第十三話 駄弁と日常

 私は、勿論アチェトも大好きである。

 しかし彼女は所々不審な点がある。故に何だか心から信じる事ができない。

 でもサリスは、私の事を最初は疑って、そうして信じてくれた。だから私も彼女を信じなくちゃいけない。

 いいや、義務感とか、恩義とかそんな大層なものではない。ただ信じたくなった、それだけの事である。

 私は、サリスが大好きだ。


 彼女の為に野菜の天ぷらを作ることにした。

 野菜、小麦粉、卵、油。必要なものはすべて揃っていた。

 使えそうな調理具があるか棚の奥を調べる。がさがさと探していると、棚の奥の壁の建付けが緩いことに気付いた。

 いいや、実は建付けが緩いのではなかった。隠し戸であったのだ。

 隠し戸は手前へ倒れてきて、中からマッサージ機と謎のメモリーカードが出て来た。

 ――見なかった事とした。


 サリスもああ見えて、多感なお年頃なのだ、と要らぬ猥雑事を考えていると天ぷらを作りすぎてしまった。

 2つの大皿いっぱいに盛り付けられた野菜の天ぷら。サリスと私だけでは食べられない量だった。

 彼女はテーブルに肘を突き、窓外の夜景に黄昏ている。

 そのテーブルに天ぷらを置くと、彼女の注意は夜景から天ぷらへと移され、言葉を放つ。

「私……、こんなに食べられないよ?」

「私もです。」

 少しの間の無言があった。


 大きな音を立て扉が開いた。

 サリスが音に驚いていた。

「ただいま!」

「アチェト、ここはお前の部屋じゃない。」

「別にいいじゃん!今日はサリちゃんの部屋で泊まるの。」

「はあ、もう。」

「あっ、夕ご飯!私も食べる!」


 なんだかんだでアチェトに助けられ、天ぷらは3人で食べきった。

「美味しかったよ。ルカちゃん、ありがとう。」

「ルカちゃんが作ったんだー、あれ美味しかった。そうだ、サリちゃん。ワイン買ってきたよ。飲みたかったら飲んでね。」

「私、お酒飲まないの知ってるでしょ。」

「まーまー。」

 そうやってワインを納める場所を探そうと、アチェトは台所をうろついている。


 ――ヴー。

 台所から音がしたと思えば、サリスが焦りだした。

 ああ。そういえば調理具の所の隠し戸を嵌め忘れていた。

「え。」

「サリちゃん……。」

「アチェト!変なものを持ち込むなっていつも言ってるよね。」

「何であんなところにあったの。」

「ねえ揶揄うのはやめて!」

「じゃあ、このメモリーカードには……。」

 テーブル向こうに座って冷たい紅茶を飲んでいたサリスは立ち上がり、アチェトから強引にマッサージ機とメモリーカードを奪取した。

「はあ。出て行って。」


 サリスはアチェトを追い出し、私にマッサージ機を見せた。

「ねえ、ルカちゃん。これが何なのか判る?」

「判らないです……。」

 嘘を吐いた。

「そうだよね。私もよく判らない。ついついアチェトから奪っちゃったし、後で返しておくよ。」

 サリスも嘘を吐いていた。


 それから寝るまで、サリスは一言も喋らなかった。

 なんだか申し訳なくなり、声を掛けようと部屋を見渡した。

 清潔な部屋にはギターが壁に掛かり鍵盤が置いてある。音楽が好きなのだろうか。

 そして、ガラスのクリアケースには高級そうな懐中時計が飾ってあった。

 とても目を引くのは、私の腕時計と酷似な、淡色に輝く石を基調とする綺麗な文字盤。

 そして、それの短針は11を指していた。


 ああ、もう寝よう。

 横になり電気が消え暫く経つと、ふとあの焦り具合を思い出してしまい笑いそうになった。


 サリスの部屋で泊まった。

 毎朝8時や9時辺りで起きる。

 いつも、1日辺りの24分割が地球のそれより少しながら多い気がして、お得感を感じている。

 

「昨日はごめんね……。いきなり機嫌を悪くしちゃって。」

「いいよー!」

 私は滅多に寝起きすぐ甲高く大声を出さない。それはアチェトの声であった。いつの間にか、黒髪娘の寝起きを申し訳なさそうに覗くサリスの後ろにアチェトが立っている。何故か扉の開く音は聞こえなかった。

