第二章 異邦

第十六話 スリリング

 そういえば、フーテルの民とやらの3人も、壁の外の人々も、姿かたちは全く似ている。

 そう。故に見ていれば怖がられているようには見えない。実際何も起こらず、何も話題にならない。

 まだネットニュースには書いてなかったとアチェトは話す。ノノの言っていた、逃亡して直ぐ捕らえられるとの話は何だったのか。


 途中でボルトアクションライフルを1つと自動式拳銃を3つ買った。

「ルカもこれ持っていて。」

 サリスから弾薬と拳銃を受け取った。

「こんな怖いもの、どうして買うんでしょうか。」

「怖いからだよ。だからこそ自衛になる。」

 自衛とは言え、強盗でもするつもりなのかと思ってしまう。やっぱり怖いな、この世界。


 3月27日。

 サリスが快調に飛ばしていると、検問が見えた。

 私はこの国の法律は知らない。

 聖域区からフーテルの民が出ることを禁止する法律なんて初見で推測出来る筈がない。

 勿論あの検問で何を取り締まられてるのか、推測は全くできない。それ故に怖い。


「床の方に隠れていて。」

 サリスがそう言うので、隠れた。

 サリスは、検問で何か少し口論した後にアクセルを強く踏み急発進した。

「タイヤを撃てばいいんだね。」

 ――バン。

 アピオの声がしたと思ったら、ライフルの銃声が鳴り響いた。


 銃弾の構造は聞いたことがある。

 銃弾の尖ってない方に、小さく雷管が付いている。これを叩き着火すると薬莢内にある大量の火薬に引火し爆発、先端の鉛玉を飛ばすという仕組みである。

 アピオの銃弾は細長く、直径は1センチメートルくらいであった。

 7.62ミリ弾というライフル用の弾薬の名を聞いたことがあるが、それよりかは威力がありそうだ。

 それが轟音を立て発射。タイヤへ着弾し検問していた警察の発車を見事阻止した。

 更に2台ほど後ろから追ってくる車両があったが、アピオが止めた。


 アチェトは「何故撃ったの」と慌てふためいているかと思ったが、意外にも冷静だった。

 それどころか、「アピちゃんはやっぱり射撃が上手だよねー。」と呑気な事を抜かしている。

「私達犯罪者になっちゃったんですよ!?」と焦って言ったが、「フーテルの時点で犯罪者だから」と中々にロックなのである。

 ノノとの戦にはあれだけ取り乱していた癖に。


 あれから何故か暫く警察の追跡は無かった。

 ネットニュースにも依然として何も書いていないようである。

 それを伝えても3人はずっと警戒をしていた。


 ある街でアイスクリームを買おうと一人歩いていた時のことだった。

 私は誘拐された。

 どうやらサリス達の仲間であることがバレたのだろうか。


 拳銃は車に置いてきてしまった。尚持っていても、銃の心得もなく決意も柔い私が撃つのは難しいだろうが。

 そうやって連れられたは雑居ビルのような廃墟。筋肉質な男に囲まれ拘束されている。

 多分、犯される。私の処女は奪われてしまうのだろう。


 そもそも、この世界には不確定要素が多い。

 3人が優しくなければ私は詰んでいただろう。

 アピオが拾ってくれなければ2人に出会えなかった。

 やけにアチェトの言葉の教え方が上手く、二週間とそこらで言葉を覚えた。

 アチェト相手でなければ何年掛かったかわからないし、そもそも言葉を教えてすら貰えないかもしれない。

 サリスの運転の上手さが無ければここまで旅は快調に行かなかったかもしれない。


 ――気弱そうな男を誘惑して養分にすれば何とか態勢だけは整えられるかもしれない。

 だが、私は陰キャだ。しかも処女である。そしてどこのかも知らぬ馬の骨に渡したくはない。

 元々詰んでいたんだ。


 そう考えていると、サリスが男に連れられやってきた。拘束はされていない様子だった。

「ルカちゃん、大丈夫?」

「えと、処女は奪われてないですよ……。」

「ああ処女だったのね。」

 何故か、辞書の「処女」の字は憶えていた。何か価値のあるものかと思い込み、交渉の道具にでも使うつもりだったのだろうか。

 しかしながら、サリスのあの淡白な言い様。この世界ではセックスに慣れていない印のただの痛い膜という風に理解されている可能性もある。

 何だか、そう考えていると処女に価値を感じなくなってきた。来るべき白馬の王子様に捧げるとの話は何だったのだろう。まあそれでも、興味の無い男にレイプされるのは嫌だが。

 サリスは、男と交渉をしている。

「聖域に戻ると言わなければこのアホ面を殺すぞ。」

 レイプ目的では無かったそう。しかし殺されるのはもっと嫌である。

 関係は無いけれど、アホ面って言われた。中々にショックよ、アタシ。


「うーん。どうしようかなあ。」

 サリスは露骨に焦らしていた。そうすると電球が眩く光りはじめた。

 いや、おかしい。レーザー光を直視しているかのような異常な明るさである。

 眼が眩んで何も見えなくなっていると、拘束具が外れた。サリスだろう。

 そうしていると、後ろから怒鳴り声と銃声が聞こえ、腕を引かれるままに走った。


「こんな治安の悪いメーレルハントの旅はいつまで続くんでしょうか。」

「あの山を越えれば終わりさ。」

 サリスが指差す山。あの先へ向かうとローシンスタらしい。

「追手も余り表立って活動はできないはずだから、あの山を越えたら沢山お話しよう。魔法についても教えてあげるよ。」

 この世界については、はっきり言って殆ど知らない。

 知らないことを知れるのは楽しい。魔法にも少し興味はあった。怖いけれども楽しい。そうか、和製英語のスリリングという言葉はこういう事なのだろう。

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