいわよ?」

「いいの!あんたの車はどこよ。」

「あれ。」

「おお、あった。」

 ――アピオも冗談を言うのか。


 サリスは透明結晶の大きな球を作り出し、壁に向かって吹き飛ばした。

 壁は崩れ、結晶の半数は昇華し道路は通れるようになった。しかしその様はあさま山荘事件の突入シーンに似ているように感じた。何だか見ててシュールさを感じるものだった。


 サリスはラミアレを彼女の車で護送、サリスの車はアチェトが運転をすることになった。私は色々ありすぎて疲れ、後部座席へ移って暫く寝ることとした。

「うわっ、サリちゃん他人の車で急発進してる。」

「えと、サリスさんはやっぱり速いんですか?」

「そうなの。正直運転させたくない。」

「サリスさんの運転で気持ちよさそうにぐっすりと寝てたじゃないですか。」

「ビクビクしても寝ても事故に遭えば同じだよ。」

「じゃあせめてシートベルトしましょうよ。」

「私普段からシートベルトしないから。」

「ダメじゃないですか。」

「いいの。」

 滅茶苦茶な理論を聞いた気がするが、とりあえず気にせず寝ることにした。私はちゃんと座って寝るからな。


「あ、そうそう、アピちゃんの膝枕気持ち良いよ。」

 ……シートベルト外しててもいいか。

 アピオの膝の上に寝っ転がった。

「えっと、良いのかな。」

 アピオは、こくっと頷いた。

 本当に気持ち良くて、直ぐに寝てしまった。

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