「鍵閉めてなかったでしょお。」

「うるさい。帰れ。」


 テーブルには朝食2人分が置いてあった。

 平和な掛け合いを聞いて、ぼうっとサリスを眺めていると、朝食をもう1食作り始めた。

 パンを焼き、卵を茹で、牛乳をコップに注ぎ、サラダを盛り付ける。ドレッシングは酢とリンゴジュースを混ぜた物である。

 茹で卵に掛ける塩は、自身で挽く胡椒ミルのようなガラスの入れ物に入った、桃色の岩塩だった。アチェトは純白でさらさらとした塩を使うが、桃色のそれは辛味が少なくて嬉しい。


 何だかんだ言いつつ朝食を作ってあげるなんて、仲が良いんだなあ。こういった諸所の動作に尊さを感じる。

 例えるならば、ありふれた二次創作界隈での物販イベントにて頒布されている、百合本を開けば飛び出すあの光景に酷似である。

 私がこのような尊い空間に同席していいのか、と何度苛まれたことか。


 ああ。物販の例えを使ってしまった。何を隠そう私はオタクである。毎朝8時や9時辺りで起きるのもオタクの特有現象の遅起き故である。

 その上地雷服に恥じるものだから、陰キャでオタクと、もし顔面不細工が入れば役満だ。

 だが私は、全て蹴飛ばしたもの二度告白されたことがある。最低限の美しさはあると思っている。服のセンスは無いが。

 故に顔面不細工が入らないだけマシかと考えることもあるが、微妙なサイズの胸と相まって一切面白みがない。

 そこは、つらい。


 サリスの案で、本日は聖域区の色々な場所に行く日となった。アチェトが朝食を食べながらアピオに電話をする。

「ノノちゃんの体調は大丈夫?」

「マリネを何事もなく貪れる程度には。」

「そっかー、よかった。ねえねえアピちゃん、ルカちゃんと一緒に中央街探検しようよ。サリちゃんも居るよ。」

「そう。そっち向かうから待っていて。」

「待ってるねー。」

「じゃあ切る。」

「待って、ノノちゃんは。」

「ノノー。あのね、アチェが……。聞いたけれど、ノノは家に暫く居たいと言ってた。じゃあ切る。」

 その間約40秒。要件が終われば電話を颯爽と切る陰キャの鑑である。


 私はアチェトに聞いてみた。

「ピオーナさんやプラメンティさんは呼ばないんですか。」

「ピオーナちゃんは、ちょっと、理由があって。プラムちゃんも同じ理由。」

 彼女は、ピオーナとプラメンティが来ない理由は教えてくれはしなかった。


 朝食を食べ終わったアチェトは、流しへ食器を持っていくついで、食器棚をこっそりと漁っている。

 が、目的の物は隠し場所が変わっていたようで、それが見つかる前にサリス宅の呼び鈴が鳴った。

 アピオを家に入れたすぐ後、サリスはアチェトの背後から一発の拳骨を食らわせた。


 朝から午後までは遊園地へ連れて行って貰った。

 家から図書館反対向き、10キロメートル走った先にそれはある。


 まあ、連れて行って貰ってなんだが、これが特段良かったと評価したいものも無かったので、適当に思いついたアトラクションの感想でも書いておこう。

 1つ目はホログラム上に映される宇宙の旅。これは椅子に座って遠宇宙を旅するお話だった。椅子が揺れ、水滴が飛び出してくる。千葉の遊園地で同じようなのに乗った気がする。アトラクションが終わると、アチェトが「宇宙人ってあんな、前後に眼が生えているものなの?」と私に聞いてきた。いやまあ確かにキミらからすると宇宙人ではあるが。アピオは無表情でちゅうちゅうジュースを啜っていた。

 2つ目は魔法使いによる古代世界の映像作品であった。ある貴族男子から良くして貰えなかった1人の魔女が、腹いせに彼をとても硬い魔法の結晶の内に閉じ込めてしまう。しかし時が経つにつれ良心の呵責に耐えかねた魔女が、彼を解放して、次第に打ち解け、最終的には結婚するという平凡そうで意外と斬新な物語だった。映像が終わると、サリスはつまらなさそうに、そそくさと出口へ向かった。アピオは無表情でもぐもぐと饅頭を食べていた。

