第十五話 芹奈の瞳

 IQ。「Intelligence Quotient」の略である。

 知能指数と呼ばれている数字で、非言語的に人間の知能における発達レベルを測定したものだ。

 だが、160以上のIQに於いては、正確に計測することはできない。

 いいや、不可能と言う訳ではない。

 精神年齢を生活年齢で割る。その値を100で掛ける。そうするとIQが算出可能である。

 しかしながら精神年齢も、年齢集団毎に決まった基準値を設け、試験用紙の点数が何処に該当するかで決まる。

 そして生育に於いてはまるで逆正接関数の様に、上限値まで達するとそれ以上は生育しないのが人間である。

 では、ここで質問だ。もし私がその「上限値」の中央値よりも大幅に生育していたとする。

 私のIQは幾らになるのだろうか。


 1枚の試験用紙曰く私のIQは160と言う。

 試験用紙に書かれた問題を全問正解してみるとしよう。それ以上はどの様に測るのか。

 そう、想定された「ある値」はどれだけ大きく取ろうとも、そこには上限がある。上限値を超えてしまえばずっと同じIQである。稀代の天才にとって、IQとは正確に計測できない欠陥品と成り得るのだ。


 さあて。どうしようか。

 ここはアパートのベランダ、若い男が布団を干しているところだった。

 川瀬麗羅と大岡芹奈は黒い空間を通りベランダへ降り立つ。

 黒い空間はまず間違いなく超光速移動を可能とするポータルであった。

 何故か。魔法陣にそう書いてあったからだ。

 白い触媒から負の質量を生成し、残った質量を正の質量として前方へ押し出し、空間の捩れによる超光速の下りエスカレーターのようなものを作り出す。これはワープ航法の「アルクビエレ・ドライブ」に合致する。

 プログラムの流れを、知らぬ言語のプログラムを読みながら推察する要領で、魔法陣の暗号を解くことに成功はした。

 そして魔法陣に用いるその触媒は、見た目よりも遥かにエネルギーを保持していることが魔法陣から読み解けた。しかしながら、触媒の減りゆく速度や、空間にポータルを維持するコストから推察するに、持って9分と判断した。

 私はそんなもの怖くて入ることができない。とりあえず麗羅から渡されたチョークに紐を括って落としてみたかったが、足を滑らせた麗羅が私を巻き込んだ。


 予想通り、ポータルを通る際に手から離れたチョークはどこにも見当たらなかった。

 セレクターがこの星を向いているとはいえ、それはポスターの上に置かれた金原子一粒を正確に捉えるようなもので、着地地点のバラツキは仕方がない。

 正直な話、麗羅の瞳に映る剣と魔法の現代世界よりも、幾分か私の方が興奮していると断言できる。体感した事のない物理法則に出会える星。ともかく生きているだけでも万々歳だ。


 麗羅は顎から出血していた。ベランダに降り立った際私の足から手を放して滑り、顔を打ち付けてしまったようだった。

 男は何かを喋っている。

 麗羅は私の後ろに隠れた。

 まあ待ってくれ。暫く言葉を聞き覚えて模倣すれば意味が少しずつ判るかもしれない。

 靴を脱ぎベランダの戸から麗羅を引っ張って男の家へ不法侵入した。

 テレビを付け暫く見てみた。ああ成程。

 

 布団を干している際にいきなり背後から出没した二人を見た男が初めに掛けた声はか弱いものだった。

「大丈夫ですか……?」と言っているのが推察できる。

 やはり男は気弱な性格らしく、私が不法侵入しテレビを見て言葉を習得している間も通報されることは無かった。それどころか彼女の治療をしていた。

 言葉も解らないような場所に意思疎通可能がふたりぼっちは麗羅も可哀想である。さあ、早くコミュニケーションを取ろう。

「いきなりすみません。私は宇宙人です。この星の周辺探査を任されてきたのですが、機材の展開中に宇宙船が故障してしまい、不時着することになってしまいました。」

「は、はあ。」

「ここはノルビアで合っていますね。ああ、申し遅れました。私は通訳担当の芹奈です。治療してもらっている彼女が麗羅。私の同僚です。」

「シイヴです。ここはノルビアの北部リーグ島メイル地方です。」

「ほおう。助かります。更にお言葉に甘えるようで申し訳ありませんが、身体でも何でも売るので暫くの間此方に泊めては頂けませんか。」

「身体は大事になさって下さい。兎も角、部屋もそんなに広くないのでお二人にはリビングで寝てもらうことになりますが。」

「そんな、泊めてもらえるだけでも嬉しいです。」


 どうせ、部長の隅田瑠花は「部員が心配だ、見過ごす訳にはいかない」とか言う下らない正義心で突っ込んで来たことだろう。

 私は一人で脱出できるが、まあ難易度が高まって更に面白い。


 私は頭が良い。他者のIQなどは話せば推察できる程度には頭が良い。

 瑠花は120程度。もう少し自身の頭の良さに気付いていればもっと良い高校に入れただろうに。そして麗羅は110幾らだろう。

 私には、誰かになり切ることだって、その人の癖を完全に模倣することだってできる。

 だが、その知能、その器用さ故に地球の生活では刺激が足りなかった。

 しかし私の瞳には、文化も異なれば地形も異なり、物理法則も異なるというハードモードを超越したかのような、全く刺激的な世界が広がっている。


 目的を定めよう。「瑠花を救出し、この世界から脱出し、地球へ向かうこと。」

 大岡芹奈。この天才は如何にしてこの世界を脱出するのか。

 世界史上最高難易度の脱出ゲームに胸が躍ってゆく。

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