 3つ目はジェットコースターである。よく見る、鉄の骨格の上に置かれたレールを走るやつだった。一度富士急に行ったことがあるが、あれとどうしても比べてしまう。ここのジェットコースターは、高さ、速さ、スリル共に微妙であった。乗っている間サリスは意外にもほぼ叫ばなかった。アピオは全く叫ばなかった。しかし隣でアチェトはというと始終叫んでいて、降りて顔を見ると彼女は疲れた顔をしていた。アピオは無表情でしゃくしゃくとシャーベットを食べていた。

 アピオが一切遊具を楽しまず出ては直ぐ無表情でモノを食べ始めるのは置いておいて、一通りアトラクションを乗ってみて感じたのは魔術の迫力の無さである。

 いきなり空からマグマが降ってきたり、地表が全て氷で覆われたり、蹴るだけで爆発を引き起こしたりはしない。

 でもサリス曰く、「後ろ2つはやろうと思えばできるかも」らしい。

 もしかしたらと思い、体に剣が突き刺さっても炎とか液体みたいになって攻撃を躱せるか、と聞いたら「魔法を何だと思っているんだい」と馬鹿にされた。


 午後を過ぎ、北上して踏切を渡り右折、暫く行くとサリスは政府前駅の地下駐車場に車を停めた。

 そこから北向きの通りにはブティックやらセレクトショップやらの洒落た単語で言表すような、高級店が立ち並んでいた。アピオは無表情でごくごくジュースを飲んでいた。

 サリスは気怠そうにしていたが、電化製品店が彼女の眼に映ると、そこへ行きたそうに、目線が奪われていた。

 アチェトはサリスの腕を引き、如何にも高級そうな百貨店へ足を踏み入れていた。

 私は平民である。それでいてお洒落にも無頓着である。故に近所の百貨店ですら、どのようなテナントが這入っているのかは殆ど知らない。

 私の足が止まったのをアピオがじいっと見つめた。そして何も見なかったかのように無視して百貨店の奥へ吸い込まれていった。ここで独りも気まずい故、見失うまいと付いて行く。


 アチェトとサリスは、私にメーレルハントを見せたいと言ってこう色々図ってくれていたが、いつの間にかアピオをマネキンとしたコーディネート対決が始まっていた。しかしながら、女子高生へ渡す上着に無地の黒パーカーを選ぶようなサリスは、いとも容易く蹂躙されていた。

 アピオは無表情だった。だがその無表情さと相まって、美しい白い肌が、透き通る緑の髪が、西洋人形の如き美しさを体現していた。

 そこに着せられるは暗色のワンピースと純白のボウタイリボン。とりあえず鼻血が吹き出そうだ。

 ボウタイリボンという単語はセリナから聞いた。ファッションについてよく解らん講義を仕向けてくるもの、ああ成程、彼女の臨む景色はそこにあったのだ。尊さに眼が眩む、眼福という言葉がここまで似合う少女は中々居ないが、これを見てしまえばファッションに興味が少し湧く。

 私もアピオのコーディネートをしてみたが、何だか芋臭い衣となってしまった。

 はあ。


 物価は割と高かった。外食の値段と洋服の値段の比から考えると、どうも十数着と買っていい値段ではない。気になってアピオに尋ねた。

「お二人さん沢山服を買ってるんですが、どれくらいお金を持ってきているんでしょうか……?」

 と言うとアピオは皮の長財布を徐に取り出し、そこに詰められた札を見せて来た。わあお。


「ノノちゃんにもよろしくねえ~。」

 アチェトは大声でアピオを見送った。アピオの車の後部座席には幾つも服が載っていた。

 兎も角カルチャーギャップなるものやら貧富の差やらを見せつけられてしまい、物凄く疲れてしまった。

 ちゃんと計算すれば十数万円はするであろうコートやらをアチェトは笑顔で渡してくる。

「カルコアってところでこれから情報を集めに行くんだけど、多分まだ雪も溶け切ってないだろうから。」とのこと。

 貴女、そういう問題じゃあないんですよ。

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